第6章−5


「名付けて『リボーン直後のタイミングで横合いから思い切り殴りつけよう作戦』!」
「わー、ぱちぱちぱちー!」

ダンディーがドラ声で宣言し、あたしがそれを、横から拍手して賑やかす。
ダークウィズカンパニー本社ビル、小会議室。
レジェンズ班の皆が集まって、プレゼンの時間です。
窓に下ろしたブラインドの隙間から、外の青空が途切れ途切れにのぞいている。締め切った部屋は外界の眩しさから遮断され、皆の姿がひんやりとした影に覆われて、いかにも秘密の作戦会議っぽい雰囲気が漂う。

張り切るあたしたちを前にして、部長とJJさんはぽかんとした顔になった。
「…何なの、そのテンション」
部長が引き気味に言った。
「はりきってんなー、新人」
「っていうか、殴りつけるて。今回も結局、交渉じゃないのね」


「うん!」
ダンディーの合図で、あたしはがらがらとホワイトボードを引っ張ってきて、そこにブルックリンの地図を貼った。
「では、作戦内容を説明します!つってもまあ、基本はダンディーが頑張って戦うだけなんで、やれることはそんなにないんですけどね」
地図を見てもらうには部屋が暗いので、卓上用の電気スタンドを持ってきて下から照らしてみた。
ひっそりとした光源に照らされて浮かび上がる、戦いの舞台の図。ホワイトボードの横に立つダンディーのごついワニ顔も、斜め下からの明かりに照らされて、いつもより肉食獣っぽく見える。
ますます怪しい雰囲気。
何だか悪の参謀みたいな気分になってくる。声を低めて、あたしは言った。
「大切なのはシロンさんをリボーンさせる場所とタイミングを、こちらでコントロールすることです。…レジェンズバトルに『シフトエレメント』という概念があるのをご存知ですか?」
ストームワームさんが使ってた。属性の力を発動させることで、戦いの舞台を自分に有利な環境に変える――それは、何もシフトエレメントを使わなくちゃできないことってわけじゃない。
自分のことや相手のことを分析して、予測を立てる。計算して準備する。そうやって、こっちが優位に立てる状況を作り出す。シフトエレメントみたいに派手じゃないけど、人間にだってやれることだ。それが、努力というものだ。
「過去の任務における数々の失敗は無駄ではなかった。今までの行いのおかげで、我々は状況をコントロールする上で圧倒的に有利な武器を持っている。――あたしや部長やJJさんが、恐らくはシュウたちに、かなりアホな4人だと思われているという点です!」
J1さんがつぶやいた。
「…それは、笑うとこ?それとも、突っ込むとこ?」
「…何でですか。これは真面目な話ですよ。『いつものように何も考えてないだろう』という相手の思い込みを利用し、計算ずくで用意した道に誘い込んで、ハメるんです」

「シュウたちの通学ルートが、この道。交差点ごとに消火栓があります。待ち伏せ場所は、ここ」
説明しながら、あたしは背伸びし、マジックで通学路上の一点に印を付けた。
「ダンディーは、周囲に存在する『水』をある程度自分の影響下におけるそうです。消火栓には元々放水のための圧力がかかってるから、浸出させるのも簡単っぽいです。試してみたら、数ブロック離れた場所からでも遠隔操作で水が出せました」
「…攻撃するほどの威力にはなんねーけどな」
「です。それを踏まえて、作戦の流れです」

