第4章−2


その日、シュウたちの後をつけていたJJさんたちとあたしは、シュウが大切にしていたベースボールカードが間違って捨てられてしまったらしい、という情報を手に入れた。
「カードか、フフン。お子様だな」
シュウのような年頃の子供にとって、現金よりもそこらのおもちゃのコレクションの方が実感を伴って貴重なものだってのは往々にしてあることだ。100ドルで買い取る交渉は昨日失敗したけれど、そのベースボールカードを手に入れてタリスポッドとの交換を持ちかければ、シュウも取引に応じるに違いない。

と、いうことになった。会社で待機していた部長に報告し、了承をもらう。褒められた。そこまでは良かった。
しかしあたしたちがその地区のゴミを回収した収集車に追いついたときには、車は既に一日の作業を終えて市のセンターに帰ろうとしているところで、
「…え?もう、スッテントン島のゴミ集積場に行っちゃったんですか?」

――そんなこんなであたしたちは、ニューヨーク中のゴミが集まるこの人工島までやってきたのだった。
海が見える。ゴミ山の向こうに。
カモメが飛んでる。ゴミが餌なのかな。足元にはいっぱい糞が落ちている。
鼻をつく異臭の中、JJさん二人とあたしは力なく会話を交わす。
「うっわ。こーんな中から探すのかー…」
「『ベースボールカード』って、どのくらいの大きさなんですかね…」
「知らん。きっと、野球のだっさいメンコみたいなやつだろ…大体、こんくらいかな…」

「…………」
「…………」
「…………」

沈黙が落ちた。

「しょーがないじゃん!もう部長にやりますって言っちゃったんだから!!」
「あたしに怒鳴らないでくださいよっ!何の逆切れですか!」
J1さんがあたしに怒鳴り、あたしは思わず怒鳴り返す。
J2さんがゴミ山の上にしゃがみこみながらぼそりとつぶやいた。
「あー。不毛だー」

汚れた環境って、人心をすさませるね。

あたしたちはうなだれながら清掃車のタイヤの跡をたどって、最近積み上げられてそうなゴミ山を探した。シュウのベースボールカード…を含んだゴミたちは、運ばれてまだ数時間も経っていないはずだ。一番新しそうな辺りを探して、ゴミを漁る。

この仕事を頑張るって決めたばっかりなのに、いきなり心が折れそうだ。
これがレジェンズウォーを止めるためにあたしに与えられた試練なのだろうか。多分、違うんじゃないかと思う。

ゴミを掘る。ゴミを掘る。
なぜかバナナの皮が多い。
うえー、変な汁が染みて軍手がびちゃびちゃだー。

「お取替えします」
タイミングよく替えの軍手が差し出される。
顔を上げると、クリーム色の制服に身を包んだ総務さんがつぶらな瞳で微笑んでいた。
「あ、どうもです」
お礼を言って受け取る。総務さんは会釈して姿を消す。
少ししてから気が付いた。

え。
っていうか、何で総務さんがこんなところに。

慌ててゴミ山を滑り降りて、総務さんが消えて行った方を追いかけてみたけれど、人影はもうどこにも見当たらなかった。
あたしがぽかんとしていると、JJさんたちが背後で声を上げた。
「こらー、新人。さぼんなよー」
「は、はーい!」
変な人多いよなあ、この世界。

JJさんたちのところに戻ろうとしたとき、派手な色のチラシが数枚立て続けに目に入る。
ブルックリンブリッジの近くのお店のもののようだった。シュウのカードが捨てられたのと同じ地区のゴミかもしれない。
この辺を探してみようかな。

と、誰かと背中がぶつかった。
「きゃっ」
「てっ。すいません、…」
こんな場所にあたしたちの他にも人がいたのか。
謝りながらそっちに顔を向ける。ぶつかった相手と目があった。
ピンクのふわふわ髪をツインテールにした、青い瞳の女の子。
メグちゃんだ。
シュウの友達で、水のサーガ。

あたしは思わずうろたえる。
「ど、どうしてここに!?」
メグがあたしを見上げてにこりと笑った。
「お姉さんも探し物ですか?」
「…え、ええ」
「あたしもなんです。大変ですねえ、お互い」
「…………」
昨日、非常に望ましくない形で、あたしとメグは一度は顔を合わせているのだが、メグはあたしに気付いていないようだった。BBさんやJJさんのインパクトが強くて、その後ろにいたあたしのことまでは記憶に残っていないのかもしれない。

「何よシュウのヤツ…って、シュウってあたしの友達なんですけどね。ほったらかして何年も忘れてたような物のくせに、ちょっとなくなったら急ーに大騒ぎして。掃除だって全然手伝わなかったくせに。わっけわかんないわー」
半分ひとりごとみたいに、メグはぶつぶつ言っている。

そうか。シュウのベースボールカードを捨てちゃったのって、メグちゃんだったんだ。
それで、一人でこんなところまで。
まさかあたしも同じ物を探しているとは言えないので、あたしは足元のゴミをひっくり返しながら黙ってメグの愚痴を聞いている。
「全くもう…なーにが男のロマンよ。何であたしがこんなことしなくちゃいけないのよ!」
「…………」
怒ったようなメグの横顔を見ていたら、ほろりとしてきた。
こんなところでゴミを漁るの、仕事でやらされるのだって嫌なのに。シュウの大切にしているもののために、こんなに一生懸命になって。
メグちゃん、いい子だなあ。
思わずつけていた軍手を外して差し出す。
「汚れてるけど、使ってください…」
「いいんですか?」
「うん。替え、持ってるから」

