第4章−4



……、目の前が真っ暗だ。
ひどく息苦しい。
あたし、何かに埋まってる。



ていうかこれ、ゴミか。ゴミ山で吹き飛ばされたんだし。
どうやらゴミの中に頭から突っ込んでしまったみたいだ。大分めりこんでる。
部長たちとストームワームさんはどうなったんだろ。
「む…むぐぐぐ」
ゴミ山のスケキヨみたいになったあたしがじたばたしながら腕で周囲を掻いていたとき、遠くでシュウの声がした。

「だけどさー!せっかくここまで来たのにさー!!しかも、一度は見つかったんだろ〜!?」
「いい加減諦めなさいよ、シュウ。もう日が暮れちゃうわ」
未練がましくしきりに何かを嘆くシュウ。それに、メグが呆れてる。
こちらに近づいてきた。

「…見るんだな。これ、誰かの足、なんだな」
「やめてよ、マック…。きっとマネキンよ。場所が場所だし…」

「……、…………!」
あたしが足をじたばたさせると、マックたちが驚いた声になった。
「動いたんだな!生きてるんだな!」
「やだ、大変!」
すぐにいくつもの小さな手があたしの足首を掴んだ。ぐいぐい引っぱってくれる。優しい子たちで助かるなあ。
「大丈夫ですかー?そーれ!」
「ぷはー!」
外から引っぱってもらえるおかげで、じりじり体が抜けていく。周りを埋める紙くずだのバナナの皮だのを泳ぐように掻き分けながら、あたしは何とかゴミから頭を引っこ抜くことができた。

あたしの顔を見たメグが、一気に冷たい目になった。
「…なんだ、アンタか」
「ど、どーもー。はははは…」

あたしの体が引っこ抜けるのと一緒に、ボール紙でできた箱がかたりとその場に転がった。
ひっくり返ってフタが取れ、中身が散らばる。
――メグに渡しそうになったところをJ1さんから取りあげて。シュウのカードの入った紙箱はそのまま、あたしが持っていたのだった。

「あー!あった!!」
シュウが素っ頓狂な声を上げて、さっとカードに飛びついた。
「これだよ、これこれ!探してたんだよね!あんがとね、したっちょ!!」
したっちょ?ってあたしのこと?
「っていうか、あああああちょっと待って!」

「えっ、何?」
シュウが不思議そうに聞いた。
拾い集めたカードを両手に持って扇形に広げ、にこにこ笑っている。
その邪気のなさに、あたしは怯む。
「そ、そのカードが欲しいなら、白いタリスポッドと交換して…」
「はいそこ!いい加減しつこい!」
間髪入れずにぴしりとメグチョップが入った。
「あぅ!だって!」
なおも食い下がろうとするあたしに、マックの穏やかな声がかけられる。
「…引き際が肝心、なんだな」

ふくよかな頬にえくぼが浮かぶ。マックさんが賢者の微笑であたしを見つめている。
まるで、全てを見通しているかのような。ちょっとお母さんみたいな。
あたしは吸い込まれるようにふらふらと頷いた。
「……、はい…」
マックさんの言う通りだ。引き際なのかもしれない。
部長たち、いなくなっちゃったし。ストームワームさんもやられちゃったし。ここにいるのはあたし一人だ。タリスポッドを持っているのは部長だから、レジェンズを出して戦うこともできない。
そしてシュウたち3人の後ろでは、巨大な白いウインドラゴンが腰に手を当てて立ち、じいっとあたしを見下ろしているのだった。
「よーう。さっきはよくもまー、くっさい中を散々追い回してくれたよなあ」
多勢に無勢。

シロンさんがニヤリと笑って言った。
「他のお仲間は、みーんな海まで飛ばされてったぞー」
「そ、そうですか…どうも、すいませんでした…」
うん。じゃ、ここは撤退だな。こういうのきっと、戦略的撤退って言うんだよね。
部長たちを探しに行こ。
あたしはへろへろしながら立ち上がり、体にくっついたゴミくずを払う。
ひとり能天気なシュウが、笑顔であたしの背中を叩いた。
「いっやぁ〜!!色々あったけどこれで一件落着だね!めでたしめでたしだね!ハイみんな、おつかれさーん!!」
眩しい笑顔を向けられて、あたしもつられて思わず答えた。
「お、おつかれさーん。…」
あたし、一応敵なんだけど、そういうことはどうでもいいんだろうか。
どうでもいいんだろうな。

全てがどうでもよさそうで、もうあたしのことを見てもいなくて、シュウは、スキップしながらあたしの横を軽やかに通り過ぎる。
マックとメグが呆れたようにシュウを追いかける。
「…シュウは、ベースボールカードが見つかったのが嬉しいだけなんだな」
「そりゃそーさ!だって、見ろよこれ!ゲッツが優勝したときのカードだよ!これがどれほど貴重なものか〜」
「そんなに大事なものなら、最初からちゃんとした所にしまっとけばいいでしょ!」
「はははは!ま〜いいからいいから〜」

友達二人に突っ込まれながら、シュウが笑って去っていく。
あたしはぼんやりその後姿を眺めた。任務は失敗したけど、これでよかったのかもしれない。
空気が動いて、風が流れる。…ゴミの臭いの風が。
ゴミ捨て場なので。




「なんだかなー、あいつは…、あいつ…。ほんとに風のサーガかぁ?」
シュウの姿を目で追いながら、シロンさんが低く呟いた。
「どうも今回、調子狂うんだよなー。なあ、どう思うよ…――」
そう言いながらシロンさんはこちらを振り向き、尋ねた相手があたしだったことに気が付いて、微妙な顔になった。
「…………」
「…………」
がさがさと音を立てていくつもの紙のゴミが舞い上がり、ちぎれて海へと飛んで行く。
暮れてゆく日に照らされて、シロンさんの巨大な体は地面に濃く長い影を落とす。
気まずい空気が漂った。

「…なーんであんたに聞いたんだろ、俺」
と、シロンさんが言った。
「さあ。……」
と、あたしは答えた。

今日も疲れた。


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