第12章−3


『我々はレジェンズバトルにおいて、伝説をただ再現するのではなく、新たな伝説を創造し実現するのである。』

前にダンディーが言っていた。
この会社には、「いつもと違う戦争」を望む「誰か」がいる。
レジェンズの立場とは全然違う「誰か」が、ダンディーが思うのとは違う「戦争」の準備をしてる。


「ごめんくださーい。携帯扇風機部の、です!」
「入りたまえ!」
豪華で広くて薄暗い、ダークウィズカンパニー社長室。
社長の机の横、いつもの位置にランシーンさんが座っている。
白く光る窓を背景にした体は濃い影の中に沈み、ディティールを塗りつぶされ、影と一体化してしまったかのように黒々とした輪郭だけが見えている。
差し込む逆光に目を眇めながら、あたしは思わず立ち止まる。

――そんなヤツがいるとしたら。
――闇以外にはねえと思うんだ。



「ダークウィズカンパニーのタリスポッドって」
扇風機を手渡しながら、あたしはランシーンさんに聞いてみた。
「ランシーンさんが作ったんですか?」
ランシーンさんは物憂げに頷き、扇風機のスイッチを入れた。
「そうですよ。今あるこの会社の全ては、私が考えて作らせたものです」
ぽち。
ぷるるるる…。

「ふーん。……。この世界のレジェンズには、『光』っていう属性はないんですか?」
ランシーンさんはぎろりと目だけを動かしてあたしを見やる。
フン、と鼻を鳴らして、そのまま数秒動きが止まった。
低い唸り声が上がる。
「…ティッ。シュー」

「はい?」
ランシーンさんが視線を動かす先を目で追うと、社長の机の上にティッシュの箱が置いてあった。
「…ランシーンさんの方が近いじゃん」
思わず正直な感想を漏らすと、
くん…!!」
身を縮めるようにして座っていた社長が、ばーんと机を叩いて立ち上がった。
「あのね、くん…!!何度も何度も、私は言ったと思うけどね…っ!!」
「あ、はい。すみません…!」
ランシーンさんがちょっと動けば届く距離なのに、結局あたしがティッシュを取らされた。
いくらウインドラゴンだからって、ワガママすぎない?
ていうか、そうやって社長がいちいち機嫌を取るから、この人はこんなにワガママなんじゃない?

「『光』、ねえ。…」
ランシーンさんは渡されたティッシュを爪の先でつまむと、おもむろに扇風機の前にかざした。
扇風機の風に煽られてティッシュがぴらぴら揺れるのを、じいっと見ている。ほんとに暇だなこの人。
「何かさあ。前にも、そんな質問をされた気がするんだよねえ。…」
しばらくそうした後、ランシーンさんは優雅な動作で鼻をかんだ。
ちーん。
「お前の口から質問されると、よりいっそうくだらなく聞こえる…。『光』などという属性は存在しません。そんな話は聞いたこともありません」
憂鬱そうに答えながら、鼻をかんだティッシュを当然のようにあたしの手のひらの上に落とす。
何なのかしら。馬鹿にされてるのかしら。
あたしはかちんときて聞いた。
「どうでもいいけど、ランシーンさんはどうしてそんなに面倒くさがりなんですか!?」

ランシーンさんが一瞬で恐ろしい形相になった。
「面倒くさがりといえば。…この間。私の命令がよほど面倒くさかったのか、三台まとめて扇風機を持ってきた人間がいたよねえ」
ずいっとこっちに首を向ける。
すっぽり暗い影に覆われた大きな顔が、眉間に陰険なしわを寄せながらあたしを睨みつける。

飛びのくように後ずさってから、あたしは言い訳した。
「ひっ…ひどい濡れ衣です!あたしのは、無駄な業務の効率化です!」
くん!!あのさあ!!お願いだからさあ!」
社長が悲鳴を上げた。
立ち上がるなりばたーんと机の上の物をひっくり返し、横に回ってくる時間ももどかしかったらしく、机をよじ登って四つんばいでがしゃがしゃこっちにやって来る。
「君だってさっき聞いたでしょっ!今あるこの会社の全ては!この御方が作ったんだよ!!とっても偉いんだよ!?」
「だったらティッシュのゴミだって自分で捨てたらいいじゃないですか!偉いんだから!」

