第9章−9


そこで終わっていればよかったんだけど、残念なことに、この話にはもうちょっと続きがある。


翌日、ダークウィズカンパニーのオフィス。
皆で報告の書類を整理作成していたところ、書類の紙束の中にソウルドール紛失届が混じってた。
J1さんが怪訝な顔になった。
「ファイアジャイアント、てっきり後から回収するもんだと思ってましたけど…このまま紛失扱いですか」
部長が肩をすくめる。
「何でかしらね。『捨て置け』だそうよ」

元々生レジェンスの管理に対して異常にゆるい会社ではあったけど、ファイアジャイアントさんの場合、ファイアジャイアントさん本人が会社を辞めてどこかへ行きたがってた、とかでは全くなかったわけで。本人の意思さえ無視して自由に野に放つのはいかがなものか。

「うわっ、もったいねー…」
「使い捨てだ…使い捨ての、俺ら…」
「昨日見かけたら、泣いてましたよ…泣いてたけど、まあ、大丈夫なんじゃないですかね…」

使い捨て、という言葉に、あたしは何とはなしに考え込んだ。
ファイアジャイアントさんは何の目的のために「使い捨て」られたのだろう。

四大レジェンズが普通のレジェンズと違って、ソウルドールからじゃなく「四大元素の中から」「サーガのところに」リボーンされる設定だったとして。
風と違って火の場合、サーガの周りの空間が火で満たされてる、なんて状況、そうそう起こらないわけで。
そうそう起こらない。つまり、ほとんどありえない。例えば偶然サーガの周囲で無差別に火をつけまくって火事を起こす放火犯がいたり…もしくはそういう属性を持って生まれたレジェンズがいたり、しない限りは。

攻撃のたびに炎を生み出すファイアジャイアントさん。
そして、今回の任務のためにわざわざ用意された、偽の「火のサーガ」役。
ファイアジャイアントさんをリボーンさせることだけで言えば、本当は、いつものように部長がやっても問題なかったのに違いなかった。リボーン担当の人間が特に「火のサーガ」と呼ばれることで、レジェンズ班のあたしたちは、リボーンという召喚行為についていつもよりシャーマニックな認識でもって臨むことになったし、サーガという言葉を特別なものとして強く意識した。
覚醒しきっていない火のドラゴンが、「サーガ」という言葉に惹かれ、炎に呼ばれて具現化したあの状況は、そうなる条件が用意されていたからこそ起こった事件だったのかもしれない。
支給されたソウルドールも、本物であるはずがないって分かってて適当に火のサーガ役を振ったのも、あの状況を作り出すために必要だったことでしかなく。だから終われば用済みになり、「使い捨て」られる。
…今回の任務は、結局そういうことだったんだろうか。

最初は風で。
今回は火だった。
「もしや…我々レジェンズ班に与えられる任務の真の目的は、伝説の四大レジェンズを復活させることにあるのでは…!?」
と、あたしは言ってみた。
「何だそれ…かっこいいな…!?」
書類にハンコを突きながら、J1さんがものすごく適当な口調で感動してくれた。
「ずーっと風と戦ってんのに、それはなくね」
J2さんが冷静に突っ込みを入れる。
「やっつけろやっつけろ、言われてるじゃん」
「そういやそうかあ」
「ていうか風のときも火のときも、俺らが何かしたっつーわけじゃないもんね」
なんて、皆で仲良く無駄話をしつつ、和やかに事後処理を進めていた、そのとき。

さん」
肩を叩かれた。

顔を上げると、いつの間に入ってきたのか、あたしの背後に総務さんが立っていた。
クリーム色の上着に身を包み、青い書類ファイルを手にして、いつものように微笑んでいる。
「――臨時の人事異動です」



そう。エドさんがクビにされたというのに、あたしはなぜ、自分は無事でいられるみたいに思ってたんだろう。



お団子に結った頭をかわいらしく揺らしつつ、総務さんは長い廊下をさっさと進む。おっとりした雰囲気に似合わず、異様に歩くのが早い。
付いていこうと小走りになりながら、あたしはまだ良く事情が飲み込めないでいる。
「えっとあの、異動ってどういう…BB部長とJJさんは?」
「担当の方が突然辞めることになってしまい、人手の足りない部署がありまして。さんにはそちらを緊急にお手伝いいただくことになりました。レジェンズ班の方は、当面、BBJJのお三方だけで任務に当たっていただくことになります」
「緊急の手伝い、ですか…あたしでちゃんとお役に立てればいいんですけど…」
歩いていくにつれ、段々辺りの人気がなくなっていく。
生産ラインに乗る前の開発サンプルとか、会社の備品とかが保管してある一画だ。仕事の種類が違うから、あたしは今まであまり出入りしたことがない。

