第8章−4


きっと、皆がちょっとづつ違う場所から世界を見てる。
光のレジェンズたちにとっては、世界は螺旋でできている。あの天国みたいな場所から見える世界。
かつて異端の説を唱えたというレジェンズが見た世界。
それを今あたしに教えてくれる、コンラッド博士が見てるもの。
アンナちゃんが知ってるこの先の運命をシロンさんは知らなくて、光のレジェンズたちが語った言葉を、ダンディーは闇だと言った。

あたしの場所は、どこなんだろ。
あたしの目に見えるものは。
顔を上げると、見覚えのある白衣姿がこっちへ歩いてくるのが目に入った。
「ぶえ〜くしょいー」
独特の抑揚がついたくしゃみが聞こえた。

どうやら部長を待つ手間が省けたようだ。
あたしは猫ちゃんの肩をつついた。
「あの人、ソフトウェア開発部の人ですよ。カードキーのこと頼んでみましょう」

ソフトウェア開発部のパーキンス氏だ。「ファインディング・カニ」というカニソフトの開発に情熱を傾けている、微妙にネタの突っ込みどころに困るお爺さんなんだけど、意外に親切。この前のダンディーとの作戦で協力をお願いしたら、快く引き受けてくれた。
「こんにちは、パーキンス博士。この間はどうも…濡らしてしまってすみませんでした」
「おー、アンタか。えーくしょい!」
あたしに頷いてみせながら、パーキンス氏はもう一度くしゃみする。

「あたしたち、『ドリームマシン・プロジェクト』っていうのを見学したいんです。やってる所をご存知でしたら、連れてってもらえませんか?」
パーキンス氏は盛大な音を立てて鼻をかみながら、
「おー。コンビーフの」
謎の言葉を発した。

「……、コンビーフの??」
「ああ。ワシがドクター・Pなら、ヤツはドクター・Q。ワシがファインディング・カニ缶なら、ヤツはファインディング・コンビーーフ・プロジェクトを進めておーる」
と、パーキンス氏は言った。
ちょっと悩んだ後、あたしは丁寧に訂正した。
「ええと…見学したいのは、『ドリームマシン・プロジェクト』なんですけど」
「うむ、任せなさーい。ワシが来たからにはもう大丈ー夫!」
パーキンス博士は頼もしげな態度であたしに頷いてくれたが、ほんとにあたしの話を聞いてるのかどうかは、さっぱり分からないのだった。
「で…でも。それ、こっちの博士の話と全然違うんですけど!」
あたしがコンラッド博士を指差すと、猫ちゃんはふいっと横を向き、こしこしと手で顔を洗いはじめる。
「にゃーん」
何だかごまかされているような気がする。


何と言ってもあたしたちはプロジェクトをやってる場所さえ知らないわけで、頼れる人が現れたのには違いないはずだ。あたしたちはパーキンス博士に付いて行くことにして、エレベーターで地下階に降りた。
エレベーターを出たところにはまた扉があって、そこにもパスワードを入力して、ようやく奥へ進める。

扉の先にあったのは、上の階とそんなに変わらない作りのオフィスだった。
「ここが、謎の地下階、ですか…」
思ってたより普通だ。人もちらほら歩いてる。
ダークウィズカンパニーの秘密、みたいなものを期待してここに来たら、拍子抜けするかもなあ。開発途中なのか、作りかけのおもちゃが机の上に転がってたりして、秘密と言ってもおもちゃ会社としての秘密しかなさそうな。
ひょっとしたら、そういうカムフラージュのための場所なのかもしれない。
「やあ、猫がいる」
メガネをかけた、妙に喋りのゆるいおじさんがにこにこしながら話しかけてくる。
「ここ、ほんとは外部の人は入っちゃいけないんだけどねえ。パーキンスさんの引率なら、まあいいか〜」
「ど、どうもー」
「にゃーん」
あたしたちはちょっと頭を下げておじさんの横を通り過ぎる。
オフィスの奥にはまたドアがあって、「関係者以外立入禁止」の紙が貼られている。

