第9章−3


レジェンズ班のいつものオフィス。
やってきた総務さんは、青い書類ファイルを抱えながらいつもより長めに会釈し、ごく慎ましやかに遺憾の意を示してみせた。
「サーガ役を間違えておりました。大変失礼いたしました」
と、総務さんは言った。

総務さんの隣では、知らないおじさんが気をつけの姿勢で立っている。
あたしとそんなに背の変わらない、小柄で痩せたおじさんだ。


「……。役って言いましたね、今」
「……。言いましたね」
「間違えたって。どーゆーこと?」
軽いことみたく言うけど、この間のシロンさんはほんと怖かったよ。ひどい目に遭いました。
あたしと部長とJJさんは、総務さんとおじさんをかわりばんこに眺めながら、不審な思いを募らせる。

「連絡過程で多少の行き違いが生じたようです」
しかし、そんな気まずい空気などに今更動じる総務さんではない。
上品なしぐさで手のひらを上に向けると、全く前回と同じノリで、悪びれる様子もなく、おじさんをこう紹介した。
「えー。改めまして今日は、ファイアジャイアントを支給いたします。こちらが真の火のサーガ、ミスター・エドです」

皆の視線を一身に集めたおじさんが、気をつけの姿勢のまま蚊の鳴くような声を出す。
「エド・エドモンドです…。ダークウィズカンパニー第二営業課から参りました…」

柔らかそうな髪が頭のてっぺんで七三分けになってぺったり寝ている。
どこか遠くを見ているような、つまり、今いちこっちと目を合わせてこようとしない、寂しげな垂れ目。
小柄な割には、節々は骨ばっていて、手足はごつい。顔立ちも濃い目で、鼻の下の髭の剃り跡が青々してる。
総合するに濃いんだか薄いんだか良く分からない佇まいの、可憐なおじさんだった。
「うちの社員?しかも、営業?」
「営業課とこの任務に、何の関係が。ていうかまた何とも、弱っそうな…」
J1さんとJ2さんがひそひそと無遠慮なことを囁きかわしている。

「そういうことはさておきまして」
総務さんは穏やかに淡々と説明を続ける。
「こちらで確認したところ、タリスポッドの動作については異常ありませんでした。ファイアジャイアントはミスター・エドに使っていただき、再チャレンジをお願いいたします」

あたしは首をかしげた。
「…異常はなかった?電池切れだったんじゃ、ないんですか?」
「こちらで確認したところ、異常はありませんでした」
と、総務さんが繰り返す。
「それってつまり…」
「新人じゃダメだったって、ことですかね。火のサーガ役的に」
JJさんが呟いた。
「ええー、そんなぁ…」
誰でもいいって話なのかと思ったのに、あたしじゃダメって。
何のためにシュウに笑われに行ったのか分からない。ていうか、笑われに行ったんだね…。

釈然としない気分になっていると
「そーよそーよ!!納得行かないわっ!」
そんなあたしを押しのけて、部長が更に前に出た。
「レジェンズ班の部長は私よっ!このBBこそが、これまで数々のレジェンズを使いこなしてきたと言うのに!どうして今回に限ってだのミスターだのなのよ!火のレジェンズは私には使えないとでもっ!?」
部長は鼻息も荒く胸をそらす。JJさんとあたしは、逆にちょっと引いて後ずさった。

さすがは部長だ。根拠なく肯定的な自信に満ち溢れている。
部下目線では、数々使いこなしてきたとまでは、言えないような気がします。失敗ばっかりだし。
でも突っ込みづらい。

「あ。もしかして、火のレジェンズを使うには何か特別な資格が要るんじゃないですかね?」
J1さんがうまい具合に話題を逸らした。
「あー。火気取り扱いとか、危険物取り扱いとかの…」
と、J2さんも乗っかる。
自然とまた皆の視線がエドさんに集まる。
エドさんが恥ずかしそうに身を縮めた。
「いえ、わたくし特にそのような資格は、取った記憶は…」

総務さんがにこにこしながら解説してくれた。
『人間の』精神の働きによって世界の壁を超え、形あるものとして現れる。それが、リボーンですから。さんには無理だったというのは、つまり、そういうことなのでしょう」

意味が分からずあたしは聞き返す。
「えっ」
「えっ」
総務さんは、あたしが何を分からないのか分からない、と言いたげに目を見開く。

「あっ」
エドさんが思いついたように声を上げた。

JJさんがぐっと身を乗り出す。
「おお。何か身に覚えが、ミスター・エド?」
「火のサーガたる、心当たりが?」

一斉に食いつかれて、エドさんは迷ったように微笑んだ。
「珠算三級の資格なら…」
つられてあたしも手を上げた。
「あ。珠算三級なら、あたしも…」


「……、……」
「……、えーと」
ぺしっ。
なぜかあたしが頭をはたかれた。
「えっ、何でですか!?」
「近かったから。っていうか、三級までは誰でも取れるし?」
と、J1さんが冷たく言った。
「そもそも全然、火と関係ないし?」
と、J2さんも言った。

エドさんがくしゅんとうなだれる。
部長が溜息をついた。
「結局、火のサーガって何なのよ??」
「さあ…?」
総務さんは微笑んで、胸の青ファイルを抱え直した。
「私はただの総務なので、分かりかねます。それでは、よろしくお願いいたします」

そりゃないよ。と、言いたいところだけれど、部長でさえも突っ込むことができないこの雰囲気。
エドさんをあたしたちの許に残して、総務さんは爽やかに去っていった。
J1さんがぽつりと物真似した。
「…私はただの総務なので、分かりかねますぅー」

「えーと、えーと」
しばらく悩んでから、あたしはとりあえずエドさんの方に歩いて行った。
「これ。火のサーガの衣装です…」
「…………」
受け取りながらエドさんは無言で目を見開き、薄茶色のその瞳にはいっそうの哀愁が漂った。


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