第4章−8


「部長ー。JJさーん」
あたしは急いでバンから降りて、部長たちの方へ駆け寄った。
「た…、助かった…」
部長とJJさんは、シュウたちと一緒くたになって仲良く路面にへたり込んでいる。

あたしが近づいていくと、部長は突然しゃきっと立ち上がって腰に手を当てた。
「フ、フフフフフ。遅かったじゃないの、。こっちはほら、シュウゾウ・マツタニと既に接触を済ませたところよ」
「一緒になって逃げてたようにしか見えませんでしたけど…」

部長のすぐ隣で、シュウとメグがぜーぜー言っていた。
「な、何だったんだよ〜、あのカニ〜」
「もう嫌だー。甲殻類、きもちわるーい」
さらに隣で、マックがジャイアントクラブさんのいた方を見やりながら遠い目をしている。
「ほんとに…何だったんだろうな、なんだな…」
「ガガ、ガガガ」
マックの頭の上にはねずっちょがいる。

JJさんたちが豹柄のソファにもたれかかって天を仰いでいる。
「…どこから持ってきたんですか、それ」
あたしが聞くと、
「ん?…さあ。どこからだろ」
「何か、成り行きで運んじゃってたわ…」
自分たちで運んでいたもののくせに、J1さんは首をかしげて、なぜかシュウの方を見た。
へらへら笑ってシュウが答える。
「あーそれはね、俺のなの〜。秘密基地に新しく置くインテリア〜」
「私は嫌よ、シュウ。豹柄なんて趣味悪い…」
メグが横から異議を唱えるが、シュウは全く気にせず、JJさんに向かってぴらぴら手を振った。
「つーか、そーだ。おっさんたちさ、ついでにそれ、近くまで運んじゃってくんない?」
相変わらず相手が敵とかはどうでもいいみたい。
笑顔のシュウの周りには、いつでも不思議な空気が流れている。それは相手に好感を与えるとは必ずしも言えない…正直あたしがシュウの仲間側の立場だったら呆れてしまうかもしれない、大事なこともそうでないことも超越しちゃった軽さ。
空気に呑まれて、JJさんたちが後ずさる。
「ええっ」
「そんなこと言われても…。相変わらずコイツ、ほんと図々しいわ…」
JJさんは困ったように、今度は部長を見た。
部長が足を踏み鳴らす。
「ちょっと…ちょっと!何をほいほい頼みを聞く気になってるの!?戦いはまだ、これからよ!」

軽やかでなあなあなシュウの風を、部長の威勢のいい口調が押し返した。どんな時にもテンションが戻るのが早いのが部長のすごいところだ。意気軒昂にさっとタリスポッドを掲げる。
JJさんたちがぎょっとして突っ込んだ。
「ちょ…使う気なんですか、部長。さっきの今で」
「そうよー。威力は実地で検証できたじゃない、あの凶暴性は使えるわ」
「凶暴性っていうか、暴走してたじゃないですか」
「だーいじょうぶよ、よく振っとくから!さっきはきっと、接触悪かったのよ!」
かしゃかしゃかしゃ。部長が勢いよく腕を振る。

あたしは不安になって、小さな声でJ1さんに聞いた。
「そ…そういうもんなんですか…?」
「さあ…」
頼りない答えが返ってくる。聞こえていたのか、メグが怒鳴った。
「大丈夫なわけないでしょ!?アンタたちってほんと、バカなんじゃないの!?」
そうかもしれないです。



「リボーン、『ジャイアントクラブ』!」
カーニー !」

再び水属性のエフェクトと共に、巨大なカニが姿を現す。
部長がばっと手で辺りを払い、悪ボスっぽい口調で叫んだ。
「さあ!やっておしまいなさい!」

「よっしゃあ!!」
部長の声に応えるように、全然関係のない方向から返事があった。
何だかトラブりそうな人の存在を忘れていたことに気が付いて、あたしは後ろを振り返る。

路肩に止まったDWCのバン。勢いよく引き戸が開いて、中からカニハサミとカニフォークをひっさげたリチャードさんが躍り出てくるところだった。

虚を突かれたのか、部長が派手にずっこけた。ヒールの踵がカコンと斜めにくじけて、その場で数歩たたらを踏む。
肩をいからせたリチャードさんが、のしのしとこちらへ歩いてくる。
「えっ?誰なのよ?」
部長が聞くのでもう一度後方を振り返ってみたが、総務さんは車から降りてこない。それで、仕方なくあたしが答えた。
「カ…カニ獲り名人のリチャードさん。だそうです」

その場の全員がうまく突っ込めないでいるうちに、リチャードさんは勝手にカニと対峙して身構える。
そびえ立つカニを見上げ、リチャードさんはごくりと喉を鳴らした。
「ほほう…こりゃあ、食いでがあるぜ…」

JJさんがつられたようにごくりと唾を飲み込んだ。
「食い…、…?」
「え、まさかこの人。このカニ食う気?」

「ちょっと何なの、このおっさんは!あなたがカニと戦ってどーするのよ!?」
我に返った部長が、キンキン声でリチャードさんにくってかかった。 リチャードさんはカニを睨みすえたまま、ハサミとフォークをガキンガキン打ち鳴らす。
「へっ、トーシローは引っ込んでな!!」
怒った部長って怖いのに、リチャードさんはまるで相手にしていない。ほんとに人の話を聞かない人だ。