そのドアをくぐったら、一気に暗くなった。
あたしは緊張しながら辺りを見回した。
「…随分暗いところですね」
「うむ。電球が切れておーる」
パーキンス氏はこともなげにそう言うと、長い廊下を先に進んだ。


だんだん秘密っぽい雰囲気になってきた。
「…見てくださいよ、博士。あっちの丸い扉、金庫室かな?」
「そのようですねぇ。DWCが各地で収集したソウルドールが納められているという…」
「半期に一度の棚卸は、レジェンズ班の担当なんだって。そのときはあの中に入れるのかな?」
ところどころにドアがあり、枝分かれしつつ、殺風景な廊下がどこまでも続く。地下階の広さは、DWCの抱える秘密の大きさを想像させる。
移動の長さに皆が無口になってきたころ、パーキンス氏は暗い色のドアの前で足を止めた。
「ここじゃ」

中に一歩足を踏み入れたとたん、癖のある匂いがぷんと鼻を突いた。
むせ返るほどの――コンビーフの匂い。

サングラスをかけた白スーツの男が数人、一斉にこっちを向いた。
レジェンズ班のJJさんたちは黒スーツにサングラスだけど、ここは制服の色が違うみたい。見た目の怪しさは、黒でも白でも大差ない。
何とも言えない空気。っていうか匂い。それ以上奥に踏み込めない。

異様な圧迫感があるのは、奥に置かれて壁いっぱいを塞いでいる巨大な四角い機械のせいだ。どこかの工場の装置をそのまんま持ってきたみたいな大きさで、何かの目盛りやスイッチや、緑や赤の警告ランプがいっぱい付いている。そこから伸びるベルトコンベア。
いかにも重要そうなその機械の前には白衣を羽織った老人が立っていて、ぺりぺりとコンビーフ缶を剥いていた。

「あそこにいるのが、ファインディング・コンビーーーフなクエンティ博士」
と、パーキンス氏が紹介してくれた。
「ドクター、この子供たちがあんたのプロジェクトを見学したいそうじゃ」
「…………、……」
白衣の老人が振り向く。
ドクター・Qは、ドクター・Pと同じくらい体格のいいお爺さんだった。
肉の削げ落ちた鋭い顔つき。普通のレンズにサングラスを被せるタイプの眼鏡をかけてるんだけど、左側のサングラスは金具が取れてなくなっている。片側だけが暗い色のレンズで隠れて、ある意味オッドアイ。怪しい眼帯をしてるみたいで、ちょっと不気味だ。
「こ、こんにちは。レジェンズ班のです…こっちの猫ちゃんは、コンラッド博士です」
「よろしくお願いしますニャー」
とりあえず、挨拶してみた。
「……………」
透明レンズの側の目がじろじろ動いて、上から下まであたしたちを眺めた。クエンティ博士が何も言わないので、周りの白服さんたちも一言も発しない。
…ドクター・Pより、優しくなさそう。何となく。

「あのぉ、パーキンスさん…」
心細くなってドクター・Pに頼ってみようとしたが、
「それでは、ワシはこれで。ぶえーくしょーい!」
パーキンス氏はあたしに向かって満足げに頷くと、さっさと帰っていってしまった。


「ふん。子供と…そっちの猫は、レジェンズか」
クエンティ博士は、ぺりぺりとコンビーフ缶を剥きつつ、感情のない声で言った。
「子供の方があちらの世界に通じやすいから、一度テストしたいと思っていたところなんだが。披験体にするには少々年を取りすぎているようだな」
「ひ、披験体になりたいなんて言ってないよ!…っていうか」
ドクターが当たり前のように発した言葉に、あたしは目を見開く。
「…今、『あちらの世界』って言いました?」
「言ったとも」
ドクター・Qは剥き終わったコンビーフ缶の殻を無造作に床に捨てた。白服の一人がさっと横に回り、それを拾って片付ける。
ドクター・Qはその場に立ったまま、もしゃもしゃとコンビーフを頬張りはじめる。
「あちらの世界とはつまり、『レジェンズたちの世界』のことだ。お前たちはその見学に来たんだろう?」

