第6章−4


翌日。
部長には新機軸が見つかりそうだと報告しておいて、あたしたちは早々に会社を抜け出した。
イーストリバー沿いの道を歩きながら、勝つための作戦を話し合う。

あたしなりに今まで見てきたことをダンディーに話してみた。
シロンさんがウィングトルネードを使うこととか、そのときの溜めの動作とか、風の強さがどれくらいの感じかとか。
接近戦にも強いこと。投げ技まで使っていたことがあるので、多分器用で腕力もある。
歩く速さ。飛ぶ速さ。腕のリーチ。

それから、弱点。

「シロンさんって、カウンター型なんだよね」
と、あたしは言った。
「でも、それがシロンさんの長所を生かした攻撃スタイル、って訳じゃないと思うんだ。防御が上手い訳でも反撃が上手い訳でもなくて――あれは単に、初動が遅れる人なんだよ」
「…へえ」
珍しく自信満々に断言してみせるあたしに、ダンディーが意外そうな顔をした。
あたしは昔テレビでもシロンさんを見ていた。この推測には確信がある。

「これからダンディーが戦いを挑んでも、『チッ…何だぁ?俺とは戦わないんじゃなかったのか?』とか聞いたりなんだりしてからじゃないと、戦闘に移れないと思うな。自分からえげつなく攻撃したり抜け駆けで襲ったりとかは、できないの。そういう、人なの」
「らしい話だ。花形キャラのお約束だね」
「うん。その上、サーガはサーガで相当変わった子だからね。リボーン直後は大抵サーガと揉めてて、シロンさんのテンションはとても低いよ」
テンションの上がらないまま、手を出しあぐねてとりあえず相手の攻撃を受ける側に回る。
カニさんならばハサミを受け止めつつ避けて。ストームワームさんなら、風で身を守りながら避けて。しばらく踏みとどまる。
そうして相手の傾向を見極めた後、高い地力で逆転するパターンをいつも必ず辿るのだ。

血気にはやることのない、余裕の行動。ダンディーの言うとおり、それは花形キャラのお約束だ。あたしはテレビでもシロンさんを見ていたので、ダンディー以上に理解している。――話の都合上、襲ってくるゲストキャラの見せ場を作る前に相手を瞬殺するなんて真似はできない、30分アニメ主役キャラならではの宿命。
利用しない手はないだろう。
「だから、こっちはとにかく速攻で全力で攻撃して、シロンさんに本気を出す時間を与えずに押し切っちゃう。これだね!!これが一番勝てそうな戦い方だと思うよ!」
主張しながら、思わず力が入る。両手の拳を握りながらあたしは力説した。

「――ま、理にかなってはいるな。長期戦に持ち込みたくねえ相手だとは、俺も思う」
あたしの意見に同意しながら、その途中で、ダンディーは何ともいえない表情になった。
軽く溜息をついて、川べりの柵にもたれる。
「だけどさあ、簡単に言うけどさあ〜。一番の問題は、その『押し切っちゃう』とこまでどうやって持って行くか、じゃねえの?」

、ちょっと見ててみ。
と、ダンディーは言って、胸の前で両手を構えた。
「ハァァ…」
気合の声を発しながら全身を緊張させる。
まるで発する気合をたわめ目に見えるものに凝縮させるかのように、向かい合わせた手のひらの間には渦巻く光の弾が生まれた。じりじり大きくなっていく。
「ハァァァァァァ…ァァァァ…」
溜める。溜める。ひたすら溜める。見守るこっちもじりじりしてくる、息詰る時間が流れる。
「ハァッ!」
一気に腕を突き出す。ざぶーん。
イーストリバーに巨大な水柱が立った。

「っていう。攻撃なのよ」
「おお!」
あたしは思わず拍手する。ダンディーは首を振り、自分の技に向かってぽつりと突っ込んだ。
「…速攻には、向いてなくね?」

「……。今の攻撃、もっと急げないの?」
「無茶言うなよ。水なかったらもっと遅いからね、俺は!」
「威張って言うことじゃないよ、それは!」

あたしは学校で習ったことを何となく思い出す。つまりはこれは、ストラテジーとタクティクスの問題なのだ。
シロンさんには弱点がある。でも、それだけでは勝てない。
『どうやったら』その弱点を突くことができるのか。その方法が手札になければ、あたしが見つけた弱点は弱点ではありえない。考えるべきは戦略を実現するための戦術、それもダンディーの力で実行可能なやつ。
あたしは真顔になって忙しく頭を働かせる。
「攻撃の溜めに時間がかかるなら、あらかじめ準備を整えておいた上で不意打ちできないかな」
「やれたらいいけど。難しいな。サーガにリボーンされるって状況の時点で、あちらさんだって戦闘体勢だろ」
「そうか。…それもそうだね」
やれないことはないと思う。そういうタイミングを作ることができれば。これもまた方法を探さなくてはいけない。


「何をするにも、大前提としてシロンをここまで引っ張り出さにゃーならねえ」
水面を眺めながら、ダンディーが腕組みした。
「そのためには、…――」
ダンディーは考え込みながら川岸を離れ、路地に入った。あたしも後ろをついていく。

「ほれ、そこに」
歩きながらダンディーが指をさす。
「道挟んで、向かい側も。…あっちにもだ」
「ほんとだ…」
ダンディーに言われるまで注意してみたことがなかったが、ニューヨークの街にはとても消火栓が多いのだった。
歩道のそこかしこに、消防車のホースに繋いで水を送るための金属製の円筒が突き出ている。

消火栓の配置の間隔を測るようにしてしばらく歩いた後、その内のひとつの前で、ダンディーはふらりと立ち止まった。
ガチャガチャと消火栓をいじくって、引っこ抜けるか試してみようとしたりした後、勝手に鎖を外して消火栓の口を開ける。水が勢い良く吹き出て、空中に弧を描く。
ダンディーは気持ちよさそうに顎を開いて降ってくる水を受け止め、うがいした。
「あー。ガラガラガラ…」
「ちょっと。イタズラしたら、怒られるよ」
「細けえこと言うなよ。作戦考えてるんだからよ」
蛇口を調節しているわけでもないのに、吹き出る水はダンディーの動きに合わせてじゃばじゃばと勢いを強めたり弱めたりする。どうやら任意に操れるらしい。ちょっと、水芸みたい。

あたしは水しぶきがかからないように後ずさりながら、ダンディーを見つめた。地図を見ていた意味が分かった。
「そうか…。利用できるのは、イーストリバーにある水だけじゃないんだね」
「そういうことだな」
「道路の下に、水道管があると思う。それも使える?」
「ああ、使える」
ダンディーがばくりと顎を閉じた。水を浴びながら、じっと目をつぶる。
「…シュウゾウ・マツタニの行動ルートが知りてえな」
「あたし、通学路覚えてる」
「じゃ、次はそっちを当たろうぜ」


シュウの通学路を調べ、周辺の道を調べ、そこからまたイーストリバーに戻る。
あたしたちは丸一日かけてああでもないこうでもないと言い合いながらあちこちを調べ回り、シミュレーションを行い、実行可能な方法を模索した。
勝つために必要な条件を揃える。
シロンさんをイーストリバーの水上におびき出し、なおかつその時点においてシロンさんはリボーン直後だけどダンディーの方は充分に攻撃を溜める時間を稼いである、そういう状況を作り上げ、速攻で全力で不意打ちする作戦。
名付けて。


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