第5章−1


再びダークウィズカンパニーのオフィス。

「ダークウィズカンパニー、社歌!」
「ラジャー!」
あたしは電源にラジカセのコンセントを差込み、再生ボタンをぱちりと押す。爽やかなオーケストラ演奏が流れ出した。
ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜

「ダークウィズカンパニーは!」
「子供のために!」

「ダークウィズカンパニーは、世界のために!」
「ダークウィズカンパニーは、未来のために!」
「ダークウィズカンパニーは、自分のために!」

ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜
じゃーん。

ぱちり。
演奏が終わったところで、あたしは停止ボタンを押してテープを止め、ラジカセを元の場所に片付けた。
すっかり慣れました。

敬礼ポーズを取っていた部長が、のろのろと右手を下ろした。
「…はー」
誰からともなく溜息が漏れた。

超・重要・極秘任務だけど、子供相手で超簡単、成功報酬も出る。おいしい仕事だ。この歌を初めて聴いた日、確か部長はそんな風に話していたのだった。
現実って、思うようには行かないものだ。
「交渉しても、うまく行かなかったし…レジェンズで戦っても、あのでっかいのには勝てないし…」

これからどうするんだろうなあ。
ぼんやりしていたらBB部長と目が合って、視線を逸らして横を向いたら、今度はJ1さんと目が合ってしまった。気まずくなって下を向く。
全員がうつむいてしまった。
オフィスに沈痛な空気が流れる。
我々は、何となく行き詰まっていた。

床を見つめながら、J2さんがぼそりと提案した。
「…『レジェンズに』『交渉を』やらせたら、どうですかね?今までの作戦の…間を取って」

部長ががばっと顔を上げて叫んだ。
「それだぁーー!!」
部長の声が暗い空気を一気に吹き飛ばして、つられて全員の顔が輝いた。部長は何でも自信満々に断言するから、肯定されるとそれだけで何だかすごくいい作戦のような気がしてくる。
「いいぞ、J2!」
「さすがです、J2さん!」

まあ、レジェンズの中にはストームワームさんやカニさんみたいに、交渉ができるだけの知性があるのか怪しい感じのもいるけど。それでも多分、人材として我々よりはましだろう。
レジェンズならシュウたちに面も割れてないしね。



新しい方針が決まったところで、交渉役のレジェンズを呼び出すことにする。
「リボーン、『ハーピー』!」
タリスポッドのスイッチが入り、ひんやりした空気が渦巻きながら吹き上がる。翼の羽ばたく音がして、青い羽毛がふわりと舞った。
現れたハーピーは軽い足音とともに部長の机の上に降り立った。首の周りの青い羽を襟巻きみたいに逆立てた、とんがり耳で赤毛の髪の鳥少女だ。くっきりしたアーモンド型の目も、つんとした鼻筋も、何だか勝気そう。

「おお、今回は鳥ですね」
「鳥だなんて失礼なこと、言っちゃダメよ。これで伝説のレジェンズなんだから。いいこと、ハーピー。あなたの使命は――…」
「ちょっとぉ」
話の途中で、ハーピーさんの鼻にかかった声が部長を遮った。
「そんな十把一絡げの名前で呼ばないでちょうだい?ハーピーはハーピーでも、アタシにはねえ、アンナ、って名前があるんだからね」
とすとすとす。
ハーピーさんはさっさと応接セットの方へ歩いていって、ソファに座って脚を組む。
「そんなことよりさ〜、茶のひとつも出してくれないのかい、ここは?」

カニさんと違って、しゃべりは達者なようだ。部長の顔が引きつった。
「ふ…ふん、まあいいわ。交渉役としてはなかなか頼もしいじゃない?」
J2さんがあたしの肩をつついた。
「新人、お茶をお出しして」
「はーい、ただいま」

このレジェンズ知ってる。アンナちゃんだ。
結構目立つキャラだよね、話の後半にも出てたのを見た気がする。
何となく親近感を覚えて、にこにこしながらあたしはカップを差し出した。
「どうぞー、粗茶ですがー」
「あ〜どうも〜」
アンナちゃんは出されたお茶を受け取りながらあたしを一瞥し、そしてなぜか
「…ハン」
鼻で笑った。

笑われた。鼻で。あたしは思わず気色ばむ。
「…ハン?ハンって何!?」

BB部長があたしを叱る。
「こら。失礼でしょ」
「だって、部長」
チラ見したその一瞬で、アンナちゃんの中であたしについての何らかの格付けが行われ、それで多分、何かのランクがすごい下の方に来た。
っていう感じの笑い方でした、今の。


