第12章−6


「ふぉぉぉぉう!?なまあったけぇーっ!?」
家の中では一足先に潜入したJJさんたちが、変わった色のタリスポッドを前に悶絶してた。

ああ。
なるほどね。
サスケさんは、開発中の微妙なタリスポッドを自宅に持って帰っていたらしい。
シュウに見せたりしたんだろうな。
シュウが最初にタリスポッドを手に入れたのも、そんな流れだったりするのかも。

「…多分、この辺りにあるタリスポッド全部、探してるやつと違うと思いますよ」
あたしは二人に近寄って行って、こそっと声をかけた。
「大きな音が出るのもあるんで、触らない方がいいです。白いやつ探さないと」
「何ぃ?高度な罠か…」
J1さんが腕をさすっている。
「うーん。作った人は、何も考えてないと思うな…」

サスケさんのせいで紛らわしい状況になってるけど、レジェンズ班の目的は、あくまでウインドラゴンをリボーンできる、シュウの持ってるタリスポッドだ。
「じゃーここは置いといて、小僧の部屋から探すかねー」
「子供部屋なら、二階でしょうかねー」
話しながら玄関から奥に進む。
3人して階段を上ろうとしたとき、J2さんが立ち止まった。
「あっ!白いやつ!」

声につられて、全員がそちらの方向を見る。

奥の部屋のキャビネットの上に、金網でできたハムスターの飼育ゲージが置いてあった。
回し車に、ふわふわした屑を敷き詰めた寝床。
カゴの中には何やらカリカリ動いている、白くて丸っちい生き物がいる…
「えっ?シロンさん!?」

あたしたちは一斉に駆け寄った。
「だよ!こいつ、今はちっちゃくてポチャッとしてるけど…」
「でっかくなるとすっごいヤツだ!」
ケージを覗き込んで騒ぐと、ねずっちょはちょっと首をかしげて、真ん丸い黒い目であたしたちを見つめ返す。
こうしてケージの中に納まってると、ウインドラゴンてよりシュウの家のペットみたい。
「普段からこんな風に飼われてるんでしょうか」
「和むねえ。ハムスターみたい」

「…こいつでいいんじゃねーの?」
J1さんがさっさとカゴの中に手を突っ込んで、ねずっちょを引きずり出した。
「えーっ!?大丈夫なんですか!?でっかくなるとおっかないですよ!?大丈夫なんですか!?」
せっかく潜入までしたのにそんな雑な作戦。
大丈夫かどうかは全然考えてなかったに違いない。J1さんはねずっちょを掴み出した体勢のまま、動きを止めた。
しばらく考える。
それから言った。
「えーと。…人質を取るってパターンは、今まであまり試したことがないと思うんだよね?」
「む…言われてみれば、そうかも…」
「新しいねえ」
カードと交換、色仕掛け。交渉人を立てたり変装したりと色々やってきたけれど、「人質を盾に取引をもちかける」という作戦はまだでした。
「だろ?だから、こいつでいいんじゃねーの?」
J1さんが得意げに腕を振る。大きな動きに振り回されて、ねずっちょがびっくりしたように鳴いた。
「キュ、キュキュー!?」

あれ?

シロンさんの鳴き声、何だかいつもと違う気がする。
あたしは目を見開いてしげしげとねずっちょを眺めた…が、自分が何を確かめたいのか良く分からないせいもあって、異常は特に発見できなかった。
いつもと違うような気がするんだけど。
違わないような気もする。…


「さ〜さ〜みんな〜。どーぞどーぞー」
タイミング悪く玄関のドアが開いて、サスケさんが子供たちを連れて家の中に入ってきてしまった。
「!!」
まずいことになった。J1さんとJ2さんはねずっちょを握り締めたまま素早く物陰に隠れる。
あたしは、とりあえず玄関から見えない奥の部屋に引っ込んだ。

「開発中のタリスポッド見せてくれるんだって…!!」
「すっげー。楽しみだなあ…!」
「ぜひ感想を聞かせて欲しいな。色々あるんだよ〜、まずはお祝い用のクラッカー兼ねてるやつとー…」

一行とすれ違いざまに、JJさんたちが目配せしながらうまい具合に出て行った。

あたしの方は、ちょっと困った。
サスケさんたちは、あたしのいる場所から玄関までのルートをもろにふさいでいる。
しばらく待ったが、奥まで行かずにさっきのタリスポッドが持ち出され、その場で子供たち相手の披露会が始まってしまった。
仕方がないのでさりげなく子供たちの中に混ざることにする。
皆がサスケさんを取り囲み、タリスポッドに視線を向けているところに、後ろから近寄り。
一緒になってタリスポッドを見ているふりをする。

