―――スピンドル(2)―――





個人経営といった感じの微妙にひなびたラーメン屋。別の店にしようかちょっと迷ったけど、「営業中」の札が下がっていたから、引き戸を開けて赤いのれんをくぐる。
中途半端な時間帯のせいか、あたしの他にお客の姿は見当たらない。
とても大柄な店主が、背中の羽で時折自分をあおぎながら暇そうに新聞を読んでいた。

「いらっしゃい。ご注文は?」
「しょうゆラーメンひとつ」

何気なくそう注文し、カウンターに座ってみてから、あたしはぎょっとなって店主を振り返った。
「うわっ、また!?また来ちゃった!!何で!?」

「…ああああぁん?」
手にした新聞をばさりと投げ出し、カネルド・ウインドラゴンは腹の底からドスの利いた声を出した。
金色の瞳がギロリとあたしを睨みつける。
「何ですか、お客さん。私の店にまた来てしまったことに、何かご不満でも?」
「い、いえ…別に、そういう訳では、ないです…」
陰険なすごみ方がランシーンさんそっくりだ。シロンさんと同じ人だけど、ランシーンさんとも同じ人なんだな、ほんと。

待つこと10分。羽の飾りをつけたごつい手が、ほかほかと湯気の立つ丼をあたしの前に置いてくれる。
「おまちどお」
「いただきまーす」
あたしが割り箸を割ったとき、

カネルド・ウインドラゴンはのしのしとカウンターから出てくると
「どっこいしょー」
何の脈絡もなくあたしの隣の席に腰掛けてきた。

またか。
またこの接客なのか。
くつろげない…。

「んーーふっふふふ。こんにちは、ー」
「こ、こんにちはぁ…」
あたしが曖昧な挨拶を返したとたん、カネルド・ウインドラゴンの瞳がぎらりと光った。
じりじりあたしに顔を近づけ、至近距離でねめつけながらゆっくり唸る。
「……。カネっちょ」
「…………??」
「カ・ネ・っ・ちょ。――さあ」

多分、言外にあたしに何かを強制している。…そういう呼び名でキャラを立てたいとか、こないだ言ってたような気がする。
「……。こんにちは。カネっちょさん…」
命令された通りに挨拶しながら、あたしは思わずうなだれた。
この人濃ゆいよ。
どうしてこれ以上のキャラ立てをする必要があるのか、あたしにはまるで分からないよ。

カネっちょさんはあたしの横で気さくに肘を付いた。
「で?最近どうよ?」
「まあ、ぼちぼちですかね…仕事は前ほどハードじゃなくなったんですが、新しい上司がとても陰険な人で…」
「あー、分かるわぁー。そういうの困るよね〜。私の上司もね、鳥類そっくりな割に起こすまでの手順が無駄にめんどくさくって、それはもう毎回のように不愉快な思いを…」
「…………」
またすごいこと言ってるよ、この人。
聞いてる方がいたたまれなくなるくらい風の竜王に失礼だよ。
あたしはラーメンをすすりながら、横目でちらちらカネっちょさんの様子を伺った。

全てを超越したかのような状況のせいで周回遅れで置き去りにされていた疑問が、来店も二度目になってようやく追いつき、猛烈な勢いであたしの中に湧き起こっている。
おかしいよね、これ。
どうなってんの、これ。
そもそもこの人、ほんとにカネルド・ウインドラゴンなの!?

背中でゆるくたたまれた三対の翼は、繊細な金の装飾で飾り立てられ、竜というより高位の天使を思わせた。
その純白の翼を模した純白の羽飾りが、ふわりと揺れる。体を包む青い外套は深い空の色。身動きするたびさらさらと衣擦れの音を立て、美しいドレープを作って流れ落ちる。
見た目は確かに、一分の隙もないカネルド・ウインドラゴンだ。
凛とした横顔は、淡く輝き、思わずかしこまりたくなるような気品に溢れている――
「ってぎゃっ!」
いきなり頭突きされた。
「何です、じろじろ見て。私の顔が何か突いてるかい?」
「今、突きましたよ…!顔が…!同じ監督だからって、よくもそんなしょーもないネタを…」

中身がひどい。

「あのですね。カネっちょさんって。あたしの知ってるカネルド・ウインドラゴンとは、全然違うような気がするんですけど。…」
勇気を奮って聞いてみた。
カネっちょさんはこともなげに答えた。
「あんまりセリフがなかったからね」

「そっ、そーゆー問題なの!?だって絶対冗談とか言いそうにないキャラだったし、シュウが泣いても戦争するの当然って感じで、すごく……、…」
途中で言葉につまってしまった。
金色の瞳をゆっくりと細め、カネルド・ウインドラゴンは喉の奥で笑った。
「怖くて、冷たいウインドラゴンだと――思ってましたか」
「はい。まあ…」

「んーーふっふふふーん〜〜。ふぅ〜〜〜〜」
あたしの答えの何が面白かったのか、カネルド・ウインドラゴンは楽しそうに鼻息を吹いた。
生暖かい風があたしの髪を揺らし、ラーメンスープを揺らす。…落ち着いて食べられないから、密着しないでほしいんだけど。
「お前が言うのは、レジェンズキングダムに存在している『過去の』私のことだろう。しかし見ての通り、ここはレジェンズキングダムではないし、私はシロンでランシーンだ」
「……。シロンで…ランシーン?」
あたしはカネっちょさんの顔を見上げる。
「あの二人がひとつに統合されると、この私になるんですよ。2倍偉くて、4倍かっこいい。…まさか、今まで知らなかったんですか?」

カネっちょさんがバカにしたような目つきになった。
「世界の外から来てるくせに、何て鈍くさい娘だろう。初めて店に来た時も、そういう前フリ、やったでしょ」
「いや…知ってるといえば知ってたけど、何ていうか…、えっ。何でかっこいいの4倍なの??」
「2乗です」
「何が??待って、何聞こうとしてたか忘れた…ええと」
あたしは頭を抱えた。
シロンさんとランシーンさんは、あたしの知る限り今現在は、別々の存在だ。統合はしてない。DWC携帯扇風機部所属、つい昨日だってランシーンさんにねちねち怒られていたあたしの知る限り。二人は今まで、お互い顔を合わせる距離にいたことさえないはずだ。
なのに、二人がひとつに統合されたカネっちょさんが既にこの場に存在していて、変なラーメン屋をやってる。
これは、どういうつながりなの?
前に聞いてみたとき、シロンさんはラーメン屋のことを全然知らなかった。
シロンさんとランシーンさんって、2セット存在するってこと?

つくづく考え込んでから、あたしは聞いた。
「…それ、だぶってない?」
「だぶってない」
と、カネルド・ウインドラゴンは答えた。
「私、未来の記憶だから」


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