第5章−6


「ダークウィズカンパニー、社歌!」
「ラジャー!」
いつものようにあたしは電源にラジカセのコンセントを差込み、再生ボタンをぱちりと押す。爽やかなオーケストラ演奏が流れ出した。
ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜

「…………、……」
悪の会社の割には、いい社訓だと思う。あたしは好きだ。
CEOが考えたのかな。

ダークウィズカンパニーは、子供のために。
ダークウィズカンパニーは、世界のために。
ダークウィズカンパニーは、未来のために。

ダークウィズカンパニーは、自分のために。

DWCはおもちゃ会社だから子供がお客様で、子供というのは、これからの社会を担っていく大切な存在だ。
だから、子供のために。それは世界と、未来のために。そんな風に無限に広がる可能性に目を向けているようでいて、最後の最後はちょっと気の抜けた終わり方。

「自分のために…か…」
あたしは自分の足元に目を落とし、最後のフレーズを何となく繰り返してみた。
案外一番大事なことなのかもしれない。



「ほら、ぼーっとしない!行くわよ、!」
「あ」
BB部長があたしの耳を引っ張る。
すっかり考え込んでいて、気が付いたらいつものようにアンナちゃんの見張りに駆り出されるところだった。皆はもう出かける支度を済ませている。
慌ててあたしは手を挙げた。
「…用事を思い出しました。早退します」
「…何なのその、たった今思いつきましたーみたいな言い方は」
部長が嫌な顔をした。

「用があるなら構わないけど…まさかあなた、どうせ暇なんだからサボろう、なんて考えじゃないでしょうね?」
「はは。まさか」
笑顔を作って答える。
「まあ…いいんじゃないの」
「実際、暇だしね…」
JJさんたちがやる気なさそうに言った。部長は怖い顔でJJさんたちを睨んだ後、あたしの方に視線を戻す。
「ちゃんと届けを書いていきなさいよ?」
「はい、もちろんです」
やり取りを聞いていたダンディーが、面白そうにあたしに聞いた。
「何だよ、やけに機嫌がいいな。一体どういう用事なの?」
あたしは笑顔のまま首を振った。
「それは、内緒」
機嫌がいいように見えるかな。
たった今思いついたことがある。今まで散々迷ってたのに、決心してみたらびっくりするくらい簡単で軽かった。きっとその辺のせいだろう。



誰もいなくなったオフィスで、あたしは早退届を書くついでに書類の棚を調べた。
必要そうな書類を一揃いコピーしてから会社を出る。
後は、街で買い物。
こっちは本当に必要になるかどうか自信がないけど、念のためだ。



夕方近くになった頃、準備を終えたあたしはブルックリン101小学校に向かった。

敷地の横に、DWCマークの付いた黒いバンが止まっているのが見えた。
合流しに来たわけじゃない。
どっちかっていうと逆で、あたしがここにいることがばれたら困る。皆に見つからないように、学校とは反対側の路地に隠れて時間を潰した。

いつものスケジュールで考えると、皆は放課後より少し前に監視を切り上げて会社に戻るはずだ。
学校の授業が終わった後、アンナちゃんはシュウと一緒に下校する。最初はその道中も見張ってたんだけど、ダンディーがきっちり5時に仕事を上がりたい人だし、何より任務が長引きすぎてその辺はだんだんいい加減になってきている。
だから、その時間まで待つ。
部長たちには内緒でアンナちゃんと話すチャンス。

部長たちはアンナちゃんに仕事をさせようとして毎日一生懸命なのに。今だってああして頑張ってるのに。
私情でしかない理由で、あたしはこれから皆を裏切ろうとしている。
ばれたら絶対怒られる。クビになるかもしれない。
不思議と全然緊張しなかった。
「……、ばれないようにやればいいだけだし」
不敵なキャラになったみたいになって、あたしは呟く。さっき買った紙袋を抱え直した。
自分が落ち着き払っているのが分かる。気分は平静そのものだ。そんな自分に、ちょっと驚く。
自分で言うのもなんだけど、あたしはもっと優柔不断な性格かと思ってたよ。

予想通りにバンが去っていくのを見届けてから、なめらかに動く。
あたしは荷物を抱えて塀を乗り越え、101小学校の敷地に忍び込んだ。校庭の様子は、見張っていたので大体分かる。アンナちゃんが通るだろうルート近くの植え込みに隠れて待ち伏せる。
そうこうしているうちに、放課を告げるベルが鳴った。
授業を終えた子供たちが、校舎からぱらぱらと出てきはじめた。

多分あたしは、自分がほんとはどうしたいかについては全然悩んでなかったんだと思う。あたしの中で、やりたいことはずっと前から決まっていた。ただ踏ん切りがつかなかっただけだ。
きっかけが欲しかったんだ。誰かに、何かに、背中を押して欲しかった。――自分のために。


世界のために、未来のために。あたしもそんな感じの目標を持ってこの世界に来た。
でも、大きな理想を言い訳にして肝心の自分を見失ってしまったら、意味がない。
いいことっていうのはいつだって自分のためにもいいことであるべきなんだ。そうじゃないならきっと何かが間違っている。今ここにある自分の気持ちを犠牲にしなきゃ叶わない、そんな理想は、叶ったところで誰も幸せになりはしないだろう。
だから、自分のために。
あたしのスタート地点の会社の社訓が、そう言ってた。

社員手帳に載っていた笑顔のことを思い出す。
ダークウィズカンパニーCEO、ユル・ヘップバーン。
…こんな社訓を掲げる人なのに、どうしてラスボスなんだろう。


いつものように仲良くシュウと下校してきたアンナちゃんが、あたしに気付いて目を見開くのが見えた。そのまま慌しくシュウと別れて、周りの様子を気にしながら足早にこっちに歩いてくる。
「何してんのさ、そんなとこで!?」
「あはははは。…話があります、アンナちゃん」
と、あたしは言った。


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