リチャードさんの背丈ほどあるカニ用ハサミもカニ用フォークも、巨大なジャイアントクラブさんの前では頼りないくらい小さく見えた。到底敵いそうにない相手に向き合いながら、リチャードさんの表情は不思議な自信に満ちている。
カニ獲り名人というくらいだ。もしかしたらすごいスキルの持ち主なのかも知れない、とあたしが思いそうになったとき、ジャイアントクラブさんが大きな動きでハサミを振った。
カーニー !」
「ぴぎゃっ!」
潰れたようなうめき声と共に、リチャードさんの体が木の葉のように宙を舞う。
「うわー、リチャードさーん!!」
もしかしたらすごいスキルの持ち主なのかも知れない、と思ったけど別にそんなことはなかった。普通に駄目だ。
あたしたちは慌てて倒れたリチャードさんのもとへ駆け寄る。
「誰を連れてきたんだよー、お前はー!!」
「あ、あたしのせいじゃないですよぅー!!」
J2さんがあたしの耳元で怒鳴る。あたしは必死に首を振る。

鼻血をたらしながら、リチャードさんがむくりと起き上がった。
「へ、へへへ…。こいつぁーどうやら、本気を出さなきゃいけねえようだな…」
と、リチャードさんは言った。
「何強がってんですか!?そんなこと言って、絶対さっきも本気だったでしょ!」
「そうですよ、無茶ですよリチャードさん!!」
「へっ、トーシローは引っ込んでな!!」
JJさんたちが二人がかりで押さえ込んで、揉み合いになる。もうグダグダだ。

JJさんたちの腕を振り払い、リチャードさんは高らかに吠えた。
「食うか!食われるか!これは男と男の真剣勝負!命と命のやり取りよ!」
ぐりぐりした目がぎらりと光った。獲物を狙うハンターの目だ。
気圧されたのか、ジャイアントクラブさんがわずかに怯んだようにした。小さく泡を吹き始める。
カ…ニー…
だから食うカニじゃないんだって何度言ったら。
カーニーカーニー !」
ジャイアントクラブさんがぶんぶんハサミを振り回す。危なくて近寄れない。

「なーんかおかしいんだよなあ…、こう…」
J1さんがつぶやいて、ハサミを振るカニのしぐさを不思議そうに真似してみせた。
「アイツもしかして、俺たちに何か言いたいことがあるんじゃないですかね…?」
「あー。それ、俺もちょっと思ってたわ…」
J2さんがそれに同意した。部長が眉をひそめる。
「言いたいことぉ?だけど、カニカニ言ってるばっかりじゃない。さっぱり分からないわよ」
「ま、それはね…」
「カニだしね…」

カーニーカーニー !」
ジャイアントクラブさんはしきりにハサミを振っている。
倉庫でリボーンされたときからこんな感じだった。何度も執拗に同じ動作を繰り返し、あたしたちを叩き潰すことが目的というわけでもなく。言われてみればその仕草は、何かを訴えているように見えなくもない。
ここぞとばかりにリチャードさんが身構えた。
「甘えカニだな!その動き、隙だらけだぜ!」
「ちょ、リチャードさん!」
「ちょっとは周りの話を聞きましょうよ、リチャードさん!」

「どりゃあああああ!!」
リチャードさんが凶暴な雄叫びを上げながらカニに飛びかかろうとしたとき、
「やめるんだなっ!!」
さらに別の声が割って入った。

今度の声は、マックのものだった。
マックさんが両腕をいっぱいに広げ、ジャイアントクラブさんをかばうようにあたしたちの前に立ちはだかる。頭の上にはねずっちょもいる。
「生き物をいじめるのは、良くないんだな!」
と、マックさんは言った。
「ああん?何でい何でい、怪我したくなかったらそこをどき…」
「良くないんだな!!」
リチャードさんをさえぎって、マックさんはもう一度言った。その薄茶色の瞳には険しい光が浮かんでいる。

叱られた。
さすがのリチャードさんも、攻撃しあぐねて後ずさる。
「えっ。…」
「ええと…ええと、ごめんなさい…」

マックがきりっとシュウの方を向いた。
「シュウ!カムバーック、なんだな!」
「ニャガガ!」
ねずっちょがそれに答えて元気よく飛び跳ね、すっぽりとシュウのタリスポッドの中に納まる。
「えっ。何なのお前ら、いつの間に分かり合っちゃってんの!?えーとカムバーック、でもってリボーン!!」


「…………、……」
シロンさんは、何かを考え込んでいる様子で腕組みしながら現れた。
のしのしと歩いてマックさんの隣に並び、ジャイアントクラブさんとの間を遮るように立つ。冷たい青い目が、あたしたちを見下ろした。

JJさんたちがそろそろと部長の背後に隠れた。そのJJさんたちの後ろに、あたしも隠れる。
「ちょ…何なの、このキャラ配置…」
「状況、おかしくないですか…」
これではまるで。
ジャイアントクラブさんとシロンさんたち対、リチャードさんとあたしたち。


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