ほんとにあるんだ、「レジェンズたちの世界」。
その世界へ行くための道を、本当にここで探してる。

「そうなんです、見学に来たんですよ!」
コンラッド博士が元気よく食いついた。
「プロジェクトの首尾はいかがですか?道、本当にありました?」
「本当にあったとも」
ドクター・Qはこれまたあっさりと答えた。
「現在、我々は夢の壁を通り抜け、現実世界との通路を結ぶ『ドリームマシン』の開発中だ。完成すれば、それを使ってあちらの世界と自由に行き来できるようになる」

「ほほう。ドリームマシン…これがそうですか?」
猫ちゃんはぽてぽてと部屋の奥の機械に向かって歩いていくと、興味しんしんにあちこちの匂いをかいだ。
「これが、かの異端の理論を実現せんとする装置なのですね…なるほど、いかにも血生臭い…」
ドクター・Qが遮った。
「いや。これは、コンビーフ製造機」

「………はっ?」

クエンティ博士はぺりぺりと新しいコンビーフ缶を開けた。
「このプロジェクトが実現した暁には、DWCは無限の戦力を得ることができるだろう。――だが、そんなくだらない目的はどうでもよろしい。ワシにとっての大事な夢は、別にある」
「分かりますとも。ワタシも実は――」
コンラッド博士が勇んで同意しようとしたところで、
「夢、それはコンビーフ」
ドクター・Qが高らかに宣言した。
猫ちゃんが頷きかけた体勢のまま、ちょっと固まった。

ドクターはコンビーフ缶を持ち上げ、一口かぶりついてから、それをぐいっとあたしたちの方へ見せ付ける。…歯形が付いてる。
「ワシの夢はレジェンズどもを捕らえ、その肉でコレと同じものを作って食べることなのだ!」

「……。コンビーフを、ですか?」
「そう!コンビーフならぬドクター・Q印のコンレジェンズ!!」

辺りがしんと静まり返った。
ドクター・PQと並び称されるのも納得の、この突っ込みに困るズレ具合。
思わず周りを見回してみるが、白服サングラスさんたちは、無表情のまま持ち場を守り続けている。
勇気をふるってあたしは聞いた。
「前から思ってたんですが…そーいうギャグって、どの辺で笑えばいいんでしょうかね…?」
「どこがギャグだね。何を笑うのかね」

コンラッド博士が戸惑ったように後ずさった。
「ちょ…ちょっと話が分からなくなってきましたニャー」
「あ…あたしは逆に、今ちょっと分かってきましたよ…」
「何ですと」
分かってしまった。
これ、螺旋の運命全然関係ないと思う。
だってギャグ担当だよ、この人。パーキンスさんやリチャードさんロバートさん系の。
ドリームランド・プロジェクトは、ファインディング・コンビーフ・プロジェクトなのだ。
猫ちゃんが無駄に難しい設定を話すせいで、すっかり騙されたよ。

レジェンズの肉のコンビーフだから、コンレジェンズか。
「ん?レジェンズの肉、ってことは…」
一抹の不安がよぎってあたしは顔を上げた。
ちょうど、今まさに、困惑するコンラッド博士をドクター・Qが食い入るように眺めているところだった。
コンビーフにかぶりつきながら、低く呟く。
「190グラム缶が50個…いや60個…」

何の計算をしてるんだよ。
血生臭い雰囲気になってきたよ。
あたしはコンラッド博士に体を寄せて囁いた。
「博士、そろそろ失礼しませんか。あたしは何だかイヤな予感が…」
ドクター・Qが食べるのを止めてこっちに歩いてきたので、途中で口をつぐむ。

ぽん。
ドクターが猫ちゃんの肩に手を置いた。
「ちょっと、そっちに乗っていかんかね」
言いながら、奥のベルトコンベアーを顎で示す。
白服にサングラスの男が、がこんとレバーを操作した。
ベルトコンベアーが動き始める。
がこんがこんがこん。
ゆるゆると動き出したベルトの進路は、まっすぐ機械の内部に続いているように見える。つまり、コンビーフ製造機の。黒いゴムのすだれで遮られた入り口の奥で、金属の刃がガリガリ噛み合う音がする。