「おじさんさあー。生温かいのはダメだよね」
「タリスポッドは、戦うものだからさあ〜」
「ええ〜。そうかあ〜」

微妙なタリスポッドに、容赦なくダメ出しする子供たち。
しょんぼりするサスケさん。
あたしは周りに合わせて適当に声を出しながら、この場を離れるタイミングをうかがう。

ふと、向こうの階段で、何か動くものが見えた。
ぽて、ぽて、ぽてっ。
小さな体をはずませて、一段一段飛び跳ねるように階段を降りてくる。
白いネズミだ。
「えっ!?」
あたしが目を見張ったのとほとんど同時に、ネズミの方もあたしに気付いて足を止め、一気に険しい顔になった。
「フンガガ、ガ、ガ…ガッ!?」

シロンさんがいる。
二階から降りて来たよね、今。
たった今JJさんたちが部長のところに持って行ったはずなのに、何で?

「わー!!」
あたしが次に反応するより早く、サスケさんが悲鳴を上げた。
まるで逃げ出したペットを慌てて捕まえるみたいに、さっとシロンさんに駆け寄って首の後ろを捕まえる。ゲージの中に突っ込み、勢いよくフタを下ろす。
がしゃん。
「ガッ!?」
シロンさんが目を丸くしている。
サスケさんはゲージの中のシロンさんを覗き込み、ほっとしたように笑った。
「ふー。危ない危ない。危うく預かったハムスターを逃がしちゃうところだったよ〜」
シロンさんをそんな扱いする人、初めて見ました。さすがはシュウのお父さん。

子供たちの中にまぎれておくのも忘れて、あたしはサスケさんに聞いた。
「…預かったんですか?その、ハムスターを?」
「うん。同僚のジャックが、オクラホマに出張中なのさ〜」
「…………」
あたしはまじまじとカゴの中の白ネズミを眺めた。
囚人のようにケージの金網を両手でつかみ、あたしに向かって歯をむいている。この状況は別にあたしのせいじゃないと思うんだけど。
「ガガー!!ガガガー!!」
サスケさんは、シロンさんのことをシュウから聞いてないのかな。
この、あたしに向けるとげとげしい態度。初対面のハムスターのものではない。間違いなくシロンさん。

ん?
今、このゲージの中にいるのは、ハムスターじゃなくてシロンさん。ということは。
JJさんたちが生け捕りにして、部長に持って行ったあのシロンさんは?
そこまで考えたところで、はっと思い当たる。
「シロンさんが…二人…ッ!?」
「ガガー!?」
カゴを揺らして突っ込みが入った。
「じゃないや!間違えたんだ、これ!大変!」
あたしは慌ててゲージの取っ手を掴んだ。
「ちょっとこれ借ります!あの、お散歩に!」
「フガーーー!?」

シロンさんの入った飼育ゲージを抱え、あたしは庭へと走り出た。




スシパーティーの会場は、さっきまでの活況とは打って変わって、何だかぎくしゃくした空気だった。
子供たちは当惑したような表情で数人ずつ固まり、庭の中央を眺めやっている。
「どうしたんだよー…」
「変な人…?」
「うん…変な人だ…」
ひそひそと交わされる会話。
視線の先にはぶわぶわドレスの部長がいる。JJさんたちも。

部長がいかにも悪い笑いを浮かべながら、高々右手を突き上げた。手に握られた白いハムスターが、もぞもぞ動いてちょっと鳴く。
「キュ…キュッ!?」
「さあ!あなたの大事なこのねずっちょちゃんをひねりつぶされたくなかったら、タリスポッドをお渡し!」
「うわー、もう始めちゃってるー!」
あたしは慌てて部長たちに駆け寄った。

「ああっ!いつもの人たちなんだな!?」
「あなたたち、こんなところまで…!!」
マックさんが驚いた声を出し、状況を理解したメグちゃんの目がみるみる三角に吊り上がって、すうっと息を吸い込む。これはびしびし指差されながら厳しく叱られるパターン、三秒前ってとこです。…そんなメグちゃんの横で、同じく事態を了解できたのか、シュウが目を見開くのが見えた。
喘ぐように口を開ける。

「ぎゃっ!?」
どおっと音を立ててすごい勢いの風が吹き、庭を通り過ぎていった。

その場の誰もが声を上げ、動きを止めるほどの風だった。
しょうゆの小瓶が倒れ、部長のスカートはめくれ上がり、あたしはその場にすっ転びそうになりながらゲージを抱え直す。
「……。何、今の?」
もしかしてこの人の仕業だろうかと、ゲージの中のシロンさんに視線を落とす。
シロンさんはシュウのいる方向に顔を向けている。
ふるふる震えながら全身の毛を逆立てていて、全くあたしを見ようとしない。


