第12章−5


とにかくまあ色々企んでるっぽい悪の組織・ダークウィズカンパニーですが、名目上はあくまで世界に冠たる巨大コングロマリットの一部門に過ぎない。
発電所から携帯扇風機まで、と言われる規模の企業グループにおいて、「おもちゃの会社」が中枢近くで資本と議決権を握る構造は外から見れば甚だ不可解であり、色んな噂を生んだりもする――それでも、ダークウィズカンパニーは世間的にはあくまでただのおもちゃ会社だし、週末二日は休日だ。
そんな、ある休日の昼下がり。


!暇なら今からこっちにいらっしゃい、スシよ!スシパーティーよ!!」


「――…って。部長が言うから、来たんですけど」
つくづく周りを見渡してから、あたしは小さな声で言った。

ブルックリン南地区、比較的治安の良い閑静な住宅街の一画。
手入れの行き届いた芝生の庭には折りたたみのテーブルや椅子がいくつも広げられ、即席のパーティー会場になっている。
それぞれのテーブルの上にはご飯の入った大きな寿司桶と海苔のお皿。周りに置かれた和風のお重の中には、細長く切った卵焼きに、きゅうりに、色とりどりの魚介類。各自が取り分けやすいよう、綺麗に盛りつけられている。

ごちそうを囲んでいる小学生たちが、声をそろえて歌っている。
「ABCD、ぼくたちは♪マツタニ・シュウゾウのクラスメイトとチームメイト♪」
「ABCD、スシ・パーティー♪」
「マツタニいいやつ、大好きさ♪」
「今日だけね!」
そんなことはないです。シュウは大体いい子だよ。それにしても状況が分かりやすい歌だ。
「僕たち、ごちそうになりに来ましたー!」

「あたしたちは、お手伝いでーす!」
「今日はおいらが腕によりをかけたシャリを堪能してくんな、なんだな!」
メグちゃんとマックさんがせっせとテーブルにお皿を並べている。
「ようこそみんな、いらっしゃーい!!」
アットホームな会場の中央で、シュウが陽気に体をくねくねさせていた。

うん。
シュウんちじゃん、ここ。

「よくそれで、何の疑いもなくここまで来たよね…」
「呑気だなあ、この子は…」
両脇のJJさんたちがひそひそ囁き返してくる。
「だって、今日は会社は休みでしょ!?あたしははてっきり、普通にみんなでご飯食べに行くのかと…」
「聞いた?J2。これが現場から外れた者の余裕だよ…余裕だよなー…」
「俺らのこれ、休日出勤なの…」
「うわ、マジで…」

休日なのであたしは私服だ。しましまパーカーにクロップドパンツ、ぺたんこのスニーカー。全く気合を入れずにやって来たため、狙ったわけでもないのに、小学生に混じっても違和感のないカジュアルさです。
そしてJJさんたちの格好も、会社にいるときと違う。いつもの黒スーツの代わりに半袖半ズボン。J2さんは淡い色のチョッキ、ベストというよりチョッキを着てて、J1さんはサスペンダー装備だ。
あたしの視線に気付いたJ2さんが、ちょっと内股になって、居心地悪そうに膝小僧をこすり合わせた。
「…言っとくけど。私服じゃないから。これ、潜入用の服だから」
「あっ、そうなんですか…よかった…」
ちょっと心配してしまった。
つまりはスシパーティーの来客に紛れることで、シュウたちの不意を突こうという作戦らしい。
「見ろ。あの小僧、全くの無防備だ」
「タリスポッドは、家の中かな」
「部長。この際、中に忍び込んでタリスポッドを探し出しましょう。…部長?」

やけに静かだと思ったら、BB部長は一人、食い入るような目つきでテーブルに並んだネタやらシャリやらに眺め入っているのだった。
部長も潜入用なのか、何だかぶわぶわした水色のドレスを着ている。頭に大きな黄色いリボン。
「今はベティーよ!…それより、ねえ。これ、どうやって食べるの?」
と、部長は言った。
「違うんだけど、違うんだけど。このスシ、図鑑で調べたのと違うわ…!こんなじゃなかった…!」

ああ…アメリカだからね、ここ。
お寿司は、ここでは珍しい食べ物なんですね、多分。
現場を外れたあたしが言うのもなんだけど、この作戦は既にもう雲行きが怪しいことになってると思います。
「こいつは手巻き寿司さね、お客さん!」
ねじり鉢巻を締めたマックさんが、さっとこっちのテーブルにやってきて解説してくれた。
「手巻き寿司??」
「寿司にも色々あるんだな。ちらし寿司とか、握り寿司。その図鑑に出ていたのは、代表的な握り寿司なんだな!」
詳しいなあ、マックさん。そこはかとなく口調も江戸っ子だ。