何この露骨な罠。
あたしがドン引きしていると、別の白服の一人が、ドクター・Qに何か細長いものを手渡した。
ドクター・Qはベルトコンベアーの終点近くに陣取って、渡されたそれをぴっと構えた。
ねこじゃらしだ。

「ほーれほれほれ…」
ドクター・Qがねこじゃらしを振った。
「ニャ…ウニャッ?」
コンラッド博士の耳がびくりと動いた。
視線が、ちらちら動くねこじゃらしに釘付けになっている。
ドクター・Qがさらに絶妙に手を揺らして猫ちゃんを誘惑する。
「ほーれほれほれ、こっちこっち…」
「ニャニャーーーーーッ!!」
猫ちゃんが弾かれたようにベルトコンベアーに飛び乗り、そのままがこがこ運んで行かれようとしたので、あたしは悲鳴を上げた。
「ぎゃーーー、止めてえええ!!」
慌ててコンラッド博士の首根っこに飛びついて、床に引きずり下ろす。
「すいません!こ、この人はまだ、ウチの班で任務中なんで!そーゆーのは勘弁してください!」
状況を分かっていない猫ちゃんが、あたしの腕の中で呑気な声を出す。
「任務ならもう終わったじゃないですか〜」
「いいから黙ってて!」

危ないところだった。
この人たち、ごくナチュラルに博士の屠殺を始めようとしてたよ。怖いよ。
「あの、あたしたち、この辺で失礼することにします。どうもお邪魔しま…」
しどろもどろに挨拶しながら後ずさる途中で、入り口を塞ぐように立つ白服に背中がぶつかった。
無言で立ちはだかったまま、こっちを見下ろしている。
どうしよう。スーツの色が違うだけなのに、JJさんたちとは段違いの迫力だ。

もう一度悲鳴を上げようとしたとき、
「何だ。来たばかりなのにもう帰るのかね」

ドクター・Qはあっさりとねこじゃらしを振る手を止めた。
あたしは上げかけた悲鳴を飲み込んで、そろそろとドクターの様子を伺った。
「えっ、…か、帰っていいんですか…?」
ちぐはぐのサングラスのせいで、その表情はよく分からない。
淡々とした声が言う。
「いいも悪いも。帰りたいものを止める理由があるのかね?」
白服さんたちが、無言のまま左右に分かれてあたしたちに道を開けてくれる。

呆気に取られた。
いきなりとんでもないことを実行しようとする割に、執着の薄い人だ。…クエンティ博士の中では、特に変わったことをしているつもりはないのかもしれない。
あたしを披験体にできるか考えるのも、コンラッド博士をコンビーフにしようとするのも、深い動機や悪意はない、ドクターにとっては日常の範囲内のことであって――、
そう考えたら、ほっとするどころかさっきよりもっと怖くなった。
最初と同じ感情に乏しい声で、ドクター・Qは言った。
「まあ、気が向いたらまた来るといい」
「はい。ど、どうも…、ありがとうございました」
あたしは猫ちゃんの首根っこを引きずり、よろよろと研究室を後にした。

リチャードさんロバートさん枠だよね、多分。
ちょっとだけ、異様な感じだったけど。
ゲームの中であの博士がギャグ要員であることを願う。



コンラッド博士が名残惜しそうに廊下の向こうを振り返った。
「何するんですか。見学の途中だったのに〜」
「違うよ!屠殺の途中だったんですよ!!博士の!」
半泣きになってあたしが叫ぶと、コンラッド博士は真ん丸な目になった。
「まさか。…なぜ?」
「あたしが聞きたいですよ!何なの、何でコンビーフ?っていうか来るまでに聞いたなっがい前フリ、全然意味ないじゃん!」
猫ちゃんは呑気に首をかしげてみせる。
「何ですかね。あのドクターは、ワタシとは違う方向性のマニアだったようですね。どうーもワタシ、あの、目の前でちらちらちら〜って誘われるのに弱くって…」
「勘弁してくださいよ…うっかりグロいもん見せられるところでしたよ」

