第12章−7


とりあえず地面に転がっているねずっちょを捕まえ、カゴに戻して扉を閉める。
「キュキュー!」

路地に折り重なったまま、あたしはJJさんたちと勢いのない言葉を交わした。
「な…何だったんです。今の」
「…もしかして怒られたの、俺ら」
「いやぁ、まさかあんなに嫌がるとは…」

部長の手がさっと動いた。
びたーん。
「ガガー!!」
もう一匹のねずっちょが…部長が持ってた方のやつだね、みごみご逃げ出そうとしていたのを、ハエたたきのような動作で引っつかんで再び手中に収める。
それから、よろよろ起き上がる。
「…いつものアレでしょ。ウィングトルネード。フン、いつもより大したことなかったじゃないの」
「…………だけど、部長」
シロンさんはリボーンされてなかったのに。
あたしはカゴを手元に引き寄せ、呆然とする。
「…シュウがやったの…?」

しゅるしゅるしゅる。
あたしたちが飛ばされたコースを辿って、風に乗り、シュウがその場に下りてきた。
そのまま一気にまくし立てる。
「ダメだかんな!もう家にきたらダメだかんな!来んな!絶対来んな!」
別人のような剣幕に、部長がとりあえず頷いた。
「わっ…分かったわよ…」

激昂したシュウは、自分の周囲に流れる風をほとんど意識さえしていないようだった。
歩いたり走ったりするのとまるで変わらない様子で風を操る。シロンさんがいなくても。
「風のサーガ…だから?」
呟いてみる。
これが、シュウが持ってるサーガの力なんだろうか。
カゴの中のシロンさんの返事はない。

部長が怪訝な顔で聞いた。
「ていうか。どーしたの、そのカゴと…ネズミは」
「あっ」
忘れてた。
あたしはがばっと飼育ゲージを持ち上げ、中にいるシロンさんを部長に見せた。
「それを言おうと思ってたところだったんですよ!さっきJJさんたちが連れて行ったの、シロンさんじゃなかったんです!」

「ええっ?」
部長が手に握った白ネズミを見やる。
会話が聞こえたのか、シュウも部長を指差しながら声を張り上げた。
「バッカだなあ!それ、父さんが会社の人から預かった白いハムスターだぜー!!」

「ガッ…、ガ!?ガガー!!」
部長の手の中で、白ハムが激しく身をよじって暴れた。
あたしの持ち上げたカゴの中では、シロンさんが改めて存在を主張するかのように鳴いた。
「キュキュキュ、キュー!?」

これは紛らわしい。

「そーゆーことだそうなので。そっちのハムスターはこのカゴに戻して、作戦に使うのはこっちの…」
一生懸命あたしが説明していると、
「いや…今部長が持ってる方が、ねずっちょでしょ??」
J2さんが割って入って異議を唱えた。

「いえ。あたしが話しているのは、そうやって持ってったのが勘違いだったって話で…」
「でも、ほれ。普通にこっち、ねずっちょに見えるし」
J2さんはゆずらない。
あたしも負けずに言い返す。
「いやいやいや!よく見てくださいよ!えーと、……」

意見が割れた。

部長が捕まえている、ねずっちょ。
あたしが後から持ってきた飼育ゲージの中にいる、ねずっちょ。
結論が出ない。二匹のねずっちょを囲んで、四人はずるずる協議モードに入った。

ねずっちょたちを交互に見比べながら、JJさんたちの視線が泳いでいる。
「ちょっと…皆さん。失礼ですよ。敵だとはいえ、何度も会ってる相手をネズミと見間違うなんて」
言いながら、あたしも視線が泳いだ。
「ガガガ、ガーガガー!!」
「キューキュキュキュー」

ウインドラゴンとそこらのペットのハムスターの区別が付かないなんて。ありえない、と、理屈では思うんですが。
並べてみると、危険なほど似ている。
正直、どっちがどっちか断言しろって言われると、ちょっと厳しい。
部長が持ってる方は、逃げ出さないようがっちり握りこまれて顔だけしか見えないため、余計に判別が難しい。
見ているうちに面倒くさくなったのか、J1さんが肩をすくめて提案した。
「…多数決とらない?」
「いいねぇ」
「えーっ?いいの、そんな決め方!?ダメでしょ!?」

確かに見た目は紛らわしいが、こんなときこそ論理的に、筋道立てて考えることが大切だ。
あたしの目撃した時系列を考えると
1.元々このカゴの中にはサスケさんの預かった白いハムスターが入っていたと考えるのが自然であり
2.それをJJさんたちが持って行っちゃったため、カゴが空になったから
3.たまたま居合わせたシロンさんが、ハムスターと間違えられてカゴに入れられた。

という流れなので、つまり、今ハムスターのカゴに入ってる方が、シロンさんなのです。
「あたしは間違えませんよ!」
部長の手の中でじたじたと暴れる白ハムを指差し、あたしは堂々と主張した。
「見てください、この知性のない目つき。絶対そっちがハムスターですよ!」
「ガガー、ガガガー!!」

どっちつかずの空気の中では、強気な主張に流されがち。
手に握った白ハムを自信なさそうに見つめる、部長の表情が揺れている。
部長はしばらく悩んだあと、
「ええい!!紛らわしいこと!するんじゃないわよ!!」
悩んだ八つ当たりみたいに、手にした方のねずっちょをシュウめがけて思い切り投げつけた。
「ガガガガー!!」

なかなかいいフォームの投球、飛距離もある。白いネズミが、綺麗な放物線を描いてすっとんで行く。
見送りながら、J2さんがぽつりと突っ込んだ。
「…あっちに返す必要はなかったんじゃないですか、部長」
「どっちか本物なんだしね。両方持っとけば、それで良かったよね」
「あ」

