第4章−5



――昨日の僕らと今日の僕らは同じじゃない。
――今日のと明日のも同じじゃない。
光の精霊が、確かそんなことを言っていた。


朝、身支度をしてアパートを出ながら、あたしは溜息をついた。
「はー」
パイプを登ってウィングトルネードで飛ばされて、ゴミを漁ってウィングトルネードで飛ばされて、そして今日もまた新しい、違う一日が始まろうとしている。
毎日、確かに同じじゃないけど。
今のとこ、あんま有意な差ではない気がします。

顔を上げると、ちょうど向かいの建物からおそろいの黒服黒サングラスに帽子をかぶった、とても怪しい二人組が出てくるところだった。
J1さんとJ2さんだ。
「お、新人がいる」
「おお。おはようさーん」
あたしに気付いて手を振ってくれる。
どうせ行き先は同じなので、あたしは道を渡って二人に合流した。
「おはようございます、J1さん、J2さん」
こないだ空から落ち、次には海にも落ちたのに、JJさんたちは怪しいながらも爽やかで、少しも疲れた様子がない。ひょっとしたら本当に鉄の体を持っているのかもしれない。ギャグ要員だから。
その辺は、あたしも見習わなくてはいけない。


「初めての一人暮らしはどうだー、新人」
「何かあったら言えよー、近所なんだし」
「はい、ありがとうございます」
JJさんたちってあたしの職場の先輩なだけじゃなく、お向かいさんでもあったのか。そういえば、最初にここに来た日にそんなことを聞いてたような聞いてなかったような。

しかし、いつも二人一組で仲がいいなとは思ってたけど。
しげしげとJJさん二人を眺めながら、あたしは聞いた。
「お二人って、一緒に暮らしてるんですか…?」
それって、同棲?
あたしの視線に微妙な予断が含まれているのを感じとったのか、JJさんたちは嫌な顔をした。
「お前はどこの田舎者だ、新人。ルームシェアして住んでるんだよ。この辺、家賃が高いからな」
「へー、ルームシェアですか…」
何だか外国みたい。っていうかここ、一応外国か。
せっかくだから今度の休みにマンハッタン観光でもしようかな。と、あたしは思う。

「ま、職場の同僚と家まで一緒ってのも、時々微妙な感じだけどな」
「何だかんだで腐れ縁なんだよなー、俺らって」
「へー」

「実は部長も近所に住んでるんだぜ。ここから2ブロック行ったとこ」
「俺らも腐れ縁だけど、俺らと部長も相当な腐れ縁だよなー」
「へー」

JJさんたちに会ったおかげで、ちょっと楽しい出勤になった。会社までの道のり、JJさんたちの後ろを付いて歩きながら、あたしはみんなの色んな昔話を聞かせてもらう。
BB部長とJJさんは、今の会社に入る前から一緒にいるんだそうだ。
横で見てると、能天気なボケ担当に無責任なツッコミ役二人って感じしかしないんだけど。言われて考えてみたら、それはそれで息ぴったりって気もする。
部長のダメ武勇伝を語る二人はとても楽しそうだから、ほんとは仲がいいんだろう。何だかうらやましい。


会社のビルが見えてきた。
四角四面のオフィスビルが建ち並ぶこの辺りの区画では、ダークウィズカンパニーはひときわ目立つ。巨大な「DWC」のロゴと王冠を模したマークが飾られた白い塔。あちこちに旗やら彫像やらがくっついた、賑やかな外観の建物だ。
テーマパークみたいなデザインなのは、世間的には一応おもちゃ会社だからだろうか。
個人的には、会社に来るとき迷わなくて済むのでとても助かっている。

J2さんがにやりと笑った。
「そういや知ってるか、新人?『ダークウィズカンパニーのダークな七不思議』」

「…ダークウィズカンパニーのダークな七不思議?」

「うちの会社のビルって、ほんとは今も未完成なんだそうだ。10年前の建設当時は、テーマパーク的な見た目を生かして、最上階は社外に開放して展望台やレストランを作る予定だったんだってさ。なのに突然工事が中止になって、作業員は全員追い出され、最上階はそのまま開かずの部屋になったらしい。中止の理由は、誰も知らない」
「へー」
あの辺だぜ、と、J1さんが指をさして、あたしは会社のビルを見上げる。
言われてみれば、タワーの最上部がそこだけぽっかり暗いような気がする。というか、立体的なDWCロゴの陰に隠れてよく見えない。
「…経営難で建設資金が続かなかったんですかね?」
「…自分の会社になんつーこと言うんだ、お前は」

「で、今は社長室のあるフロアが最上階ってことになってるんだけどな。たまーにそこで、あるはずのない『上』への階段を見つけちまうことがあるらしい」
「…………」
嫌だなあ、何だか怪談っぽくなってきたよ。ここ、一応外国なのに。
「登ってみるとそこは真っ暗。10年前に工事が止まったきりだから電気はつかないし、壁も床もないままだ。一面の暗闇の中を手探りで進んでいくと、空調の音に混ざってどこからともなく不気味な獣の唸り声が…――」
J2さんはそこで意味ありげに言葉を切り、気持ちの悪い声色でいかにも獣っぽい鳴きまねをしてみせた。そういう獣の役でも務まるんじゃないかってくらい、無駄に上手い。

「けっ…、獣ですか!?」
「そ。いるんだよ、人間じゃない『何か』が。獣っぽいのが。俺らが毎日仕事してる、その頭の上にな」
「帰ってきた社員は一人もいないってよ。全員そいつに見つかって、骨まで食われちまったそうだ」

「や、やめてくださいよ…ただの噂でしょ?あたしだって子供じゃないんだから、そんな話で怖がったりはしませんよ」
「怖くないなら、教えたっていいだろ。な、J1」
「な。これ、社員の間では有名な話だもんな」
JJさんたちはニヤニヤしている。
これから仕事に行く場所だってのに、朝から変なことを聞かせないでほしい。


…あれ?
ふと何かが引っかかって、あたしは首をかしげた。

ダークウィズカンパニーのダークな七不思議。それは、初めて聞いたけど。
今の話、ちょっと知ってた気がする。
暗い最上階に秘密の誰かがいる話。


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