第9章−2


横道に入った路地で、やってくるシュウたちを待ち伏せる。

「さあ、行くわよっ!」
「は、はい!」

漢らしく普段の制服を脱ぎ捨て、身にまとうのは原色オレンジ、ぼうぼうと渦を巻くデザインの肩ミノと腰ミノ。衣装を盛っていくうちに髪も地毛ではボリュームが足りないってことになって、これまたすごい色のカツラもかぶってみた。
元の世界にいたとき、あたしは確かに普通の女子高生だった。
自分がすごく遠くに来た気がする。

片手にタリスポッド。片手に真っ赤な彼岸花。
緑の茎を握りしめ…、不安をぬぐいきれなくて最後に恐る恐る確認してみた。
「……。ほんとに、変じゃないですよね…?」
「……………」
部長たちの表情も、ちょっと強張ってる。
頑張る方向を間違えて微妙な仕上がりになったことに、全員薄々感づいているような。でも失敗って言い切れるほどそもそも求める方向性が煮詰まってなかったので判断つきかねてるような、そんな空気。

J1さんがしみじみと呟いた。
「……。胸毛ボーン」
「……いや。肩毛がボーン?」
J2さんが追い討ちをかける。
部長が誇らしく胸を張る。
「炎のようにね!」

ひどいよみんな。
ちなみに眉毛もボーンだ。

「や…やっぱり無理です、こんな格好!!重っ!鉄ゲタ重っ…!」
「ええーい!ここまで来といてうだうだ言うんじゃないのっ!!」

ビル壁にへばりついて抵抗するあたしを、部長がむりやり引き剥がす。
「似合ってるぞ、新人!」
「うん、可愛い可愛い!」
JJさんたちが拍手で応援してくれる。何か、逆に傷つくんだけど。



シュウ、メグ、マックの3人が、仲良く並んで歩いてくる。
「ウイニングストレーカーズ、だっけ?試合は今日じゃなかったの?女の子たち、随分騒いでたじゃない」
「うん。ほんとは、今日だったんだな。延期になったんだな」
「そ〜なのよ〜!俺ファンのかわい子ちゃんたちをお待たせしちゃってもう、申し訳ないったら〜!」
「そこ!うるさい!」
呑気な会話が聞こえてくる。
あたしたちは横道から飛び出して、いつものごとく3人の行く手をふさいだ。
部長が叫ぶ。
「フッフッフ。今日こそ!そのタリスポッドを頂くわよ!!」

J1さんがあたしの両肩を掴んで、ぐいっと前に押し出した。
「何たって今回は、『火のサーガ』がついてますからね!」
「面子的には変わらないけど!そういうことに、なってるからね!」
押されたあたしは、慣れないゲタにかこんかこんよろけながらシュウたちの真正面へとまろび出た。
「あっ。ど、どーも〜。……」

「…………」
「…………」
「…………」

3人の子供たちは、しばらくぽかんとしてあたしの姿を眺めた後、たった今酸っぱいものを食べちゃいましたみたいな顔になって眩しげに目をそらした。
「うわっ…」
「あいたたた、たぁー…」
何とも言えない囁きが漏れる。

「これは…!想像以上に、悲しい反応…っ!」
「いや、だってさあ…どーしたのよ、したっちょ。その格好…昼間っから…」
こういうときには、シュウは、容赦なくしらける現代っ子なのだった。その辺のシュウの基準はいつ会っても謎っていうか、掴み所がないっていうか。
メグがふうっと息をついて、かわいそうなものを見るような目であたしを見た。
「そんな本当のことを言っちゃダメよ、シュウ。あたしたち子供だから、分からないけど…きっと会社勤めって、色々苦労が多いのよ…」
「や、やめてー!そんな本当のこと言わないでー!!」

まさに顔から火のサーガ。
だけどめげない。
こんなことで恥ずかしがってたら、この世界ではやってけません。
「まあそれはいいや。そんなことよりシュウ、あのね!」
せっかく対面できたついでだ。あたしは真っ赤な彼岸花を振りながらかこんかこんシュウに駆け寄った。
「学校でハルカ先生に会ったら聞いといて欲しいんだけど、こないだ3人で博士んちに来たとき、もしかしてあたしの社員手帳――」
「違ーーうっ!!」
言い終わる暇もなく部長の雷が落ちて、あたしの言葉は遮られる。