「自分で好きなネタを乗せて楽しめる手巻き寿司は、皆で集まるホームパーティーでは定番とも言えるお寿司なんだな」
解説しながら、巻き方をやって見せてくれる。
「海苔は表面を下にして手のひらに当てるんだな。海苔の表面、分かるかな。寿司飯はおいらが心を込めて炊いたものなんだな。中の具を多めに乗せすぎないのが上手に巻けるコツなんだな、ピンポン球くらいの大きさがいいんだな」
「ほう…」
「ええと…こう?」
よどみない解説に乗せられて、言われるままに皆で海苔を手に取り、お寿司を巻きます。
「シャリとネタを斜めになるように置いて、海苔の端を持ってくるっと回せば、出来上がりなんだな。さあ!小皿のしょうゆをちょっとつけて、思うさまかぶりついてくんなぁ!」
ぱくり。
真っ先にかぶりついたのは、さっきからスシに興味津々の部長だ。誰より早くくるくる巻き終わるなり、豪快に上から行った。
高らかに、すごくいい笑顔で、部長は叫んだ。
「んんんん…んま〜〜い!!めちゃうまよぉー!!」

良かったですね、部長。
見てたら何だか、色んな意味でしみじみしてきた。あたしがレジェンズ班を離れてしばらく経つけど、部長って、相変わらず部長だなあ。
「ていうか、俺ら。スシなんか食ってる場合じゃないんだけど」
寿司を巻く手を途中で止めて、J1さんが呟いた。
「タリスポッドを奪わないと、俺たちボーナスさっくりカットされて」
「お先真っ暗なんだけど」
「うわぁ…」
溜息混じりに相槌を打ちつつ、それはそれとして、あたしはお寿司を口に運んだ。
「おいしーい!海苔、ぱりぱりだー!!」

「…新人さあ。俺らの話、聞いてた?」
もぐもぐ噛んで。
深く頷く。
「聞いてましたよ。大変ですね…」
でも、せっかく作ったので、お寿司は食べます。
それにあたしはJJさんたちの班からさらに窓際に飛ばされたわけだし、入社一年目の今年は最初からボーナスがもらえないと決まっているので、あんまり関係ないのです。
「部長!作戦はどうするんです、部長!」
「ベティー!」
鋭く釘をさした部長は、既にもっしゃもっしゃと二個目の寿司を頬張っている。
「私はしばらくここでパーティーに馴染む振りをして敵の様子を伺うことにするわ。あなたたち、その間にタリスシポッドを探し出しておきなさい」

すごい指示来た。
JJさんたちがドン引きして呟いた。
「うわ、きったねえ…」
「しかもタリスシポッドじゃないですよタリスポッドですよ」
「頭ん中スシでいっぱいですね」
「じゃかあしい!!」
どう見ても寿司に目がくらんでいる。しかも、ほとんど開き直っている。

開き直った部長には何を言っても無駄なわけで、JJさんたちはぶつぶつ言いながらテーブルから離れた。
「こうなったら、俺たちが部長の分までしっかりしないと…!」
「ボーナス出たら、スシなんて食い放題なんじゃあ…!」
J2さんがあたしの服を引っ張った。
「…新人も。行くよ、ほら」
ていうか、あたしはあたしで、食べてる途中なんだけど。
口の中の物を飲み込んでから、あたしは慌てて返事した。
「あ、はい。手伝います…!手伝いますけどちょっと待って。これ、食べてから…」

「うわっ、ひど…!」
「部長も大概ひどいけど…!新人のスシへの執着も!地味にひどい…!」
「えーっ。ちょっと待ってって言っただけじゃん…!」

だって、お寿司食べるの、久しぶりなんだもん。

元の世界にいたとき以来だ。つまり、故郷の味がします。
この物語の世界の日本は、あたしがいた場所とはたぶん違うけど。
突然始まった夢に流されるまま、ここに来た――夢なのだからいつかは覚めるのだろうと、最初のうちは思ってた。
今は。よく分からない。
苦労の多い会社員生活と共にずるずると月日は流れ、異動があって部署が変わって、レジェンズ班の皆と会うことさえ久しぶりみたいに感じてる。
思えば遠くに来たものだ。
「しかも…!これもある意味、回らない寿司…!!」

「回らないスシ?…回してる、スシ?」
くるくる海苔を巻きながら、部長が聞いた。
あたしの答えを待つより早く、出来上がった手巻き寿司を口に運んで頬張り始める。
呼ばれてないパーティーにお邪魔しているというのに、部長の動きマジ淀みない。
「本場のお寿司だとねー、回るお寿司と、回らないお寿司があるんですよ」
「へえ、回る…!スシが、回るの!?」
どんな想像をしているのか、寿司がおいしいだけなのか、部長はもぐもぐしながらうっとりした顔になった。
「うーん。回ってるのは、お皿かなあ…部長、顔にご飯粒付いてます」
「ベティー!」
「ベティー」