シュウがさっと右手を上げた。その手にはしっかり白いタリスポッドが握られている。
飛んで行った白ハムが、するりとタリスポッドの窪みに納まって、
「シロン、カムバック!リボーン!!」
いや…
シュウには悪いけど、そっちはサスケさんが同僚のジャックさんから預かった、ただのハムスターなんだけど…

しかし、なぜかそのハムスターが、しゅるっと音を立ててソウルドールに戻った。
「!?」
タリスポッドが眩しく光り、大きく風が吹き上がる。
この反応は本物だ。…なぜ。
薄青い光をまといながら宙に現われ出たのは、正真正銘ウインドラゴンのシロンさん。
たたんだ翼をゆっくり開きながら、あたしたちの前に着地する。

あたしは腰を抜かした。
「えーーーっ!何でー!?」
「へへーん!まんまと騙されたなっ!」
シュウがぶんぶん腕を振る。
「でも!!論理的に筋道立てて考えると!あたしが持ってる、こっちがシロンさんだった、はず…」
しどろもどろになりながら、抱えたカゴを覗き込む。
「キュキュキュ、キュー?」
ケージの中で、白いネズミが首をかしげる。

「なあ…。さっき、飛ばされたとき、カゴ開いてたよな」
J2さんがぼそりと言った。
「あのとき、中身はちゃんと見てたわけ?取り違えたりしたんじゃね?」
「あっ。…」

顔を上げてシロンさんを見る。
とても気まずいことに、シロンさんもあたしを見ていた。とても冷たい目で。
「…知性のない」
ゆっくりと呟く。表情が半笑いのまま固まっている。
「…目つき」



……間違えちゃった。



あたしはしずしずとカゴを地面に置いた。
「うん…よく見てみたら、こっちがハムスターだったかも…」
「ハァア!?」
部長がすっとんきょうな声をあげ、
「…オイ」
J1さんがぺしんとあたしの頭をはたく。
J2さんが肩をすくめた。
「だから俺が言ったじゃん〜」
「ごめんなさい…だ、だってー…」
「だってじゃなぁーーい!!」

ああ…久しぶりに会ったシロンさんが、引きつった笑いを浮かべながらあたしを睨みつけている…。
「ったく、こんな日にまで押しかけてきやがってよぉ。スシ食いそこねちまうじゃねーか。なあ?」
腕組みしながら顎を上げ、シロンさんはいつもより更にガラの悪い口調で言った。
後ろのシュウを振り返る。
「…………、……」
シュウが下を向いた。

部長が紫色のタリスポッドを取り出した。
「まーいいわ。こうなったら、こっちも本気を出すまでよ…!」
やけに思わせぶりな動作でソウルドールを取り出し、タリスポッドにはめ込む。
「そうでした!今日は、何たって」
「究極のレジェンズを用意してるんでしたねぇ」
JJさんが相槌を打つ。そうだったんですか。

「今までの借り、たっぷり返させてもらうわよ!リボーン!!」
部長の雄叫びと共に、タリスポッドからいつもより派手な光が吹き出した。
「チッ。行くぞ、風のサーガ!」
シロンさんが次の動作に移ろうと身構えたそのとき――シュウが出し抜けに大きな声を出した。
「――お前が戦うのは、お前の勝手だけどさあ!」

その場の全員、思わずしんとするくらい強い口調だった。
あたしは耳を疑った。
えーと。
今のはもしかして、あたしたちじゃなくシロンさんに言ったのでしょうか…。

多分、何を言われたかすぐには分からなかったんだと思う。シロンさんの動きが、そのまま止まる。

「戦うときに俺が必要だと思うのも、まあ、お前の勝手だけどさあ。だけどさあ。…」
言葉が何度も喉につかえる。小さな肩がぶるぶる震えている。
シュウは下を向いたままだ。
「こういうの、やなんだよ。前に言っただろ。もう、うちに来んなよ。…」
それは、堪え切れずに溢れたものを必死に吐き出す声だった。

シュウは辛いのだ。
シュウは耐えられないのだ。
泣きそうになっている。

「やなんだ…、…」
周囲が驚くほど強かった声が、次第に震えて、途中で消え入りそうになった。

シロンさんは口を開いて何か言いかけ、ひどく寂しそうな顔になって、結局何も言わずに口を閉じた。
大きな腕が力をなくしてだらりと垂れた。

その間中、あたしは立ちすくんでいた。
どうしてシュウがそこまで「ウチに来る」ことが嫌なのか、考えてみてもあたしには分からなくて、その感情がシロンさんにまで向けられる理由も分からなくて、追い詰められたシュウの姿を見ているのが、ただ痛かった。
「えっ…えっ?」
「もしかして、仲間割れですか…」
JJさんたちも気まずそうな表情になって、ひそひそと会話する。
部長のタリスポッドからしゅーしゅー吹き出す光だけが、空気も読まずにきらきら眩しかった。
「…ていうか、このレジェンズはいつリボーンされるんですかね」
「思わせぶりにもほどがありますね」
「おかしいわねぇ…また故障かしら…」

「シュウ…!」
居たたまれなくなって、あたしは声を張り上げた。
「今日はほんと、ごめんね…!よく分からないけど、あたしたち、ほんとに悪かったよ…もうしないから…だから…」
何て言っていいのか分からなくて、こっちまで泣きたくなってきて、ぎゅうっと拳を握る。
「だから!シロンさんまでエロ本扱いするのは止めてあげて――!!」
「誰がエロ本だ」

ばさっ。
直後、冷め切ったツッコミと共に、いつになく投げやりなウィングトルネードがあたしたちを盛大に吹き飛ばした。


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