第5章−5


今日は、BB部長が朝から会議。J2さんが買出しに出かけて、どうやら街歩きが好きらしいダンディーは、そっちに付いて行ってしまった。
残ったJ1さんとあたしが、アンナちゃんの監視役に回る。

「なーんかもう、そういう役割分担がグダグダになるとこからしてさ。グダグダだよね〜?」
車の窓のふちに顎を乗せ、だらけきった姿勢になりながらJ1さんがあたしに言った。
「皆の期待値、だだ下がりだよな。最初はすっごく頼もしそうなレジェンズに見えたのにねー」
「……。そうですね…」

見張りの段取りも、もう慣れっこだ。1時間交代で助手席で見張りをし、自分の番じゃない時は後部スペースで適当に時間を潰す。
レジェンズ班全員で使うことが多かった車の中は、二人だけだと何だかがらんとしていた。
だらだらしながら、あたしは聞いた。

「…アンナちゃんの様子はどうですか」
「なーんも変わりないね。昨日あんなに怒られたのに、なーんも変わりない。…どうするつもりなんだろ、あのレジェンズは」
J1さんは双眼鏡を覗きながら、空いている方の手で時折カチカチやっている。
何してるんだろ。
後ろの席から覗いてみると、J1さんが持っているのは、街頭で通行人を調査するとき使ってそうな計測カウンターだった。
「タリスポッドを奪えたはずのチャンスをカウントしとけって。部長が」
親指のところにあるボタンをカチリと押す度に、数字がひとつ回る。
「…よくそんな、日本野鳥の会みたいなこと思いつきますね」
「…ね。つーか、交代したらお前も数えるんだからな、新人」

それはもう、任務を遂行させるためというよりアンナちゃんを怒る材料を探したいだけのような気がするよ。部長らしいけど。
どうするつもりなんだろうな、アンナちゃん。


ねえ、シュウ。
アンナちゃんがシュウに微笑みかける。
なーに、アンナちゅあ〜ん。と、シュウが笑い返す。シュウの気の抜けきった表情だけはいつでも少しも変わらない。
一緒にお昼を食べようよ。外に行かない?
その呼び出しがその日唯一といっていい山場で、見張っていたあたしたちは一瞬緊張したけれど、結局二人は本当にただ一緒にお弁当を食べただけだった。

「…すっげーなー。弁当の中身、全部卵だわ」
双眼鏡を覗きながら、J1さんが声を上げた。
ふと、いけないことを思いついてしまったかのようにあたしを振り返り、声を低める。
「……。産んだのかな?」
「ちょ…やめてくださいよ」

J1さんは呑気だなあ。部長ほど仕事に対して責任のない立場にいるだからだろうか。
気楽に過ごせて、あたしもありがたい。
「この間の映画の続き、見てもいいですか?」
「いいよー。俺も聞いてたいから、音でかくして」

あたしはDVDプレーヤーを出してきて電源を入れ、言われたとおりにボリュームを大きくした。
車内に渋いBGMが流れ出す。
――それは、組織に追われる孤独な男の物語。
内心では彼の生き方を認めながらも、己の立場を守るために追っ手は彼と対峙する。
『だがな、これだけは言っておくぜ…。戦いの強さが優劣を決めるんじゃねェ。本当の強さは…そんなところにねェッてことヨ』
『ホワァット!?じゃあ…じゃあ、本当の強さって言うのは…何だって言うんだい』
『それはな… 、

「……………」
繰り広げられるハードボイルドな展開を、あたしはぼんやり眺めていた。

こういう任務は、これからも続くのだろうと思う。
あたしはDWCの社員だから、アンナちゃんみたいなレジェンズにタリスポッドを奪うよう無理強いするのがあたしの仕事。監視するのがあたしの仕事。
今までの戦闘ではシロンさんに圧倒的に負けていたから、まだ笑っていられた。あたしはシュウの敵だけど、シュウたちを手ひどくやっつける側ではなく、いつでも手ひどくやっつけられる側で、ギャグ要員だったから。
けれどいつかは、シュウたちを本当に危ない目にあわせてしまう日だって来るかもしれない。取り返しのつかない怪我をさせたりも、するのかもしれない。

この世界にやって来た翌日、これからは一生懸命頑張ります、と言って部長に頭を下げた朝。全てを本当に覚悟した上だったのかと聞かれたら、多分、そうじゃなかったんだと思う。今はそう思う。

あたしは一体、ここで何をしているのだろう。
何のためにここにいるんだろう。

…暇だなあ。

「…あ、そうだ」
あたしが今できることといえば。
思いついて、あたしはこの間支給されたばかりの社員手帳を取り出した。

その辺の悩みとは別に、昨日ハルカ先生に会って反省したことがあったのだ。
一度はテレビで見ていた世界だというのに、あたしの知識は役に立ってなさすぎる。
いつでも対応できるように、知ってるけどまだ会ってないキャラのこととかはここにメモしておこう。
「グリードーでしょ。ガリオンでしょ。ズオウでしょ…」
思い出せる名前を書き出していく。

「…何をぶつぶつ言ってんだ、新人?」
「今まで、忙しかったから。この暇な時間を利用して与えられた情報を整理し、将来の展望について冷静に考えられる人になるのです」
「ふ〜ん。何だそりゃ」

