第6章−2


「――何でも、戦争に勝つにはそれが必要なんだとよ」
ダンディーがそう口を滑らせたとたん、子供たちの表情が強張る。
「戦争なんてダメに決まってるでしょ!帰ってください!」
「おっぽりだすなあああああああ!!!」
「ぎゃーーーーーーー」

交渉はものの5分もしないうちに決裂した。
気合を入れて臨んだ甲斐もなく、あたしたちはあっさりと秘密基地から叩き出されてしまったのだった。



イーストリバー沿いの一角にある廃ビル。の、時計台からおっぽりだされた路上で、あたしたちはへたりこんでいた。
ひどい目にあった。
「こ、これは…新しいやられパターン…」
いきなりおっぽりだすとか、危なすぎるよ。ギャグじゃなかったら大怪我してるとこだ。

あたしはぜいぜい言いながら顔を上げ、とりあえず叫んだ。
「親しみをこめた態度で相手の警戒を解いてしまったのが却ってダメだったんだと思うよ!警戒されないから、ひどい扱いだよ!!」
「確かにそうだが、失敗してから言うんじゃねえよ!!」

ダンディーがだるそうに立ち上がって、体に付いた泥を払った。
「あ〜あ。断られちゃー、しょうがねえなあ。…帰るか」
「ええー…」
あたしは廃ビルを見上げる。確かに子供たちのあの様子では、今からもう一度話を聞いてもらうことはできそうになかった。
戦争に使うなんて言っちゃったら、そりゃ嫌われるよね。
いくら気さくな雰囲気を作るったって、そんなところまで正直に話してしまうのは不用意すぎたのではないだろうか。どう言いつくろったら挽回できるのか、ちょっと考えたくらいでは思いつかない。

「だけど、部長に何て報告すんの…?頑張りますって言って出てきたばっかりなのにさ」
あたしが聞くと、ダンディーは遠い目になった。
「……。ま、お前からうまいこと言ってくれや、
「嫌だよ!ダンディーから言ってよ!そういう時にうまいこと言うのがネゴシエーターじゃん!?」
「そのネゴシエーターにさっき失敗したんじゃん!?」
しばらく責任をなすりつけあってみた後、あたしたちは仕方なく会社に戻った。



やけにボロボロになっているあたしたちを見て、部長は怪訝そうにした。
「…交渉は?上手く行ったの?」
直球に尋ねながら、よこしなさい、とこっちに右手を出してくる。
渡すものがない。

「…………、……」
「えーと、はははは。…上手く行ったと…思いますかぁ…?」
無言になってしまったダンディーの代わりに恐る恐る聞き返してみると、部長の顔が一気に引きつった。
その場に仁王立ちになって、すうっと息を吸い込む。オフィスの空気が凍る。

「あー…やっぱりねえ」
「最初は頼もしく見えても、当てにならないもんだよねえ」
JJさんたちが横で他人事みたいに話し合っている。
呑気でいいなあ。あたしも会社に残ってれば良かった。

部長が溜めた息を
「こんの…役立たずーーーーーーーー!!」
一気に吐き出した。
それに負けない大音量で、ダンディーががなり返した。
「だってー!!しょーがないじゃん!ダメってゆーーーんだもん!!」

もう開き直っちゃったみたいで、すっかりふてくされている。がなって部長を威嚇した後は腕を組んでそっぽを向いてしまって、部長がぎりっと首を回して今度はあたしを見た。
「アンタもよ、っ!アンタは何をやってたの!?ついて行った意味ないじゃない!」
「だ…だってー!実際ほんとにダメだって…言われたんですもん…」
ダンディーの態度が悪いせいで、こっちにとばっちりが飛んできた。
もうダンディーに乗っかって一緒に開き直るしかない。
あたしは首を縮めて言い訳しながら、体格差を生かしてダンディーの後ろにさりげなく身を隠す。それに気付いたダンディーがそのあたしの後ろにさらに隠れ直そうとして、あたしたちはどっちが前に出るかを譲り合って揉めた。
「ちょ…いいよ、ダンディー」
「いや、がさあ…」

JJさんたちが冷たい目になった。
「まるでダメじゃないですか、こいつら…。やる気があったの、最初だけじゃん」
「新人が悪い影響を受けてますよ。こいつ、明らかにダメな方向に成長しようとしてますよ、部長」
「だ、だってー…」
「だってじゃなぁああああああああい!!」
「ぎゃー」
すごい勢いで怒られて、あたしは思わずダンディーの腕にしがみつく。

「どいつもこいつも。全っ然使えないわねえ」
部長はこめかみに手を当ててイライラと呟いて、それから、じろりとダンディーを見やった。
「アンナのときに言ったこと――あなたに、もう一度言い直さないといけないかしら、ダンディー?」
部長がこれ見よがしに紫色のタリスポッドを取り出した。


…嫌な話題になったと思った。
ダンディーが身体を固くするのが分かった。

短い沈黙の後、ダンディーは低い声で答えた。
「…いや、大丈夫だ。言われなくたって、ちゃんと覚えてるぜ」
「だったら、分かるわね。何でもいいからつべこべ言わずにとっとシュウのタリスポッドを奪ってらっしゃいっ!」
「…………」
ダンディーは苦々しげに目を細めて部長を睨み返したが、もちろん、こういう場面で相手の空気を読んだりする部長ではないのだった。タリスポッドをちらつかせながら、悪っぽく迫る。
「――できるわよね?」
迫られて、ダンディーが折れた。溜息をついて肩をすくめる。
「はいはい、分かりましたよー。」

相変わらずふてくされた態度ながらも、ダンディーはそれ以上口答えしようとはしなかった。
「やりゃーいいんだろ、やりゃー。ちぇ〜。雇われレジェンズは辛えよなあー」
くるりと皆に背中を向ける。
どすどすと投げやりな足音を立てながら、一人でさっさとオフィスを出て行く。

「ダンディー、…」
すぐには後を追いかけかねて、いたたまれない気分でダンディーの背中を見送っていると、同じように成り行きを見守っていたJ2さんが横からあっさり提案した。
「…監視を代えますか。次、俺らの番?」

あたしは慌てて部長に手を挙げた。
「いや、あたしが!あたしがもう一回一緒にやってきます!」
部長が怖い顔になった。
「行きたいならいいけど。あなた本当に分かってるんでしょうね、。遊びに行くんじゃないのよ!?次サボったら、承知しないわよ!」
「さっきだってサボったわけじゃないのに…まあいいや、行ってきます!」



「待ってー、ダンディー。一緒に行こうよー」
ダンディーの背中を追いかける。

監視役か。

『…も行く?』ダンディーはそう、いかにも何気なさそうに自分の同行者を求めたけれど、求めた理由はアンナちゃんのときにいつも見張りが付いていたことを知っていたからだろう。今度は自分の番だから、自分にレジェンズ班の監視が付く立場になったことも。
あたしもそれは分かってた。
気楽な日々って訳には行かないのだ。いつだってそうだ。
何だかんだ言ってもここは基本、悪の組織で、ダンディーは任務を成功させなければソウルドールに戻されてしまう存在なのだから。

「ねー、待ってってばー」
ようやく追いつく。ダンディーがあたしの方を振り向いた。

「…雇われの身は辛えよなあー」
と、ダンディーはもう一度言った。
「…そうだねえ」
あたしも言った。


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