たっ。
シュウはぞうりみたいなサンダルを踏みしめ、一歩前に出た。
部長と向かい合いながら、皆をかばうように腕を伸ばす。
低い声が言った。
「…メグ。母さんを家の中に」


「えっ…?」
シュウ以外の全員、風に吹かれてぼっさぼさになった頭で、まだ動けないでいる。
メグはきょとんとした顔になってシュウを見て、あたしたちを見て、最後にマックと顔を見合わせた。
マックさんが眉をひそめる。

辺りが静まり返る中、さっきの風で巻き上げられた砂や木の葉が今頃地面に落ちて、ばらばらと雨のような音を立てた。
漂う空気が張り詰める。その中心にシュウがいる。
まるで、襲ってくる敵から無関係な人を守ろうとするヒーローみたい。

あたしはそうっと部長たちの後ろに合流した。
シュウは悲壮感さえ漂う表情で立ちはだかり、こっちを睨みつけている。その後ろで、パーティーに呼ばれた子供たちに混じり、穏やかそうな女の人が立っているのが見えた。何が起こっているのかよく分かっていないのだろう、おっとりとした微笑を浮かべて頬に手を当てている。
あれが、シュウのお母さん。…

というか、何が起こっているのか誰も分かっていないと思う。
メグがぽかんとしていると、シュウが強い口調になった。
「早くっ!家の中に!!」
切羽詰った真剣な声。
「うっ、うん…ええと、行きましょ、お母さま!」
メグはシュウのお母さんの背中を押すようにして家の中へと向かった。

あたしたちはというと、ぼーっとしたままシュウのお母さんが連れて行かれるのを見送った。
完全に雰囲気に飲まれている。
J1さんが小さな声で言った。
「えっ…。何?何なの?」
「さあ…」
このような応対をされたのは初めてです。
シュウがあたしたちを睨みつけた。
「お前たち!何で家に来るんだよ!!父さん母さん、びっくりするじゃないか!!」

ただならぬ緊張感の理由が判明し、あたしたちはいっそう困惑した。
「……。び…」
「びっくり??」
「坊主の母さん、心臓悪いの?」
「びっくりするも何も、そもそもサスケさんがダークウィズカンパニーの」

遮って、シュウが叫ぶ。
「ここに来るな!!」
理屈じゃない。
説得できない。
「来るなあああああーーー!!」

「ガ、…!」
カゴの中のシロンさんが、変な鳴き声を上げた。
目には見えない空気の流れ。
シュウが拳を握って身構えるのに合わせて、風は集まり、固まり、たわめられながら渦になる。
そう。それはまるで、いつも食らってるアレのような…

一気にはじけて、こっちに向かってくる。
ドゴッ!!
風の塊が部長とJJさんとあたしの足元に綺麗に直撃し、
「わーーー」
「ぎゃーー」
「マジでーー!?」
あたしたちはなすすべもなく宙を舞った。

ショックに感じるのは、多分。
自分の中に勝手な慣れと油断があったせいだ。
何度もやってる、いつもの襲撃だから。
だから、シュウはそこまで怒らないだろうから。
どこかで、だらだら馴れ合ってるような気がしてた。

申し訳ないのともやもやするのと両方だ。
そりゃあ、お寿司をタダ食いしたのは悪かったけど。シュウがあんな風に怒ったこと、今まで一度も…
――そこであたしは思い出す。
今まで一度もなかったわけじゃない。
知ってたはずだ。前に、ダンディーと一緒にこの家に来たとき。

何でウチに来んの!?
思えばあのときもそんな感じだった。

俺、父さんや母さんにおめーらのこと絶対見られたくないんだよね!
すっげー嫌なんだよー!
絶対ダメなの、わかるー?


あのときは「父さんや母さん」がいなかったから。シュウが「絶対」起こって欲しくないことが起こらなかったから、あの反応で済んだのだ。ギリギリ。
まるで境界を越えた侵入者のように。

頭も視界もぐるぐるする。空中できり揉みされつつ、あたしは嘆いた。
「エロ本…?あたしたち、そんなにエロ本かなぁあー…!?」
「どうした、新人…どこかに頭をぶつけたか」
「あっ。ねずっちょ落とした」
「キュー!?」
部長の手から、ぽろりと白いネズミが転げ出た。
「ンガ!!ンガガガガ!!」
さらに風に流され、シロンさんがあたしの目の前でカゴごと浮き上がる。指を引っ掛け、必死に手繰り寄せたが、シロンさんは重力に負けて浮き上がったフタの下に頭から突っ込んで、泳ぐように這い出て行く。

そこで落下が始まった。
「あいたー!!」
巨大な手に掴み上げられ、下ろされたかのように、あたしたちは住宅街の裏手に着地した。


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