第9章−5


「っしゃー!!しまっていこーーー!!」
のどかな昼下がり、イーストリバー沿いの住宅街にある野球グラウンド。

新たなる火のサーガ要員、ミスター・エドを迎えた我々レジェンズ班は、リキリキリッキーズ対ウイニングストレーカーズの試合にやって来ていた。
ていうか、シュウのところに来てみたら野球の真っ最中だった。

「5対0、8回裏ツーアウトフルベース…この大チャンスを逃すともう後がないわ」
と、メグちゃんが現在の状況を解説してくれる。

野球が大好きなんだろう、シュウは今まで見たことがないくらい張り切っている。
「監督ー!!今!俺に頼りたいって目でこっち見たでしょ!ここはやっぱりオレの出番でしょっ!?」
「あーもーうるさいー!!ピンチヒッター、シュウ・マツタニ!!」

あたしはメグちゃんの隣に立って、意気揚々とバッターボックスに向かうシュウを見送った。
「ははあ…やっぱりシュウって、いざと言うとき頼れる男、みたいな…」
「ううん!そういうことでは、全然ない」
感心していたら、あっさりメグが否定した。どういうことなの。

相手チームのピッチャーがマウンドに上がると、応援の女の子たちが一斉に歓声を上げる。
「きゃ〜」
「ディーノさまぁ〜」

こっちの応援はメグと、応援しつつハンバーガーを楽しんでいるマックさんと、あたしたちだけなんだけど、あっちは随分華やかだ。
きゃあきゃあ賑わう敵ベンチを横目で眺めて、メグが愚痴った。
「ね、信じられる?あの子たちったら。同じ101小なのに、敵チームの応援してるわ…」
「そ、そうなんだ。…」
「そうなのよ。まあ、シュウが目当てで応援に来るなんてこと、最初からありえなかったんだけど。結局みんな、あの人目当てだったってわけ」
あたしはちょっと黙ってから聞いた。
「あの人って…あの、相手チームのピッチャーの子?」
「うん。かっこよくってもー、有名なのよ。野球でだって、エースで4番。すごいわ〜」
言いながらメグちゃんも、最後の方はちょっとうっとりした声になっている。

「ていうかね、メグちゃん…あたしたち、シュウに用事があって来たんだけど」
「どーせまたタリスポッドが〜って言って、シロンと戦う気なんでしょー。試合の間くらい大人しくしてなさいよ」

部長もJJさんもすっかり見学モードだ。
「いいっすねー、少年野球」
「白球を追いかける青春!ね」
「あ、J1。今度ボーリング行かない?」
フェンス際に並んで、腕組みしながら談笑している。

「わかりました。こーゆー仕事なんですね。それではわたくし、精一杯応援させていただきます!」
すごい格好で所在なげにしていたエドさんも、気を取り直して彼岸花を振り始めた。
「フレー!フレー!ファイヤーーー!!」
うん。ほんとはこういう仕事じゃないけど、応援向きの衣装なのは確かだ。

まあ皆がいいならいいや。と、グラウンドに目を戻そうとしたとき、マックさんの頭にのっかっているねずっちょが、不機嫌そうな半笑いを浮かべてあたしを見ていることに気が付いた。
思わずそのまま固まる。
ねずっちょシロンさんは、こっちに向かって思い切りイーッてしてみせた後、口だけを動かして言った。
て・め・え。
なに・しに・きた。

何だかんだで、すっかりシロンさんに顔を覚えてもらったようです。良くない意味で。
とりあえず
「………、…えへっ?」
愛想笑いをしてみた。
あたしも身振り手振りしつつ、口だけをぱくぱくさせてシロンさんに伝えてみる。

あたしたちの間には。不幸な誤解が多いと、思うんですよ。
実は、シロンさんに渡したいものがあるのは、本当のことで。
とても大事な、話なんですけども。

「…………。……」
あたしの身振り手振りを眺めながら、シロンさんは、ものすごく嫌そうな顔になった。
うん。通じてないみたいだ。

さっさと諦め、視線を逸らす。
「シュ、シュウ〜。頑張れ〜。かっとばせ〜〜〜っていたっ!!!」
「ガガーーーッ!!」
シロンさんがマックさんの頭から勢いよく飛び降りてきて、あたしの横っ面に体当たりキックを食らわした。

「ストラーイク!」

「ガガッ!ガッ!」
「ちょ、いたっ、ひど…マックさん!助けて!シロンさんがー…!」

「シロンとは、何かあったのかな、なんだな?」
マックさんが眉をひそめる。
「何だか、喧嘩してるみたいなんだな」
「ど、どうなんでしょう…。あたしとしては、全然心当たりがな…あっ!ちょっ!痛い痛い痛い!」

