第6章−9


ゴブリンさん、ストームワームさん、ジャイアントクラブさん、アンナちゃんにダンディー。
数えてみれば、既に5体のレジェンズが登場してシュウたちと戦ったことになる。自分が何かの役に立ったという実感もないままに、世界の時間は確実に流れて行ってる。

夕日に照らされ、DWCビルの廊下には長い影が伸びる。
あたしは床に落ちる自分の影を見つめ、踏みながら、のろのろと歩いた。

戦争のために、シュウゾウ・マツタニからタリスポッドを取り上げる理由はない。
あのままにしておけば問題ない。
ダンディーはそう言った。それはいかにもレジェンズウォーの参加者らしい、ひやりとするような意見だった。
サーガはウインドラゴンをリボーンし、ウインドラゴンはいずれ戦いの引き金を引く。
あのままにしておけば。

こないだシュウがイーストリバーで流されたとき、びっくりするような速さで飛び込んでたよ。
どんなに重い運命が伴う設定だとしても、あれは絆で、絆が悪いものだなんて思いたくはないけれど。


オフィスに戻ると、にこにこしながら部長が声をかけてきた。
「あら 。お茶でもどーう?」
部長がやけにフレンドリーだった。ダンディーが失敗して退社したというのに、どうして機嫌がいいんだろう。
手招きされて応接ソファーに座る。
「ありがとうございます。いただきます」
注いでもらったお茶を飲んでいたら、今度はJ1さんが優しげな声であたしに聞いた。
「お菓子があるぞー。食べるか、新人?」
「?はい、ありがとうございます」
お菓子を受け取る。J2さんがいつの間にやらあたしの背後に回り、おもむろに肩を揉みはじめた。

「……?」
あたしは首をかしげた。
「何でこんな、腫れ物に触るような扱いなんですか?」

3人は気の毒そうに顔を見合わせた。
「いやぁ…あのワニがいなくなって、は寂しいんじゃないかしら、と…」
「えらくなついてたもんな」
「それもワニがなついてたんじゃなくて、新人の方が、ワニに」

「ちょ…大げさな言い方はやめてくださいよ」
それはちょっと本当のことではあったので、あたしは恥ずかしくなった。
「別にそんな、なついてたとかじゃないし…しかも、慰める方法がお茶とお菓子で甘やかすって。人をどんだけ単純だと思ってるんですか!?」
とげとげしく抗議してみたが、部長はにこにこしている。JJさんたちも、にこにこしている。

妙にいい笑顔が癪に障って、変な気遣いは要らないって言おうとしたんだけど、3人がかりでわざとらしく優しくされているうちにそれはそれで、じわじわ悪くない気分になってきて、不覚にも何だか機嫌が直ってしまった。

――ダンディーの言ったように、ダンディーが去れば、次のレジェンズがまたリボーンされるだけだ。
ダンディーとは違うその人と、ダンディーとは違う風にあたしはまた仲良くやれるかもしれないし、そうじゃなくても、いつだってここには部長とJJさんがいる。

ダンディーはああいう人だから、誰と別れても何ほどのこともなく、自分だけの力で、うまくやってくことだろう。あたしたちは結局シロンさんに勝つことはできなかったけれど、いつか、全然違う形で一山当てたりするかもしれない。ダンディーなら。
あたしも、自分のことは自分で何とかやっていかなくてはいけない。
穏やかな気分でそんなことを考えた。あたしはやっぱり単純なのかもしれなかった。


「そうだ、。前から言おうと思ってたんだけど、『それ』、いい加減持って帰りなさいよー?」
「『それ』?」
部長の視線の先に目をやると、オフィスの隅に、金ダライがあった。
この場にそぐわない大きさでどーんと鎮座し、夕日に照らされて鈍い輝きを放っている。
あたしが最初にここに来た日に、光のレジェンズたちが落としていったタライだ。

「すいません、忘れてました…」
あたしはとりあえず謝った。
あたしの私物じゃないけど、あたしがここに持ち込んだものには違いない。持って帰れ、と言われたら、全くその通りだった。

光のレジェンズたちがあたしの頭に落とした、スピリチャルで高次元なところから来た不思議なタライ。
持ち上げようとして、目を剥いた。知らない間にゴミ箱代わりにされてたみたいで、中には丸めた紙くずとかジュースの缶とかがいっぱい入っている。
「ちょ、ちょっと…!ひどくないですか!?ほっといたのはあたしが悪いけど、こんなところにゴミを捨てなくたっていいじゃないですか…!!」
「あらあら、そうねー。ごめんなさいね」
文句を言うと、部長たちが慌てたように横にやってきた。
ゴミ袋を持ってきて、分別しながら皆で片付ける。その途中で、ふとゴミにまぎれてタライの中におかしなものが入っていることに気が付いた。
手が止まる。
「どーした、新人」
「いえ、…」

一抱えほどの大きさの、金色の板。
カーブがかった表面には優美な模様が彫り込まれている。それは何かの装飾の一部が剥がれ落ちたもののように見えた。
いや。何なのかは知ってる。忘れようもない、だけど、どうして。


「この板…、タライと一緒に落ちてきたんですか?」

尋ねる自分の声がこわばっているのが分かった。
部長がちょっとあたしの方を振り向いて、軽い口調で教えてくれる。
「そうよー。落ちてきたから、そこに入れといたの。っていうかそれ、あなたが用意した仕込みでしょ?」
「…………」
そう。部長たちからは、そう思える状況だったんだ。
あの日はタライの直撃で気絶してたから、一緒に落ちてきたものがあったなんて気が付かなかった。
自分の困惑の理由を説明できず、あたしは無言で金属板を拾い上げる。

なぜこれが今、ここにあるのか。しばらく考えてみたけれど、答えは出そうにない。
あたしが最初の夢の中で拾い、シュウの手のひらの中でねずっちょに変わった――


ウインドラゴンの、あの胸飾りだった。





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