まだ出てきていないといえば、ランシーンっていうシロンさんの2Pキャラみたいなウインドラゴンが、DWC側にいる設定だったはずだ。シュウにはわるっちょと呼ばれていた。
それからラスボス。
わるっちょなランシーンのさらに裏をかいて、全てのレジェンズを滅ぼそうと企む人。ジャバウォックと手を組んでニューヨークの空を暗黒に染める人。

箇条書きにして書きながら、ふと、違和感に手が止まった。
…変だな。


この世界に来る前、あたしはレジェンズキングダムを見た。
広がる空が暗黒に染まった世界、浄化と終末のための国。ジャバウォックとレジェンズたちが戦い合い、人間の文明は滅ぼされようとしていた。
戦いを止めようとしないカネルド・ウインドラゴンにシュウは泣いていたし、あれが未来なら、あたしは止めたいと思った。だからここにいる。

だけど、変だ。
あの悲しい世界を生み出したのはラスボスじゃなく、カネルド・ウインドラゴンなのだから。
人間を滅ぼそうとしていたのは、ジャバウォックではなくレジェンズたちの方だった。

全てのレジェンズを滅ぼしたいのは、人間を滅ぼされたくないから。
――あの未来が来るのを止めたいから。
だとしたら、ラスボスの目的ってあたしとそんなに変わらないんじゃないだろうか。
少なくともレジェンズたちよりは、あたしに近い。

「いやでも確か、話の中では悪い人だったような…いやでも…。ほんとのとこは、どういう話だったっけ…???」
あたしは頭を抱えた。
イメージだけで漠然と決めてかかっていた善悪や敵味方が、あれこれ考えてるうちにねじれて見えてくる。
思ってたよりもこの世界は複雑だ。設定を整理するつもりだったのに、かえって混乱してきた。

レジェンズウォーを止めたい。それがあたしの目的だとして、レジェンズウォーを止めるっていうのは、ほんとのとこは何をどうすることなんだろう。
あたしの目的にとっての「敵」は、一体誰になるのだろう?




「ま、いいや…」
結局しばらく悩んだ後で、あたしは手帳をその辺に放り投げた。
元の世界へ戻ってカンニングできるわけでもないのだ、考えても分からないことはどうしようもない。
バカの考え休むに似たりって言うもんね。
今のままでも、あたしがここにいることはきっとどこかで役に立ってるよ。

…DWCのトップか。
何て言う人だっけ。
「社長…は確か違う人だったよなー…」
J1さんに聞いてみた。
「社長の上の役職って、何て言うんでしたっけ。会長?」
「CEOが会長兼務だろ、うちは。チーフ・エクゼクティブ・オフィサー。の、頭文字で、CEO」
「しーいーおー、…」
そうだ、テレビで見たときもそんな感じの横文字だったよ。
ふんふんとあたしが頷いていると、 J1さんが自分の社員手帳を出した。
「最初の辺のページに乗ってるだろ。ほれ」

表紙をめくってすぐ、王冠マークのDWCロゴが印刷されたページ。

ダークウィズカンパニーは、子供のために。
ダークウィズカンパニーは、世界のために。
ダークウィズカンパニーは、未来のために。
ダークウィズカンパニーは、自分のために。

爽やかに掲げられた社訓の下に、斜めにポーズを作った中年男性の肖像写真が載っている。とってもいい笑顔。
『ダークウィズカンパニーCEO ユル・ヘップバーン』

あたしはその場にひっくり返りそうになった。
「かっ…顔出ししてるーーー!!?」
思わず絶叫する。J1さんが怪訝な顔になった。
「そりゃ、してるだろ。CEOだし」

自分の社員手帳もめくってみた。確かに載ってる。
「で、でも。正体を秘密にしてるとかじゃないんですか…?」
「秘密にしてたら困るだろ。うちの会社の、CEOだよ?経営方針の記者会見やるときだって、時々テレビに出てるじゃん」
「マジで…?いや、よく考えればそりゃそうか…」
「お前は何をそんなに驚いてんの。まあ、雲の上の人ではあるけどなー」

もしもあたしの立場だったらJ1さんだって驚くと思うけど、それを話すとややこしい。
「そ、そうですよね…別に驚くようなことじゃ、ないですよね…」
終盤まで引っぱる秘密のような気がしてたから、心臓バクバクしちゃったよ。
DWC内部の人間から見れば、その正体は、別に謎だったりはしないのだ。そりゃそうだ。

あたしは唖然としたまま自分の手帳を眺め、とりあえず、写真の容貌を記憶に刻んだ。ぴかぴかの笑顔に、ぴかぴかの頭頂部。
ダークウィズカンパニーCEO、ユル・ヘップバーン。
物語がレジェンズウォーの核心に近づく頃に初めてその存在が明かされるラスボスにして、ハルカ先生のお父さん。
あたしがこの人に会う日はいつか来るのだろうか。


「そういや、新人」
J1さんが思いついたように言った。
「あれからどうよ。眠れるようになった?」
「ああ…それがですね。枕が合わないのかなと思って買い換えてみたんですけど、あんまり変わりませんでした。やっぱりラーメンの夢ばっかり見て」
「またラーメンなの?何でそんなに、ラーメンなのよ?」
笑って聞かれる。あたしも不思議で、首をかしげた。
「さあ。何でなんでしょ…」


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