「――こちらです」
総務さんが足を止めた。
錆びの浮いたドアの上に、厚紙に手書きしたやっつけっぽいネームプレートがセロテープで貼ってある。埃で糊がなくなっていたのか、総務さんが取っ手に手をかけたと同時にぺらりとはがれて廊下に落ちた。
鉄のドアがきしみながら開く。
「こちらも社長の特命で作られた、大変重要な部署ですので。――」

「こ。こんにちはー」
一体どんな仕事なんだろ。総務さんに続いて、挨拶しながらドアをくぐる。
返事はない。部屋の中は無人だった。

電気の消えた薄暗い部屋は、そこら中にうずたかく積み上げられた段ボールのせいで、息苦しいほど狭かった。封の開いていない箱もあったが、ほとんどは上の蓋が開きっぱなしの空箱で、包装のビニール袋をはみ出させながらぐちゃぐちゃに積み重なっている。
床には靴で踏まれて汚れた伝票やレシートが散らばっている。
ダンボールの山の横、わずかに残った空間に、灰色の事務机がひとつ、置いてあった。
机の上には、受話器の外れたままの電話がひとつ。
全てが乱雑に、かつてこの部屋にいた人間の動揺を表しているかのように、そのまま放置されていた。
その光景はどこか、打ち捨てられた戦場を思わせた。

総合的に言って、良くないことが起こりそうな気配を感じる。嫌な予感。
そうしたところで見つけられるものは何もないだろうとは思いつつ、あたしはしばらくの間つくづくと辺りを見回した。
言葉にしてみた。
「……。えっと。何ていうか。誰もいないみたいなんですけど」
「はい」
総務さんは机のところに歩いていくと、丁寧に受話器を置き直した。
「先ほど申し上げましたように、前の担当の方が急にお辞めになったもので」
「えっ。でも。それだと。…」
あたしはもう一度辺りを見回した。
じわじわと、確定的に不安な気分がこみ上げてきた。

「…辞めちゃった人の他には誰もいないんですか、ここ?」
「はい」
総務さんは微笑んでいる。
積み上げられたダンボールの圧迫感がすごい。こうして総務さんと二人で立っているだけでもかなり狭い。
打ち捨てられた戦場。逃走した敗残兵。心に浮かぶのはろくでもないイメージばかりだ。

あたしは唾を飲み込み、恐る恐る確認した。
「…あの…じゃあ、あたしは今日からここで、一人で働けと…いうことなんでしょうか??」
「はい」
総務さんは微笑んでいる。
「…………、……」
あたし、こないだまで高校生だったし、社会経験は多くないけど、こういうの何て言うか知ってる。

「学校で習いました…あたしってほんと、色々学校で習ってる…」
汚れた床を呆然と見つめながら、あたしは呟いた。
「『右に出るものがいない』とセットで覚えましたよ。これは…!左に遷ると書いてまさに左遷…っ!!」

「いえ。そのようなことはございません。ただの、臨時の人事異動です。繰り返しになりますが、前任のハウエルさんが急に辞められましたもので。その補充要員が必要になったと、そういうことです」
「いやでも、今までと待遇違いすぎるし!オフィスっていうかここ、倉庫じゃん!ま…窓際だよね!?窓際って、こういう場所のことを言うんでしょ!?」
言えば言うほど自分で悲しくなってきて、後半ちょっと泣きそうになった。
あたしはぜーぜー言いながら半泣きになって総務さんを見つめる。
沈黙が落ちた。

「個人的な意見を言わせていただくなら」
あくまでも慎ましやかに、総務さんは頷いた。
「――正直、その通りかと」

「……。ですよね〜」
あたしはかくりと首を折り、力なく笑った。
自分で聞いたくせに何だけど、断言されるとショック。
「忘れてました…偽・火のサーガとしてなら、エドさんよりあたしの方がよっぽど役に立ってなかったです。それでエドさんクビになるなら、あたしだってこういうとこに来るのも当たり前っていうか…っていうか、そもそもここ、どこなの!?」

入ってくるときにネームプレートが落ちたことを思い出し、ドアを開けて廊下に出る。
あたしはとぼとぼと床に落ちた紙を拾い、新しい所属先の名前を確認した。


『ダークウィズカンパニー・携帯扇風機部』




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