第9章−1


「えー。今日は、ファイアジャイアントのソウルドールを支給いたします」
と、総務さんが言った。

「…ファイアジャイアント。火のレジェンズね」
「初めてですね、火」
「強そうですね、火」
「ヒヒ、ヒ!い〜い働きをしてくれそうね」
と、部長が笑った。

「そして…」
総務さんはにこにこしながら、なぜかあたしにタリスポッドを差し出した。
「?」
何となく受け取る。
総務さんはそのままあたしの横に立つと、上品なしぐさで手のひらを上に向け、こう紹介した。
「そしてこちらが火のサーガ、さんです」

いきなりすごい方向に話が飛んだ。

「はっ?」
「へっ?」
「ほっ?」
BB部長とJ1さんとJ2さんが、順番に声を上げる。
「お前って火のサーガだったのか、新人」
「いやー。全然知らなかったわ…」
「っていうか、何?火のサーガって」
3人は珍しそうにあたしを眺める。総務さんがさらに説明する。
「火のサーガである さんには今回、このファイアジャイアントを使っていただきます」

「そっ…。そんな馬鹿な!」
ぽかんとしていたあたしは、その辺でようやく我に返って声を上げた。
「ひ、火…人違いですよ!これは、何かの間違いです!!」

「だって火のサーガっていうのは、ええと、…あれ?これ、もしかして別に間違ってないの?」
抗議しながら、途中で思いついた。
あたしは多分、絶対火のサーガじゃないけど。
確かテレビで「いいんですか、あんなので」「誰だっていいんですよ…」みたいな話があった気がする。あれが、今のこれなのかもしれない。
多分メモしてあるはずだ。
とりあえず詳しい流れをもう一度確認してみようと、あたしは机に戻って自分のカバンを探った。
そして、全然別のところで更なる不意をつかれた。
「あれ。……。ない?」

社員手帳がない。

どこに忘れてきたんだろう。最後に見たのはいつだっけ――、と、そこまで考えてみて、あたしは軽い戦慄を覚えた。
――こないだ、ハルカ先生に渡しました。

「…………、……」
思わずそのまま机に突っ伏す。
しばらく声も出なかった。
やってしまった。
、うっかりしてた。二回目。
ネタバレ的なことを色々書いちゃってある物なのに、どうして渡しちゃったんだろう。渡した後はあれやこれやでごたごたして、結局回収できた記憶がない。
うっかりお父さんのことを喋っちゃってどうしようって思ってたけど、あたしの本当の失敗はそこじゃなく、むしろ。もしかして。

ハルカ先生が、あの手帳の中身を見ちゃったらどうしよう。
…あんまり想像したくない。

「……。あの子はさっきから何してるの?」
「さあ…。何やら固まってるみたいですけども」
「狸寝入りですかね」
「――それでは、私はこれで」

外野から冷静なツッコミが入り、総務さんの慎ましやかな靴音がさっさと立ち去っていく。
そういえば仕事中でした。
現実に引き戻されて、あたしはのろのろと顔を上げた。

「ぶ、部長ぉ…。JJさん…、……」
何とかしてくれるはずもないんだけど、思わず縋るような目で皆を眺めてしまう。
部長が眉をひそめた。
「…何よ。どうしたのよ」
「しゃ、社員手帳を…なくしました…」

部長が鼻で笑った。
「あんなのいっぱい余ってるわよ。今度、新しいのをもらってきといてあげるわ」
うん。
まあ、そう言うと思った。
説明なんかできっこない。余計にしょんぼりしてきて、あたしは頭を抱える。
「そうなんですけど、そういう問題じゃないっていうか…ああ…最近、ほんとについてない…」

あたしが謎な理由で落ち込んでるもんで、困惑したのか、部長たちはちょっと静かになった。
しばらくしてから、J1さんが言った。
「……。どうなんでしょう。新人のこの、覇気のなさ」
「何ていうかさあ…全然、火っぽくないですよね?」
と、J2さんも言った。
だってあたし、火じゃないし。

「確かにねえ。…」
部長はしばらく考え込んでから、何の脈絡もなく斜め上の提案をしてきた。
「じゃ、眉毛なんか描いてみる?」
「?」
なぜ眉毛。しかし、
「眉!いいですねえ」
JJさんたちはノリノリである。

「髪ももっと、炎っぽくして。…手元がちょっと寂しいわねえ」
「ひとつ、花でも持たせてみますか?」
「真っ赤な花とか。持たせてみますか?」


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