「この子はまーだそんなこと気にして!違うでしょ!!リッボーンでしょ!!」
「わ、分かってますよ。けどちょっとその前に、伝言的な…」
「だからそれは!新しいのをあげるって、言ったでしょ!いいからとっととやんなさい!!」
「は、はい。えっとリボーン!」
慌てて叫んだ後で気が付いた。あたし、レジェンズをリボーンするのって初めてかもしれない。
スタート地点の都合上、生レジェンズに接する機会は多かったけれど、自分が直でリボーンする立場になったことはなかった。
これは、記念すべき瞬間かも。
あたしはどきどきしながら手にしたタリスポッドの反応を待った。

ぐわん、と、いかにもバトル系おもちゃらしい起動音がした。
持ち手のカバー部分、魔物の双眸を思わせる紋様にかっこよく光が灯り、モーター音と共に回転する。
うぃーん、かしゃ。
うぃーん、かしゃ。
そしてソウルドールの嵌った基盤部分から、属性エフェクトのホログラムがぱーっと立ち上がって――と、普段はなるところなのだが。
今回は特に何のエフェクトが現れることもなく、そのまま動かなくなった。


こんなパターンもあるのかなと思って、しばらくそのまま待ってみた。
しかし、一向に何かが起こる気配がない。


「……??」
解せなくなって、軽く振ってみた。何も起こらない。
「リボーン!!リボーーーン!?」

様子がおかしいのは伝わるのだろう、シュウたちが不思議そうにこっちを見ている。
こんな格好で一身に視線を集めるとか。
居たたまれないんだけど。
あたしはソウルドールを構えたまま何となく後ずさり、部長たちのところまで戻る。

「……。どうした、新人」
「……。これ、動かないです」

「何やってるのよ、。電源は入れた?」
「入れましたよ!スイッチオンにして、ロック外して、リボーンですよね?」
部長があたしの手元を覗き込む。
「また接触が悪いのかしら。一回電源切って、最初からやり直してみなさい」
「はい…」
ソウルドールを取り外し、埃を吹いてから嵌め直してみた。
「スイッチオン!今度こそ!リボーン!!」


起動音がして、持ち手カバーがぐるんと回って、…またそこで止まる。
嫌な汗出てきた。


「うーん。何も起きませんね」
「い…いっしょーけんめい、やってるつもりなんですけどね」
「何なの?このレジェンズは究極にリボーン遅いとか、そういうのなの?」

「…………」
「…………」
「…………」

「あ!」
J2さんがぽんと手を打った。
「もしかして、電池が終わりかけなんじゃ?」

「あぁ!そういや、なーんかこの、目のとこのランプのつきが弱いような…」
と、J1さんが同意する。
「言われてみれば!あたしも、そんな気がするような…」
と、あたしも頷く。
「タリスポッドの電池って、どこに入ってるんです?」
「底のとこに爪引っ掛ければ外れるわよ。電池ねえ…車に予備があるかしら…」
「なんなら俺らのどっちか、今からコンビニに…」


そうこうしている間に
「……ニャガッ!」
ねずっちょがもぞもぞとシュウの肩によじ登り、一発顔を蹴飛ばした。
「わーかったよーもー」
シュウはぶつくさ言いながらも、それに応えて自分の白いタリスポッドを取り出した。
「シロン、カムバック!リボーン!!」

「えっ!!もうなの!?」
最近のシュウは、何だかんだでリボーンの手際がいい気がする。
呼吸が合ってきたのかな。二人が仲がいいのは、あたしも嬉しいです。
だけど、早すぎる。

「あっシロンさんこんにちは…。ちょっと待ってください、この電池を交換したら今すぐええと、…どうして笑ってるんですか?」
焦りまくって言い訳しながら、ふと、シロンさんがあたしに向かって微笑んでいることに気が付いた。

シロンさんが笑っている。
青い瞳に今まで一度も見たことのない優しげな微笑を浮かべて、あたしを見下ろしている。
優雅な動作で翼を広げた。

「…フッ。―――ウィング・トルネード」




秒殺でした。
シロンさんマジ情け容赦ない。


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