「ストラーイク、ツー!」

見かねたJ1さんが間に入って、マックさんに苦情を述べる。
「その白いのに、うちの新人をいじめないよう言ってもらえませんかね…」
「うーん…。シロンもちょっと、大人げないんだなー?」
「ガガッ!!ガガガガガー!!」

「ストラーイク!!バッター、アウトー」

揉めてる間にシュウが三振してた。



結局、相手チームに追いつけないまま試合は終わった。
エースで4番な選手がいると、その子一人の力で試合が決まっちゃうという、少年野球にはよくあるパターンです。

勝利の立役者である相手チームのピッチャーは、自分の活躍を鼻にかける様子もなく、涼しげな顔で帰り支度を始めた。
社員手帳は手元にないけど、さすがに気付いた。
何しろ目立つ。作画も頭身も、他のチームメイトと全然違う。
あたしは思わず呟いた。
「火のサーガ、かあ。…」

エドさんが聞き返す。
「わたくし、何か」
「……。こないだあたしが来た日は、試合が延期になってたんですよ」
理由、というのも変だけど、分かった気がする。
筋書というか、タイミングというか、ざっくり言えばイベント発生条件みたいなもの――あの日に火のレジェンズをリボーンできなかったのは、あたしのせいじゃなかったのかもしれなかった。
良かった。総務さんに言われたから、ちょっと気にしてたんだよね。
「ははあ。なるほど。……。それが、何か」
「うん。つまり、火のサーガの話なんだなあって」
「ははあ。……、?」

本物の火のサーガ、ディーノくんは、あたしやエドさん以上に火っぽくない男の子だった。
つまり、あまり熱血ぽくはない。試合に燃えてた風でもないし、勝っても特に喜んではいない。
感情の見えない、淡々とした横顔。

「お前さあ〜。そんな仏頂面で野球やってて楽しいかぁ〜?」
やけくそみたいにシュウが食ってかかっていく。
火のサーガは振り返りもせずに答えた。
「君こそあんな三振して楽しいかい」
クール。火なのにクール。
言い合いでまであっさり一蹴されて、シュウがふくれっ面になった。

ディーノは軽い溜息をつき、感情のこもらない目でシュウを一瞥した。
途中でシュウの後ろにいるマックに気付いて、動きを止める。
表情が変わった。
「君は…!」

ぶつぶつ言い続けるシュウのことは華麗にスルー、周囲の視線を集めながら一直線にマックさんへと歩み寄り、真剣な表情で口を開く。
「君、この後何か予定あるかい?」

まさかのナンパ。しかも相手はマックさん。

何やらよほどマックさんに思うところがあるらしい。ディーノは思いつめた顔だ。
シュウがそれを横目で見ながら口をとんがらせる。
「何なのマック。このキザ太郎知ってんの!?」
「うん。えーと」
マックさんはほわほわ微笑みながら首をかしげる。
「どっかで会ったことあるような…ないような…気がするんだな〜」
別に、前から友達だったとかではないみたい。
ディーノくんがものすごい食いつきを見せている割には、マックさんの反応はのんびりしている。
食べ終わったハンバーガーの包み紙を丁寧に折りたたみながら、ようやく何かを思い出したようだ。

「あ。薔薇の」
そう言って、マックさんはにこりと笑った。
「うん」
ディーノくんが嬉しそうに頷く。

メグちゃんがあたしのわき腹を突いた。
「ね、どういうこと!?バラって一体、何かしら…!?」
「し、知らないよ。バラは、バラでしょ…!?」

「僕は、ディーノだ」
「マックなんだな」
二人が握手を交わす。
見ているあたしたちには事情が良く分からない。二人の世界だ。多分薔薇の。
「薔薇、元気かな、なんだな」
「うん。もし予定がないなら、このあと少し付き合ってもらえないかな。決して時間はとらせないから…」

「うーん、…」
マックさんは困ったようにあたしたちを見やる。
ノリで一緒に試合を観戦してたけど、この後一応、あたしたちがシロンさんと戦うことになっている。
「すまない。無理なら別に、いいんだ…」
ディーノの表情がみるみる翳るのを見て、マックは笑顔で首を振った。
「ううん!すぐ済む用事だから、ディーノにはちょっとだけ待ってて欲しいんだな。決して、時間はとらせないんだな」

気まずい思いをさせないように相手を思いやる、優しい気配り。さすがはマックさんだ。
けど、すぐ済むて。
「俺ら、一体どういう扱いなんですかね…」
「失礼な…」
JJさんたちがぶつぶつ文句を言った。


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