第8章−1


変なカネルド・ウインドラゴンに会った。
一体どういうことだろう。

タライの中からあの板きれを見つけた時点で充分びっくりしたというのに、その後に続いた出来事は完全にあたしの脳ミソの許容範囲を超えていた。
何が何だか分からないまま、次の日の朝が来る。一人暮らしで社会人、元の世界以上に時間に追われる生活なもんで、あたしはぽかんとしながら身の回りのことを済ませ、いつも通りに出社した。


「きゃっ」
アパートから出たところで、誰かとぶつかりそうになった。
ぱっと見て分かるくらい華奢な体つきの女の人で、重そうな旅行カバンを両方の手に提げている。あたしを避けようとしてカバンの重みでよろけ、女の人はそのまま路面に転んでしまった。
「うわ、すいません!何だかあたし、ぼーっとしてて…」
慌てて起き上がるのに手を貸す。
淡い色のひらひらしたスカートをはたきながら、女の人は儚げに微笑んだ。
「あなたのせいじゃないわ、ごめんなさいね。何だか私も、ぼーっとしてたみたい…」
服もカバンも高級そう。ほんのり香水のいい匂いがする。
部長とは全然違うタイプの、きれいな人だった。

このアパートに用事だろうか。あたしは場所をふさがないように入り口から体をどかして、彼女が去るのを見送った。
が、そういうわけでもなかったらしい。女の人はアパートの入り口で立ち止まり、しばらく建物を見上げた後で、道に戻ってまた歩き出す。
そしてしばらく行ったところで、また立ち止まる。

…ほんとにぼーっとした人だ。

半端なところで突っ立ったまま、物思いにふけるかのようにニューヨークの街並みを眺めている。
その姿も絵になる。
茫洋とした美女の横顔に、つられてぼーっとしていたところで、JJさんたちが道の向こうからあたしを呼んだ。
「新人、おはよーう」
「ぼんやりしてると遅刻するぞー」

JJさんたちはあたしの道向かいのアパートに住んでいるので、出社のタイミングがこんな感じにちょくちょくかぶるのだった。手招きされて、あたしは道を渡って二人に合流する。
「おはようございます、J1さん、J2さん」
J2さんが美女を見やって聞いた。
「美人だねえ。誰なの?」
「いや、知らない人です。さっき、出会い頭でぶつかりそうになっちゃって」

「何そのフラグ」
と、J1さんがうらやましそうに言った。
「別にあたし、そういうフラグは求めてないですけど…」

どこへ行こうとするでもなく、女の人はしばらくその場に佇んでいた。
何だかそのまま、消えてしまいそうに見えた。


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