第8章−5


「きゃっ」
朝、アパートから出たところで誰かとぶつかりそうになって、抱えていた金の板を落っことしてしまった。
ウインドラゴンの胸飾りが、路面に転がってぐわんぐわん音を立てる。
「うわあー!」
あたしは思わず悲鳴を上げた。
この胸飾りがあたしと一緒に今の世界に来ていたことには、きっと何か深い意味があると思うんだ。
こんな扱いをしてて罰が当たったらどうしよう。ゴミと一緒になってたのは、あたしのせいじゃないけど。

ぶつかりかけた相手が、手に提げた旅行カバンを置くと、金属板を拾ってくれる。
あたしに渡してくれようとしながら、目を見開いた。
「…あら」
「あ。どーも…おはようございます」
あたしも気付いて、ぺこりと頭を下げる。
出張帰りのOLかと思ったら、昨日会った女の人だった。

別人みたいに格好が違ったから、一瞬分からなかった。
昨日はふわふわした雰囲気だったけど、今日の美女はキャリアウーマン風だ。ゆるく巻いてアップにしていた髪はきっちりひっつめて、モノトーンのスーツで身を固めている。
荷物で膨れた旅行カバンだけが昨日のままだったので、あたしは首をかしげて、何気なく聞いた。
「…お仕事ですか?」
「ああ、…いいえ」
美女は曖昧に首を振った。
「これは違うの。探しているのよ」
「?」
美女はふらりと顔を上げると、迷ったようにブルックリンの街を見渡した。
淡い色の瞳に茫漠とした色が浮かぶ。
「あの人の仕事を手伝える私になれないかと。…難しいわね。あの人にはできたことなのに、私はこんなに時間がかかってまだ見つけられない」
視線を落として自分のスーツ姿を眺めた後、女の人は笑顔を作った。
「似合うかしら?」
「えっ?ええ。とても」
「ありがとう。…」

数メートル歩いてから振り返ってみると、美女は昨日と同じようにどこへ行くでもなく、そのままその場に佇んでいた。
おかしな人だ。この世界では、良くあることだ。
ふと、J1さんが言っていたことを思い出す。
あたしは金属板を抱えなおしてカバンの中から社員手帳を取り出した。テレビで見たときに覚えていることを、暇を見つけて時々メモしてある。

「何かのフラグ…なのかなあ?」
美女を振り返り、見比べながら考えてみたけれど、自分の書いたメモの中にそれらしい名前を見つけることはできなかった。


 BACK