第12章−2


「知ってる?『ダークウィズカンパニーのダークな七不思議』。この会社って、ほんとは秘密の地下階があるらしいのよ〜」
「え〜。やだ〜。ウソ〜?」

備品を載せた台車を押して給湯室の横を通り過ぎたら、OLさんたちのそんな会話が聞こえてきた。
「………、……」
秘密の地下階、か。
一般社員が立ち入らないような場所でも、廊下の電球が切れたり、ボールペンが足りなくなったりはする。
そういうところに補充に行くのも、携帯扇風機部の担当だ。

あたしは台車を押して長い廊下を端まで歩き、エレベーターに乗り込んだ。
エレベータの操作パネルには、通常階のボタンとドアの開閉ボタンの下に、カードキーを差し込むスロットがある。
以前はパーキンス博士にお願いした、特別なカードキー。
この部署に来て、あたしにも一式が支給された。カードキーを差し込むとスロット下の壁が開き、現れたパスワードの入力ボタンを操作すれば、立ち入り禁止の階にも行くことができる。
仕事内容的には窓際だけど、この辺、レジェンズ班の頃よりダークウィズカンパニーの秘密に迫ってる感じがする。
「………、……」
目的階に着くのを待ってる間に、あたしは何となく考えた。
ハルカ先生みたく華麗なスパイ活動はできないけど、このカードキーがあれば、あたしも色々調べられるんじゃないでしょうか。



「こんにちはー。電球を取替えに来ましたー」
秘密の地下階とはいえ、おもちゃを開発しているオフィス部分は、上の階とそんなに雰囲気が変わらない。
入っていった部屋には誰もいなかった。机の上には、図面の書いてある書類や作りかけのおもちゃが出しっぱなしだ。

この奥の廊下、電球が切れちゃってるんだって。
部屋を通り過ぎて奥に行こうとする途中、おもちゃの横に広げられている本がふと目に止まった。
ページの半分ほどを使って、繊細な線で描かれたリアルな挿絵がついている。レジェンズの絵だ。

周りに人もいないことだし、添えられた文章をざっと読んでから、何ページかめくってみた。
「詩集…かな?」
本の途中にクリップで留めた紙が数枚挟まっていて、しおりのように、自然とそのページが開いた。
カネルド・ウインドラゴンの挿絵。


【重要】【極秘】
新シリーズ展開についての企画案「螺旋の書/失われた楽園(仮)」


「螺旋の書、…!?」
題名にぎょっとして読み始めたが、中身は会社の書類で、おもちゃの方のソウルドールについての企画書のようだった。
レジェンズバトルの認知度、対象年齢の子供たちの間でのタリスポッドの普及率。
コマンド化やカネルド化の商品展開の流れとその売り上げの推移なんかが表とグラフにまとめられている。

好調な売り上げを維持するためには、子供たちに飽きられないことが第一。
今こそ既存の商品展開に加えて新しいシリーズを売り出し、ラインナップを充実させることが必要である。のだそうだ。


<新要素の追加>
従来「風」「土」「火」「水」「闇」の五属性で展開してきたシリーズに
属性「光」とそのフィールド「既に滅びた楽園」を新たに設定する。


「風―土」「火―水」「光―闇」という属性同士の対立関係が明確になれば、戦略性の強いゲームを求めるファンのニーズに応えることができ、合わせてストーリー性の強いシナリオを組むことで、購買ターゲット層の拡大を狙える。
これは以前から社内でたびたび提案されていたことで、しかしながらレジェンズバトル開発のコンセプトは「伝説の再現」であり、これまでに「光」属性のモデルになるオリジナルが発見されていないため、商品化が見送られてきたという経緯がある。
満を持しての発売となれば、コマンド化やカネルド化のシリーズを上回る売り上げが見込めるだろう。

後出しの属性についてのシナリオをどう作るか。モデルになるオリジナルがないのならキャラ設定をどうするか。前からあったタリスダムの企画とリンクさせ、三体のレジェンズを合体させることによってそのエレメンタルレギオンが「光」の属性を持つ等、よりコンプ要素の強い売り出し方はどうか、とか、様々なアイデアが並べられている。


未だ発見されていない「光」属性のソウルドールの展開は
レジェンズバトルの開発当初の「伝説の再現」というコンセプトからは外れたものと言えるだろう。

つまり、この新シリーズによって、DWCのレジェンズバトルは次のステージに進むのだ。
我々はレジェンズバトルにおいて、伝説をただ再現するのではなく、新たな伝説を創造し実現するのである。



最後の一文がフォントを変えて強調されていた。

そういえば「光」属性のレジェンズってこっちで見かけないなと思って、真剣に読んでしまった。
「光?何だよそりゃあ…」ってね。ダンディーも昔、ドン引きしてた。
あたしは一応、最初に会ってるけど。あたしがあの人たちと会った状況からして普通じゃないから、「光」は他の属性のレジェンズたちとは立ち位置の違う…存在さえよく知られてはいないような、特殊な属性なのかもしれない。

――「既に滅びた楽園」。
光のレジェンズたちがいたあの変な場所。今いるこの世界とはまた別の夢だったんじゃないかって気がする天空ステージ。かつてひとつの神殿だっただろうものの残骸が、風化し、崩れ落ち、無数の欠片が島みたいになって漂ってた――あの場所に名前をつけるとしたら。
あたしもきっとそんな風に言う。
どうして分かったんだろう。

もやもやしながら数回読み返したが、どう読んでみてもこれはおもちゃについての書類で、本物のレジェンズとは直接関係なさそうだった。
「これ、書いたのランシーンさんなのかな。それとも、…」

