第4章−3


「ああっ、ぶちょーだー!」
「ぶちょー、いいところにー!」
J1さんとJ2さんが叫び、
「シュウ、マック!」
メグも叫んだ。
下では下で、同じタイミングで出くわしてしまった部長とシュウたちが互いに驚き合っている。
マックが部長を指差す。
「シュウ!この人、昨日追いかけてきた人なんだな?」

「あらー。えーと。今、どうなってるのかしら?」
部長は面食らったようにシュウたちを見て、山の上のあたしたちを見て、考えるのが面倒くさくなったのか、さっと紫色のタリスポッドを取り出した。読み取り機の付いた中央のくぼみにソウルドールをかちゃんと嵌めこみ、宙に向けて高く掲げる。
力強く叫んだ。
「リボーン、『ストームワーム』!!」
「えー、いきなりー!!?」

部長の掛け声とともに、タリスポッドが起動した。派手な光とともにホログラフィーが立ち上がり、ずるりと這い出て実体化する。
何だか、長い。
「み、…ミミズ?」
「…か、イモムシ?」
J1さんが言い、J2さんが言った。こっちに登ってきながら部長が説明する。
「ストームワームよ、ストームワーム!水のレジェンズです!」
それはいいけど、カードを探した意味がなくない?

「いーのよいーのよ細かいことは!さあ、ストームワーム!やっておしまい!」
「…………」
ストームワームは返事をしなかった。ゴブリンさんたちと違って、無口なレジェンズみたいだ。
でも、命令は聞こえたらしい。身もだえするような動きで長い体をしならせたかと思うと、頭の先が三方向にばっくり割れて、ぬるぬる光る突起状の吻口部がむき出しになった。
多分、攻撃の態勢だ。
子供たちが悲鳴を上げて逃げ出す。
「ぎゃー、きもちわるー!」

ずるずるずる。ずるずるずる。
ストームワームが逃げる子供たちを追いかけていく。
ぶるっともう一度身もだえすると、ホースのように長く伸びた口の先から濁った色の液体を大量に吐き出し始めた。
どばばばばばばばば。
どばばばばばばばば。

「な、何ですか、アレ。何か出してますよ!?」
溶解液でも吐くモンスターなんだろうか、と思って一瞬あたしはぎょっとしたが、幸いそういう種類の液体ではないらしい。
ないらしいが。
「いやー、何これ、くさーい!!」
メグが悲鳴を上げている。

そういえば、さっきより一段と悪臭が濃くなった。
ドブ水の臭い。
JJさんたちがげんなりしながら言った。
「汚水だ…汚水のレジェンズだ…」
「こんなとこで何つーモノを呼び出すんですか、部長…」
「知らないわよ、支給されただけだもん…ストームワーム!あっちー!あっちよー!!」
部長が口に手を当てて叫び、ストームワームが間違ってもこっちに来ないように、方向を指示する。

この場にジャストフィットなレジェンズではあるし、ストームワームさんには悪いけど、しかしもうちょっと爽やかなのを連れては来れなかったんだろうか。元々ゴミの臭いがきついところに、ドブの臭いの汚水が撒き散らされて、ゴミと汚水のカーニバル。

視界の端をふと白いものが横切った。
ネズミくらいの大きさの白い生き物が、自分の体よりも大きいタリスポッドを重そうにぶら下げながら一生懸命飛んでいく。
「ンガガガガ、ンガー」
推察するに『俺の出番だ』的なことを言ってそうな。シュウたちに合流するつもりなのだろう。
「あ!あそこ、ねずっちょが!」
部長たちがあたしの指差す先を見た。
「ほんとだ、ねずっちょが!…って、ねずっちょって何だ?」
「っていうかあいつ、タリスポッド持ってるじゃん!」
「よし、捕まえるのよ!」

「ンニャガッ!?」
追いかけてくるあたしたちに気付いたねずっちょが、ぎょっとした表情になった。
「ンガ…ンガ…!」
羽をパタパタさせながら急いでいるが、タリスポッドが重いのか、そんなに加速できてない。

すいません、シロンさん。でも、仕事だし。
シュウたちのところに行こうとしているのは知っている。目指す方向に見当をつけて斜めに走り、距離を縮める。
ふりふり揺れるねずっちょの尻尾の先に指がかするところまできた。
「捕まえたぁー!って、うわ!」
「ガガガー!!」
そのままガッとこっちに引っぱって握りしめたとき、前のめりになりすぎて、あたしは汚水でぬかるむ足元で思いっきり滑って転んだ。ゆるいゴミ山の傾斜をそのまま滑り落ちる。転んだはずみでシロンさんとタリスポッドが手から離れて、地面に放り出された。
地面に落ちたタリスポッドは、横倒しになって、あたしの手の届くほんの少し先をころころ転がっていく。
「ガ、ニャ、ニャッ!」
シロンさんの丸っちい体も、一緒になってボールみたいに弾みながら転がり落ちていく。