シュウは普通の主人公みたいに真面目な性格じゃないし、好戦的じゃない。
この間までは交渉したいと言っていた相手がいきなり戦いを挑んできたら。受けて立とうとする発想は恐らくシュウにはないだろう。とりあえずその場から「逃げて」やり過ごそうとするはずだ。
「道を覚えてくださいね。まず、ここと、ここに。消火栓の水を利用して水の壁を作り、シュウたちの進路を塞ぎます。これはあくまで威嚇です。水の壁に妨害されれば、シュウたちはここの…角を曲がって、イーストリバー方面に逃げるはず。子供たちがイーストリバーに辿り着くまでの間に、ダンディーは北に迂回し、イーストリバー上流に回りこんで、攻撃の『溜め』をたくわえます」
部長たちが分かりやすいように、地図上に何本も矢印を引く。油性インクの匂いが漂い、ペン先と紙がこすれてシャリシャリ軽い音がする。
ダンディーが腕組みして説明を付け加えた。
「つまり、離れた場所からスタートすんのは、溜めの時間を稼ぐためってわけ。イーストリバーまでの追跡は、 やあんたたちにやってもらう。俺が適当にそっち側に水を出して誤魔化すから、それに合わせてうまいことやってね」
「です。追跡と言うか、子供たちにそう思わせて誘導するわけです。状況に応じて誘導のルートは変わりますが、ダンディーの攻撃が溜まりきるタイミングに合わせ、最終的にシュウたちがこの道を通り…この場所でイーストリバーに出るように」
誘導ルートがイーストリバーにぶつかる、川沿いの一点に印を付ける。ここが戦場。
「ここには昔使われていた船だまりがあります。防護柵が途切れてて、一段低い川岸まで階段で下りられるようになっている。シロンさんを水上におびき出しやすい地形です。この地点であたしたち誘導チームが子供たちに一段強い心理的圧迫を加え、シュウにシロンさんをリボーンさせるよう仕向けます」
「同時に溜めが終わった俺が上流から水を集めながらこの場所まで下ってきて、合流する。シロンをガキどもから分断し、イーストリバーに引きずり込み、一気に押し流す。…ってな、段取りだ」
ダンディーが締めくくると、会議室にしんとした沈黙が落ちた。

「…どうでしょう?」
なかなか反応が返ってこないので、あたしは部長たちの方にスタンドの明かりを向けてみた。
電球の光にもろに照らされ、部長は、取調べ中の容疑者みたいな顔になってびくりと体を引いた。青ざめている。JJさんたちがその後ろで、肩を寄せ合うようにして固まっている。
「部長…何でこいつら、こんなに殺る気まんまんなんですか…」
「怖え…女って、怖ええ…」
、あんたって子は…意外とおっそろしい策士だったのね…」

プレゼンしたのに、ドン引きされてる。
ダンディーが他人事のように言った。
「…俺も、驚いたわぁ。この子って、意外と闇っぽいよねえー」
「ちょ…何であたしのせいにすんの。どっちかってとこれ、考えたのはダンディーじゃん?」
「いや、まあ…。どっちかーてと、じゃね?」
二人で責任をなすりつけ合っていると、JJさんたちがさらに言った。
「っていうか、罠にはめて横から不意打ち狙いって。作戦としてありなのかっていう気、しますよね」
「うん。かなり卑怯だよね」

あたしは面食らってダンディーと顔を見合わせた。
「……、卑怯?」
考えたことがなかった。JJさんなのに、何だかまともっぽい指摘だ。
堂々と卑怯な作戦を提案しちゃったあたしやダンディーの立場がない。

しばらく考えてから、あたしは首を振った。
「いいえ。結果を出すために最善の努力をすることは、全然卑怯じゃないと思います!」
偉い人だって言っている。「強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ」と。手段だの過程だのが大切だって話をするのは、負けた言い訳のときでいい。
大切なのは勝つことだ。シロンさんをやっつける。そういう、結果を手に入れること。
「ダークウィズカンパニーは、自分のために。あたしは勝ちたいのです。だから、勝てばよかろうなのです!」

「勝てばよかろう!いいじゃな〜い!」
あたしの言葉が何かの琴線に触れたらしい。BB部長が俄然勢いよく立ち上がって、拳を握った。
「実はあなたってばなかなか見所のある子だったのね、!っていうかそれ、今までの任務は真面目に勝つ気でやってなかったということかしら!?」
「まあそうです!でも、今回は本気です!」

ダンディーがホワイトボードを見上げてにやりと笑った。
「レジェンズが一山当ててみたって、いいよな。たまにはな。…人間がやるみたいにさ」
あたしもにやりと笑って、頷いた。
「うん。そういう話だって、きっと面白いはずだよ」


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