第12章−1


です。
臨時の人事異動でレジェンズ班を去ることとなり、今はダークウィズカンパニー・携帯扇風機部に所属することになりました。

「よいしょ…よいしょ。あ、ゴブリンさん」
「お。こんちわぁ〜」

扇風機を積んだ台車を押して廊下を歩いていたら、事務員の格好をしたゴブリンさんに出くわした。
ちっちゃい体で、その体と同じくらいの大きさのダンボール箱を抱えている。中に書類の束が入っているのが見えた。
「アンタも内勤になったんだって?」
「ええ、そうなんです…。乗りますか?」
台車の空いたスペースにゴブリンさんを箱ごと載せて、一緒にエレベーターに乗る。
あたしは溜息をついた。
「…あたしもゴブリンさんみたく、普通の事務が良かったな。偉い人に気を遣うの、疲れるんだもん」
ゴブリンさんも溜息をつく。
「普通の事務だって疲れるよー?パソコンばっかり見てると肩凝るわー…」
目的階に着くまでの間、あたしたちは互いに愚痴をこぼし合う。
お互い3章以来の下っ端生活なもので、ダークウィズカンパニー・ちっちゃいものクラブ。みたいな雰囲気がある。器が。
「…ほんとはさ、もう一回外回りのチャンスをもらえないか、からもBB部長に頼んでもらいたかったんだよね」
「そうなの?部署はもう違うけど、今度一応言ってみます」
「助かるわー。ありがとね」
「大変ですね、お互い」

途中で降りるゴブリンさんと別れた後、あたしは最上階の社長室に向かった。
「こんにちはー。携帯扇風機部の、です!」
「入りたまえ!」

この窓際の部署に移ってから、あたしの会社員生活は一気にルーティンで待機時間の多いものになった。
仕事は大体、備品の調達。
緊急の電話呼び出しはかなり不定期で、ないときは全然ない。多いときには一日に二回も三回も社長室に呼ばれて扇風機を持って行き、ランシーンさんに「風が…来ないねえ…」とか、謎の駄目出しをされることになる。一応そのときの苦情は書類にして、案件R担当の人に流す。

窓から差し込む光で陰になり、昼間から薄暗い大広間。
奥中央のデスクも、デスクに座る社長の丸い頭も、その横に貼り付くように座り込むランシーンさんも、逆光に照らされ、彫像のように動かない。差し込む光の角度のせいか、暗く沈んだシルエットからは奇妙なほど長い影が伸びて社長室の赤い絨毯をすっぽりと覆っている。
相変わらず陰鬱な空気。
一歩足を踏み入れた瞬間、固まりたくなる光景だ。
けど、のろのろしてると怒られる。
「ランシーンさん、お待たせしました。新しい扇風機です!」
あたしは扇風機を載せた台車を押して、社長室の絨毯の上を走った。
ごろごろごろ。
押しているうちに勢いがついてスピードが出る。
ごろごろごろ。
「おおぅ…うわあああ!?」
勢いがつきすぎて狙った場所で止まれなくなり、そのまま危うく社長の机に衝突しそうになった。
荷物の重みに振り回されながら何とか手前で方向転換し、大きく横にカーブしながら止まる。

「……………」
「……………」
社長とランシーンさんが押し黙ったまま、こっちを見ている。
二人の視線を辿って振り返る。…高級そうな赤い絨毯に、台車で走ったタイヤ痕がくっきり残ってた。
慌てて靴でこすってみたけど、消えない。

社長がぽつりと聞いた。
「……。その台車は何かね、くん」
ちょっと失敗してしまった。怒られないといいけど。
失点を補うべく、あたしは気を付けをしてはきはきと答えた。
「今日は、3台まとめて持ってきてみました!予備込みです!」

ランシーンさんが無言のまま手を差し出してきた。
運んできた扇風機は、いったん箱から出してすぐに使える状態にした後、簡単に梱包し直した物だ。あたしは手際よく持ってきたうちの一個をスタンバイし、ランシーンさんの大きな手のひらに扇風機を握らせた。

ぽち。
スイッチが押される。今回の扇風機は首振り機能付きだ。
ぷるるるるるる…。
右に動く。
ぷるるるるるる…。
左に動く。

ランシーンさんは、何を思ったのか、扇風機の動きに合わせて自分の首を振っている。
ぷるるるるるる…。
右に動く。
ぷるるるるるる…。
左に動く。シュールすぎる。
様子を見ているあたしの方にも時折撫でるような風がやってきて、また戻っていく。
やがてランシーンさんがおもむろに口を開いた。
「…………。予備?」

数拍置いて、それが独り言ではなく、あたしが話した「予備込み」という言葉についての質問なのだと理解する。
基本無口な人なので、質問が来るまでの間が独特で困る。
「ランシーンさんが壊したときの予備です!」
あたしははきはきと返事した。
「ランシーンさん、イライラすると物に当たって、すぐ壊すから。そのたびいちいち電話するより、最初から社長室に何台かまとめて置いておいた方が早くて楽だと思いませんか?ここ広いし」
こういうの、カイゼンって言うんだよね。
近年、企業において最も重要視されるのは無駄な業務の効率化だと、学校で習いました。
「…無駄な業務の効率化です。学校で習いました。どうでしょう!?」

辺りがしんと静まり返った。
ぷるるるるるる…。
扇風機の回る音だけが響く。

「…物に当たって…、すぐ壊す…。…」
ランシーンさんが陰気に首を揺らす。
「ふぅ〜ん?んーーふっふふふーん〜〜。ふぅ〜ん…なるほどねえ」

…雲行きが怪しいかなと思ったときは、ここで社長の顔色を伺うことにしています。
ランシーンさんの機嫌の波は、それを敏感に察知する社長の反応で、大体分かる。
「…………、……!!」
社長はデスクに突っ伏して、ぷるぷると体を震わせていた。
やばい。まずかったみたい。
様子からすると、かなり危険なレベル。
鉱山のカナリアのようだ。

ランシーンさんが唸る。
「……言ってることは正しいが」
ぎりっ。…ぱき。
その手に見る見る力がこもり、変な音を立てて扇風機の首が折れた。
「お前の態度が気に入らない…――!!」
「ええーっ!?」
言ってる側からもう、一台目が壊れた。
ばきっ。がしゃーん。
投げつけられた扇風機が、ばらばらになりながらあたしの耳の横をかすって飛んでいった。

社長がすごい勢いであたしの肩を掴んで、部屋の隅へと連れて行く。
「ええーっ。何なのあれ。ええーっ…!?」
「き…き、君こそ何なのっ!?どんだけ…!どんだけあの方を怒らせたら気が済むの…っ!?」
困惑するあたしに負けず劣らず、社長もテンパっている。
「これが、ゆとり世代の若者か…!何と恐ろしい…!!」

隠れてごしょごしょ言い合うあたしたちを睨みつけながら、ランシーンさんは不機嫌そうに鼻を鳴らした。
憂鬱そうに片方の手で顎を支える。もう片方の手を、次をよこせと言いたげに再びこちらに差し出してくる。
「……。早く」
ドスの利いた声ですごまれた。
もう嫌な予感しかしないんですけど。
促されるまま扇風機をもう一台取り出して、手に載せる。

ばきっ、がしゃーん。

もう一台渡した。

ばきっ、がしゃーん。

流れるようなフォームで全ての扇風機を投げ捨てた後、ランシーンさんは勝ち誇ったような表情であたしを見下ろした。
「予備…。なくなりましたから…フフン」

すごい。
清々しいほど大人気ない。


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