マックさんがまたこちらのテーブルにやってきた。
「微妙なネタに詳しいね〜、お客さん!パーティー、楽しんでくれてるかな、なんだな!」
にこにこしながら、あたしからちょっと遠かった具材のお皿を代わりに取ってくれる。
「ありがと!マックさんこそお寿司に詳しいんですね。名前はマックなのに」
「あはは。メグにもそれ、言われたんだな。おいしいものなら何でも詳しいんだな!」
そこでふと、マックさんの動きが止まった。
しみじみあたしを見直して、小首をかしげる。
「…よく見たら、君。見かけない子なんだな」
「ごほっ!!」
これは不意打ちストレート。
動揺してむせた。
お米の粒が…マックさんが心を込めて炊き上げたシャリの粒が、ちょっと鼻に入った。
「……。いや。むしろ、どこかで見かけたことがあるんだな?うーん…」

そりゃばれるよね。普通はばれる。服、違うだけだもん。
しかし、この場合どう否定するのが正解なのだろう。
ここはマツタニ家主催・スシパーティーの会場。
シュウの友達が呼ばれて来ているはずなのだから、シュウの親友に会ったことがない、と答えるのも不自然だ。

芋づるでばれないよう、カニ歩きして部長と離れてから、
「えーと。会ったことあるのは当たり前じゃないですか〜。あたし、シュウのクラスメイトだもん〜」
大胆に誤魔化してみた。
陰気な上司のプレッシャーと毎日戦ってるせいで、あたしも度胸が付きました。
ついでにそれっぽく腕を振って、なりきって歌っておきます。
「ABCD、ぼくたちは♪マツタニ・シュウゾウのクラスメイトとチームメイ、づっ」

早口で歌うところで、うっかり噛んでしまった。

「今、噛んだのかな」
聞き流してくれればいいものを、マックさんが目を見開いて指摘する。

ええ、噛みました。
確かに噛みましたけども。そんな風に言われたら、噛んじゃダメみたいじゃん。
あたしは腕でリズムを取りながら、もう一度歌った。
「ABCD、ぼくたちは♪マツタニ・シュウゾウのクラスメイトととチーむ、めっ」

前より早いところで失敗してしまった。
リズムに合わせて一気に言い終わらないといけないので、とても歌いにくい歌詞なのです。

「また、噛んだんだな」
マックさんが言った。
「噛んだわね」
いつの間にかメグちゃんまでやってきて、不思議そうにこっちを見ている。
「い、いーじゃん、噛むくらい…!」
二人の視線を受け止めきれず、弱気になったあたしはずるずると後ずさった。
こんなことで怪しまれるの?そんなのありなの?
二人に揃って見つめられると、もう正体がばれてそうな気がしてきて、嫌な汗出てくる。

そのとき、
「あれ〜!どこかで見かけたことあると思ったら、君〜」
メガネをかけたおじさんが、のんびりした口調で割って入ってきた。

「君は、こないだパーキンスさんの引率で見学に来て、電球を替えに来た…」
「あーーっ!?」
やたらゆるい喋り方と、メガネの奥のにこにこした目に、見覚えがあった。
DWCの地下階で会った、開発部門の技術者さんだ。
びっくりしながら、とりあえず挨拶する。
「こんにちは…その節は、どうも」
「うん。こないだぶりだね〜」
だけど、どうしてここにいるんだろう。今日のおじさんはピンクのポロシャツにチノパン、いかにも日曜日のお父さんといった雰囲気で…眺めているうちに突然事情が了解できて、あたしはぽかんと口を開いた。
「え…、シュウの…お父さん??」
「サスケです。ようこそ、マツタニ家のスシパーティーへ〜」
にこにこしながらおじさんが名乗った。

マックさんが微妙な顔になった。
「なるほど。シュウのお父さんのお友達だったんだな」
「え、ええーと、そうなの。まあ、そうなの!」

「いやあ。会社の同僚が息子のクラスメイトだったなんて、奇遇だなあ〜」
「で、ですよね〜…」
サスケさんが天然で助かった。
さすがはシュウのお父さんだ。その場の雰囲気で皆が納得してるからいいけど、よく聞くとすごいこと言ってる。


居たたまれない思いでうろうろ辺りを見回すと、JJさんたちがマツタニ家の玄関のドアを開け、中に忍び込もうとしているところだ。
ばれないうちにこの場を去ろう。そっちに合流することにして、あたしは二人の背中を追いかけた。


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