メグが笑ってぺこりとあたしに頭を下げた。
「どうもありがとうございます」
頭を下げるのと一緒に、わたあめみたいなピンクの髪がふわふわ揺れる。
かわいいなあ。あたしもつられて微笑み返す。
「えへへへ…」
何となく笑ってたところで、あたしの手は、古びたボール紙の箱を掘り当てた。
軽く振ってみる。何か入っていそうだったのでフタを開けた。
中身は微妙な絵柄の古いメンコだった。…野球の。

あたしはフタを持ち上げたまま、中身をしばらく凝視した。
もしかして、これ…
「あーっ!」
固まっているあたしに気付いたメグが、横から大きな声を上げた。
「もしかして、それ!すいません、ちょっと見せてください!」
あーよかったー、と言いながらメグが箱の中身に手を伸ばしてくる。

自分の頭が急速に冷えていくのを感じた。
あたしはメグの動きをさりげなく遮って聞く。
「探してたベースボールカードって、これなんだ?」
「そうそう、そうなのー!…って、あれ?探してたのがベースボールカードだって、何であなたが知ってるの?」
「……、……」
意外とあっさり見つかった、ラッキー。
っていうか、こんなところで運がいいって、あたしってほんとしょうもないな。

戦利品を腕に抱えて、あたしはじりじりとメグから後ずさった。
「…どうしたんですか?」
あたしに距離をとられていることに気付いたメグが、微妙な表情になる。

あたしはごくりと唾を飲み込む。
長時間の不毛な作業のせいで、汗が背中をだらだら流れている。生ぬるい潮風が汗ばんだ肌にべたべたまとわりつくし、手袋はゴミの変な汁で湿ってるし、色んなことがげんなりする気分だった。
でも、あたしはダークウィズカンパニートイズの社員で、レジェンズ班の一員で、自分のスタート地点を信じてここの仕事を頑張るのだ。
なので、メグにはこう言わなければならない。
「……、しゅ…」
「しゅ??」

「――シュウゾウ・マツタニの白いタリスポッドと、このカードを交換してください。これは取引だ」


と、あたしは言った。緊張しすぎて最後の方ちょっと棒読みになってしまった。
メグが目を丸くする。
「はぁああ!?何言ってんの、いきなり!?」
「ごめん、メグちゃん。あたしが探してたのもこのカードなんです。…タリスポッドと交換して」

「っていうか、あなた!」
「あぅっ!!」
ばしっ!メグチョップでツッコミが入った。
「よく見たら昨日の縦ロールおばさんの一味じゃないの!!」
「っていうか、気付くの遅いよ!」

メグが強い口調になった。
「その箱、返してください!」
「い…嫌です!あたしが見つけたんだもん!あたしが見つけたんだもん!大事なことなので2回言いました!」
「子供か、アンタは!?いいから返して!」

言い争いの声に気付いたJJさんたちが、隣の山からこちらへ滑り降りてきた。
「ああっ、新人が小さな女の子にいじめられている…!」
「相変わらずなんて情けないヤツ…!」

「じぇ、J1さーん、J2さーん!」
あたしはJJさんたちに向かってぶんぶんと紙箱を振った。
「これ!見つけました、シュウのベースボールカード!!」
「ほんとか!」
「でかした!」
黒服の男二人が加勢し、あたしと一緒に小さなメグを取り囲む。一気に悪っぽい構図になる。

「はっはっは。探し物はこれかね、お嬢さん」
カードをぴらぴらさせながら、J1さんがにやりと笑った。
「返して欲しければ、白いタリスポッ」
「タリスポッドのことなんてあたしに言ってもしょうがないでしょ!シュウと話せば?」
遮られました。
「とにかく、それは返してください!それは、元々シュウのなの!」
相手が3人になっても、メグは全くひるまない。
右手を出しながらずいずいとこちらに詰め寄ってくる。
「いいから返して!かーえーしーて!」
「……………」
「……………」
詰め寄られたJJさんたちは、なぜか、後ずさった。
「じぇ、JJさん…3人がかりなのに、押されてどうするんですか…」
「いや…だってさあ…」
うわーもー頼りにならないー。加勢に来てくれたんじゃなかったのかよ。

「返してよ、ほら!!」
「あ、はい…そうですね…」
J1さんがふらふらメグにカードを渡しかけ、
「ちょっと、J1さん!」
あたしは思わずそれを横から奪い取り、入っていた箱に元通りしまい直す。
「か、返しません!シュウのタリスポッドと交換してください!これは、取引だ!」

「…おお、新人」
「結構、しっかり者」
JJさんたちから賞賛の呟きが上がる。あたしはちょっと胸を張る。当然です。


状況が膠着状態に陥るかと思われたそのとき、左と右から2台の集積車がやってきて、あたしたちの睨みあうゴミ山の下で止まった。
「乗せてくれてありがとねー、おっちゃん!」
「や〜、なんのなんのー」
ばたん。
右から来た車の助手席から二人の小学生が。

「乗せてくれてありがとねー、おっちゃん!」
「なんのようこはスケ番刑事よー」
ばたん。
左の車の助手席からは、縦ロールスーツ姿の女性が降り立つ。

…意外と部長は、シュウと気が合うタイプなのかもしれない。


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