長い溜息をついてから、あたしは言った。
「……。『道』、ないと思うな」

コンラッド博士が首をかしげる。
「分かったんですか、さっきので?何か確認できました?」
「うん。だって、与えられた事象から一定のパターンを推理し法則らしき仮説を考えるに、食う気でしたもん、アレは。そっちの枠のキャラだもん」
今までの経験を踏まえて、あたしは説明する。説明しながら、自分が何にこだわっているのかに気が付いてもいた。
ギャグ枠だってことにしといて欲しい。
そうじゃなかったら納得できない。

ぼんやり廊下の向こうを眺める。声を落としてあたしは聞いた。
「…コンラッド博士は、あのプロジェクトが成功してたらいいと思ってるんですか。全部人間から生まれてるってことになりますけど」
「さあ?」
猫ちゃんは肩をすくめた。
「別にワタシ、異端を贔屓にしてるわけじゃないですし。…でも、もしそうだったら面白そうじゃないですか?」
「だって、レジェンズウォーは?レジェンズウォーも?」
地球を守るために、地球を汚す人間を滅ぼす戦い。そう考えてみた時点でもうどっちが正しいのかあたしには分からないのに、その戦いがそもそも人間から生まれてるなんてことがありうるだろうか。
何が正しいことなのか。

「ええ、レジェンズウォーも。それだって別に不思議なことじゃないでしょう?」
あたしを見つめる目が意味ありげに細められ、博士は唐突に話題を変えた。
「――レミングスの物語をご存知ですか」
「……?」
「『集団自殺するネズミ』です。繁殖力の強い彼らは急速に子孫を増やし群れを拡大させますが、その個体数がピークに達し、辺り一帯を埋め尽くすほどに『増えすぎた』とき。群れは海を目指して一斉に行進を開始し、次々に崖から身を投げるのだと言います」
「…………」
そう言えばあたしも学校でそんなような話を教わった気がする。
「死の行進へと彼らを駆り立てるその狂気は、果たして彼らだけが持つものでしょうか。そもそもそれは狂気と呼ぶべきものなのでしょうか。それは、まるで」
あたしもその物語を知っている。
そう。それは、まるで。
「そう――まるで彼ら自身、自分たちが種を維持できなくなる閾値に達してしまったことを悟り、自らの死によって生態系を守ろうとするかのように。…」

だから、あるいは人間も。
他の生物の暮らす環境を汚し、地球を破壊しつつある。このままでは自らの種を保つことさえ困難なほど自分たちは『増えすぎた』のだと、人間自身が気が付いてしまったとき――

「――いやいやいや!そんな訳ないじゃん!」
うっかりノリで同調しそうになって、あたしは慌てて猫ちゃんを遮った。
「騙されませんよ。学校で習ったもん。それ、迷信でしょ??」
「もちろん迷信です。これもまた人間の心が生み出した想像のひとつですね!」
コンラッド博士はけろりとして答え、あたしはますます訳が分からなくなった。
持ち出した例え話がそもそも嘘ってことは、今の話はほんとじゃないってことだろうか。

「…レジェンズの言ってることはちょくちょく意味不明で困ります」
と、あたしはぼやいた。
博士は澄まして自分の毛並みを撫で付けている。
「それは、ワタシとアナタがそれだけ異なる存在だということです。違うことは嫌いですか?」
「そうでもないけど。…」

猫ちゃんののほほんとした顔を眺めているうちに、あたしはふと、自分に悩み事があったことを思い出した。
部長たちともダンディーとも違う。
この人じゃなければ相談できないことかもしれない。
「ダンディー…前ここにいたレジェンズは、変わることをよく思ってなかったみたいだけど。博士はそういうの、あんまり気にしないんですね」
「レジェンズだって、色々違うんですよ。ワタシはね、面白ければいいのです」
「ふーん。…」

そのオッドアイの眼差しは…世界を見る目の冷たさは、ドクター・Qにちょっと似ていた。
とんでもない話を聞いたとしても、何とも思わなそうな気がする。
それが理想だ。
「博士に見てもらいたいものがあるんです。今日は、家に置いてきちゃったんだけど…後で相談に乗ってくれますか?」


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