存在しない属性を、おもちゃで作る。
伝説を再現する。
伝説を実現する。
企画の名前が、螺旋の書。――



うん。よく分かんないや。
あたしは書類を元のページに挟み直して、詩集を机の上に戻した。
最初に開いていたページはどこだっけ。元通りにしておこうとページをめくっていたところで、メガネをかけたおじさんが部屋に入ってきた。
あたしはさっと手を引っ込めた。
「お邪魔してます!…電球を取替えに来ました」

「あれー。君〜」
あたしを見つけたおじさんは、アンダーグラウンドな場所に似合わないのどかな声をかけて来た。
「君って、こないだパーキンスさんの引率で見学に来た子だね?」
多分、おもちゃの開発部門の技術者さん。
顎にはまばらに無精ひげ。ちょっと鼻からずり落ちたメガネの奥で、黒目がちの目が穏やかに笑っている。全身からゆるくて親しげな空気を発散してるみたいな人だ。

以前にもこのおじさんに会っていたことを思い出して、あたしも笑って挨拶した。
「お久しぶりです。そういえば、あの時からここの電球は切れてたんですね」
「気付いたときに、ちょいちょい言ってるんだけどねえ〜。備品の担当になる人ってなぜだかすぐに辞めちゃって、引継ぎとかもあんまりしてくれないみたいで」
「そうだろうなあ…。すみません」
辞めちゃった人たちは、こっちの備品まで気にする余裕がなかったんじゃないだろうかと思う。

おじさんが机に散らばった書類を片付け始めたので、台車を押して少し離れる。
「…詩集ですか、この本。綺麗な絵」
机に近づきすぎていた言い訳に、あたしは何となく口にした。
「これも大事な資料だよ。ダークウィズカンパニーのレジェンズバトルはね、おとぎ話が元になってできているんだ」
と、説明しながら、おじさんは詩集に挟んであった企画書をぱらぱら見返し、引き出しの中にしまった。
端の方に転がっていたタリスポッドの一個を手に取る。
「これを使って、おとぎ話の生き物たちを捕まえることができるんだよ〜」

「……、捕まえるんですか?リボーンするんじゃなくて?」
「元々はね。タリスポッドは、魔法使いの道具なんだよ」
「ははあ。よく分かんないけど、何だか夢があるような…」
「うん。ダークウィズカンパニーって言うくらいだからね!」

分かったようで分からない答えだ。
おじさんはにこにこしている。突っ込みづらい。
「そうだ。せっかくだから、新しく開発中のタリスポッドをちょっと試していかないかい」
「えっ。いいんですか」
「うん。ぜひ感想を聞かせて欲しいな〜」

おじさんが出してきたタリスポッドは、淡いピンク色をしていた。
「へー、可愛い。新色ですか?」
「うん。女の子にも受けるかなぁ。ハートフルな感じを目指してみたんだ〜」
「へー」
おじさんに促されるまま、ピンク色のタリスポッドを手に取る。
ぽしゅっ。握った途端に、ソウルドールの台座周りから湯気が吹き出た。
「!?」
じんわりとした生温かさが指から腕へとぞわぞわ這い登ってくる。
「ひ、ひぃゃぁぁぁ〜…!」
思わず微妙な声が出た。
「ね!新機能。持ったとたんにセンサーが働いて、タリスポッド全体が温まるようになってるんだよ〜」
おじさんが嬉しそうに解説してくれる。
「目の付け所が、ハートフル〜」
「そ、それは、どうなんでしょ…!?」
あたしは放り出すようにタリスポッドを置いて、腕をさすった。寒くもないのに鳥肌立ってしまった。

おじさんはにこににこしている。
「…よくない?生温かい、タリスポッド」
「うん。生温かいのは、あんまり…」
正直に答えると、おじさんはちょっとしょんぼりしたようだった。
ていうか、この微妙な機能にどんだけ自信を持っていたのだろう…。太めの眉毛がへなりと下がる。
「ええ〜。そうかな〜?」
そして、口調のせいか、あたしの苦情をあまり真剣に受け止めている風がない。

「じゃあこれは?お祝い用のクラッカーを兼ねてるやつ〜」
次を出された。今度のは緑色だ。
「ひゃっ!」
ぱぁん。持った途端に破裂音と共にソウルドールを嵌める場所から紙吹雪が散って、あたしは思わずのけぞった。
びっくりした。おじさんは、あたしがびっくりしたのでとても嬉しそうな顔になった。
「…何に使うんです?」
「うーん。まあ、パーティーのときとか?じゃあ、こっちはどうかな〜」

微妙。
おじさんが繰り出してくるとっておきの新機能全てが、ことごとく微妙。

『ワッヂュユセーーーイ?ヘロ〜ゥ!ヘロ〜ゥ?ハァ〜〜ハハハハハ!』
ぶるぶるバイブしながら陽気な英語を喋り続けるタリスポッドを両手に持たされ、完全にリアクションに困ったあたしは、首を傾げたままその場で固まった。
おじさんはあたしと同じ角度に首を傾げながら、無邪気に尋ねてくる。
「…どう?」
期待に目をきらきらさせている。
DWCが「おもちゃのタリスポッド」で何をしようとしているのかはともかく、このおじさんは心底少年の心を持って開発にいそしんでいるのだなあ。

あたしは、返事の代わりに、礼儀正しくおじさんから視線を逸らした。
「……あの。そう言えばあたし、電球を取替えに来たんでした」
「ああ、そうだったね。仕事の邪魔してごめんね〜」

それにしてもこのゆるい感じ、誰かに似てる。


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