「それは、まあ、そうだよね!そうなんだけど…!!」
うっかり本音が出たのか、社長はあえぐように口を動かしながらあたしに同意した。
つぶつぶした汗がいっぱい浮かんだ頭から、はらりと一房毛が抜けた。

くん。逃げ出す輩も多い中、君が長持ちしてくれてほんとにありがたいけどね…!」
女豹のようなポーズで机の上に乗ったまま、上半身を乗り出し、あたしに向かってかっと目を見開く。
「君は…!辞めない度胸がある以外、何一ついいところがないね…!!」
「ええーっ…!?」
あたしだってそんなに度胸がある方ではないですが、これは褒められてるんだろうか。それとも怒られてるんだろうか。
多分怒られてる。すごい迫力だ。

「んーーふっふふふーん〜〜。ふぅ〜〜〜〜」
そしてなぜかランシーンさんが鼻歌を歌い始める。

偉い人が相手だと、正しいことが負ける場合もある。理不尽なことに。
ランシーンさんが相手だと、特にそう。
あたしはとぼとぼ歩いてティッシュをゴミ箱に捨てた。

会社のこともさ。私が作った、じゃなく、作らせた、って言ってのける辺りが実に実情お察しくださいだよね。
こーゆー風に、全部別の人にやらせたんだろうなあ。
実際に作ったのは。
全部別の人――
そこまで考えてみて、あたしはランシーンさんの一見闇っぽいシルエットをつくづくと見上げた。
うまく焦点を合わせることができないまま、ぼんやりとした推測だけが緩やかにつながっていく。
「……。前にも質問された、って言いましたよね。ランシーンさんにそれを聞いたの、CEOですか?」

社長がきょとんとした顔になった。
「CEO?」
「ええと…チーフ・エクゼクティブ・オフィサー。の、頭文字で、CEO?」
「いや、知ってるし。いきなり何だね」
「何となく…CEOなのかなと思って」

ランシーンさんが鼻歌を止めてあたしを見た。
切れ長の目がゆっくりと、不機嫌そうに細くなる。
「それを…なぜ…お前に言わなければならないんです?」
いかにもランシーンさんらしい、と言ったらいいのか、身もふたもない返答が返ってきた。

「っていうかね、くん!CEOというのは!君がそんな風に気安く口を突っ込める立場のお方じゃないの!」
ついでにもう一回社長に叱られて、あたしは首を縮めた。
「そうですね。…なるほど」

もしも当たってなかったら、絶対もっと露骨に、嫌味たらしく否定されると思う。
だから、ほとんど「はい」って言ったのと同じことです。変なところで分かりやすい人だ。


あの書類――「既に滅びた楽園」に生きる「光のレジェンズ」を、おもちゃで作る企画。
ただのおもちゃの販促を超えた意志を感じた。何て言うか、あれを考えた人は、光という属性が「ない」のではなく「ないことになっている」のを知っているような気がする。
どうして「ないことになっている」のか。
例えば、もしかしたら、不思議に思ってランシーンさんに確認したりしたのかもしれない。さっきあたしがしたように。

それはランシーンさんじゃなく、ランシーンさんの指図で実際に会社を作っているCEO、ユル・ヘップバーンで――
いつもと違うレジェンズウォーを望む人。
「伝説をただ再現するのではなく」「新たな伝説を創造し実現する」ことを目指す人。

そうだとしても、真似して作ったおもちゃの世界で「光」を存在させる計画は、本物のレジェンズたちとレジェンズウォーにどう関係するのだろう。
多分何かの目的があって、わざわざ考えたことだと思うんだけど――ええと――何だろ?
あたしは、昔に聞いた世界についての長い話を思い出した。
「……。ドリームランド・プロジェクト?」


レジェンズがいたから、人間が伝説を語り継いだのか。
人間が伝説を語り継いだゆえに、レジェンズが生まれてきたのか。


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