後ろの方で部長が怒鳴るのが聞こえた。
「ちょっと、!何やってるのよ!?」
「すいません、だって、滑るから!…あいたー」
よろよろと起き上がってタリスポッドを掴もうと手を伸ばしたとき、すごい勢いの足音と、どばどば言う音と、くさい臭いが近づいてくるのに気がついた。顔を上げると、茶色い水をどばどば吐き出すストームワームと、そこから逃げるシュウたちとが猛スピードでこっちに迫ってくるところだ。
嫌な感じに合流してしまった。

「これは、渡せないんだな!」
あたしが拾うより早く、走ってきたマックがさっとタリスポッドをかすめとる。
「シュウ!」
「お、おう!?」
シュウに放った。
シロンさんの体は、メグが拾い上げる。シロンさんは元気よくジャンプしてシュウの頭へ飛び移る。
「ガガ、ガガガガ!!」
マックが叫んだ。
「シュウ、何か、言ってるみたいなんだな!」
「ああそっか、あれだ!えーっとな、何だっけ、ええと!」

慌てるシュウを眺めながら、部長が鼻で笑った。
「バカねえ、あの子。昨日のことをもう忘れたのかしら。『リボーン』よ」
「そーだそーだ、えーと『リボーン』!」

「っていうか、部長」
「それ、教えちゃっていいんすか」
JJさんたちがぼそりと突っ込んだけど、もう遅かった。
シュウの手にしたタリスポッドから眩しい光と風が巻き起こる。

全身真っ白な羽毛に覆われた。
風切り羽のような耳が青くて、流れる空気にふるふる揺れてる。
ゴーグルつきの飛行帽がちょっとおしゃれな、金髪青目の、風の竜。
巨大な鳥に似た翼が大きく一回羽ばたいて、びしゃびしゃ迫り来るストームワームの汚水をきれいに吹き飛ばした。

「え、ええええええええええ!?」
メグとマックが耳をつんざく勢いで絶叫した。二人はこの変身、初めて見たのかもしれない。
さっきまでねずっちょだったとは思えない風格と親父くささで、シロンさんはこきこきと首を鳴らす。
「……、…うーん。んー。言いたいことは色々あるが、ま、後でいいわ。戦うぞ、風のサーガ!」
「…………」
ストームワームさんの動きが止まった。
頭を高く持ち上げ、シロンさんを睨むようにして細かく体を震わせる。途端、ぐらりと足元が揺れて、あたしはその場にひっくり返った。
「ぎゃー、何ー!?」
地面を突き破り、巨大な水柱が次々に吹き上がっていく。…ストームワームさんも本気だ。
「ほー、シフトエレメントか。…それくらいで俺に勝てると思ってんのか?」
シロンさんが強く羽ばたいて宙に舞い上がる。また風が強くなった。
いつの間にやら頭上の空は黒雲に覆われ、嵐が来たみたいに暗い。シロンさんの起こす風に煽られ、汚水のしぶきがばたばたと雨のように降り注ぐ。

「ほら、ぼーっとしない!こっちよ!」
急展開すぎてまごまごしていたら、部長に手を引っぱられた。あたしたちはいくつか山を越えて、少し離れたゴミの高台に避難する。

「うぇー、ぺっぺ」
気がついてみたら、転んだり汚水を浴びたりで、あたし一人が全身ドロドロだ。
J2さんがハンカチを出してあたしの顔を拭いてくれる。
「…頑張ってるのは分かるんだけどさあ。どうーも鈍くさいんだよなー、お前は」
「はい…」
むぐむぐと顔を拭かれながら、あたしは戦いの場の方へと目だけを向けた。

J1さんが自信なさそうに部長に聞いた。
「…勝てますかね?」
「うーん。なかなかいい勝負なんじゃないかし、ら…」
答える部長の声にも、何だか自信がない。

吹き上げる水柱の中、ストームワームさんは弾丸のような勢いで汚水を吹き出し、次々とシロンさんに浴びせかける。シロンさんは軽い身の動きでそれをかわしながら、残りを風で押し返す。
風に守られているせいで、ストームワームさんの攻撃はなかなかシロンさんに当たらない。
間近で見たときには、ストームワームさんの吐き出す汚水って、かすっただけで巻き込まれてどばどば溺れちゃいそうな勢いの攻撃だったけど。体の大きいシロンさんが的だと何かこう、当たらない水鉄砲を打ってるみたいな。
遠目にもじりじりと勢いが逆転していくのが分かった。
――風の方が強い。
攻撃をかいくぐって懐にもぐりこんだシロンさんが、ストームワームさんの首根っこをぐいっと掴んだ。一面に吹き上げていた水の勢いが、風に押されてかき消えた。

「…押し負けましたよ」
「ちょ…」

身もだえしながら懸命に風への抵抗を続けるストームワームは、手を離されて勢いよく汚水を撒き散らすホースそっくり、ぴちぴちしながらこっちに吹き飛ばされてくる。
向こうの空で、シロンさんが白い翼をいっぱいに広げるのが見えた。
「ウィングー…」
よく通る掛け声が響く。追い討ちをかける気まんまんだ。
「トルネーーードッ!!」

「またですかー!?」


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