「…交渉を頼みたい?」
「そうよ、いーい。このシュウという少年からタリスポッドを奪うのが、あなたの使命よ」
考えてみたら、女の子のレジェンズに会うのはこれが初めてだ。皆こんななのだろうか。
勝気な態度は、よく言えば小悪魔っぽいけど。ちょっと鼻にかかった声だし、あたしのことは鼻で笑うし、何もかも木で鼻をくくったような女の子です。
「こんな子供にてこずるなんて、天下のダークウィズカンパニーも大したことないねえ」
と、アンナちゃんは言って、渡されたシュウの写真をつまらなそうに眺めながらお茶をすすった。
「こんなの、古典的な手で簡単に片が付くだろ。アンタたちには思いつかなかったのかい?」

アンナちゃんは部長をじろじろ眺め、それからあたしをじろじろ眺めて、バカにしたように笑った。
「まあ、無理か。思いつかないよね、アンタたちじゃあねぇ…」
「あらあ」
部長の顔が再びぴきりと引きつった。
「そこまで言うからには、もういい作戦を思いついてくれたのね?聞いてみたいわ、何なのかしら」
アンナちゃんが挑発的な半目になって、肩をすくめる。
「い・ろ・じ・か・け」


「いっ、色仕掛けーー!?」
思わず素っ頓狂な声を上げると、 アンナちゃんは含み笑いを浮かべながらあたしを見た。
「そうだよ〜。アンタにゃ無理だろうけどね…フフン」
「いやあの、でも…」
アンナちゃんを見つめ返しながら、あたしは口ごもる。
女の子とは言え、アンナちゃんはレジェンズだ。
首から下はほとんど鳥だし、顔立ちからして人間とは違うのに、色仕掛けって。そっちの方こそ無理がない?
でも、その鳥の混じった異形感が妙に背徳的でセクシーで、くっきり縁取りのある大きな目で自信満々に見下されると、妙に気圧されなくもない。
もしかしてこれが、あたしには無理な女の色気というものなんだろうか。分かりません。

男性であるJJさんたちにはしっかり分かったみたいだった。
J1さんがたじろいだように後ずさる。
「い、色仕掛け…確かに、この面子では全く思いつけなかったアイデアだぜ…」
J2さんが感心したように大きく頷いた。
「やっぱりレジェンズに交渉を任せてみてよかったですねえ、部長。…部長?」

「あああぁん!?」
ものすごい顔で、部長が唸った。堪忍袋の緒が切れたらしい。
ヒールの踵が、床をえぐらんばかりの勢いで鳴る。
「言わせておけばこのトリは…!!年甲斐もなくこーんな露出系のスーツを着ている私に!色気が足りないとでもっ!?」
自分の胸を横から両手でがばがばわしづかみにして、部長は言った。
「じ、自分で言っちゃってるよ、年甲斐ないって…」
「そこ!お黙り!」
部長の服って前が大きく開いていて、胸の谷間が丸出しなんだよね。
でもその露出は単に丸出し!って感じで、色気は確かに、あんまりない。黙って立ってるだけならいい雰囲気なのに、部長は言動で相当損をしていると思う。

「まあ、見てなって」
顔に血を上らせて怒る部長を、アンナちゃんの羽が軽く仰いだ。
アンナちゃんは軽い動きでソファから立ち上がると、すたすたと窓の方へと歩いていく。
窓から出て行く気なのかな。鳥なら飛べるんだろうし。
「アタシの魅力でメロメロにしてやれば、そんな任務はあっという間に完了さ…。アンタらはそのときの報告書でも作って待ってるんだね」

「待って、アンナちゃん。その窓」
はめ殺しなんだけど。

あたしが言い終わるより早く、ガラスの割れる派手な音がした。
バリーン!!
アンナちゃんは何の迷いもなく窓ガラスを体当たりで突き破って、オフィスの外に飛び出した。
「あー、いい風だねえ…!」
感嘆の声とともに、アンナちゃんが羽を広げる。風に乗って遠ざかっていく。

風属性、フリーダムすぎる。
最初から窓を開けてみようとする気さえなかったよ、あの人。

しばらくぽかんとして見送った後で、我に返って部長が叫んだ。
「コラー!!ちゃんと、ドアから出なさいよ!!」
耳につんざくキンキン声も、飛んで行くアンナちゃんにはもう聞こえていないだろう。
代わりに返事をするかのように、枠に残った窓ガラスがバラバラと外れて、床で砕けた。

J1さんが溜息をつきながらホウキとちりとりを持ってきた。
「ほれ、新人。…片付け」


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