第3章−5


窓から差し込む朝日がもろに顔に当たって、目が覚める。
一瞬自分がどこにいるのか迷った。

「…夢、か…」

まだ、夢だ。あたしは眠りについたときと同じ、ニューヨークブルックリンのワンルームアパートにいた。

これは、あたしがいつか見た物語の夢。
眠って起きて目が覚めたとき、夢は終わって、あたしの周囲は元通りの世界に戻っているのかもしれない。
そんな風にも考えてたけど、そういうことはないみたい。

朝日がやたらに目に眩しい、爽やか過ぎる朝だった。
窓にカーテンがないせいだ。後で買っておこうと思う。

部長とJJさんはあたしが寝ている間に帰ってしまったようだ。
少ない荷物は部長たちがほとんど整理してくれていて、部屋はきちんと片付いている。
逆さにしたダンボールの底をテーブル代わりにして、メモが置いてあった。
[サンドイッチを買って冷蔵庫に入れておきました。明日も元気で会社に来るのよ! BY BB]

置き手紙までもがあたしに優しかった。
っていうか、あたしってそんなに出社拒否しそうに見えたんだろうか。

あたしはきっと、部長たちのことを何も知らない。テレビで見た記憶では、漠然と「悪役だった」イメージしかない人たちだった。
もちろん昨日の行いは、十分色々悪役だったけど。
でも、会ったばかりの新人に、誰もがこんな風に親切にしてくれるわけじゃない。
お礼を言わなきゃ。
お礼を言って、――それからどうしよう?

沢山寝たおかげで、頭はすっきりしていた。窓を開けて薬品くさい空気を換気する。
体調が良くなったら、落ち込んでたのも治ったみたいだ。
昨日は殺風景に思えた、知らない部屋。けれど今は、がらんとした空間に朝の光がいっぱいに差し込んで、知らない部屋なりにあたしをちょっと一人暮らしの新生活みたいな気分にさせる。
そう、いつまでもこうなっちゃった事情を気にしていてもしょうがない。とりあえずこれがあたしの新しい生活で、さしあたっての問題は、これからあたしはどうしたらいいのか、だ。
部長が買っておいてくれたサンドイッチを食べながら、この世界に来て初めて、あたしはじっくり自分の今後について考えた。
「……………」

会社の始業は9時だっけ。
こうしていても夢から覚めないのなら、とりあえず、行かなくちゃ。




ダークウィズカンパニーのオフィス。
出社してきた部長とJJさんに、あたしは気合を入れて挨拶した。
「おはようございます!」

「おう、おはようー」
「何だ、元気そうじゃん」
「もう大丈夫みたいね、

「はい、おかげさまで!」
元気よく部長たちに返事しながら、あたしは心の中でこっそりシュウに謝った。
すいません、シュウさん。
は鬼になります。

悲しい未来で、泣くシュウを見た。あたしはそれが悲しくて、あの未来を止める役に立ちたくてここに来たのに、これから先のあたしはきっとシュウを沢山困らせてしまうのだろう。
それでも。
もう決めた。

あたしは部長たちに向かってぺこりと頭を下げる。
「皆さん、昨日はご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。あと、色々ありがとうございました」
この人たちの仲間になってしまうのが嫌で昨日はきちんと言えなかったけど、今日は言う。
素直に頭を下げたら、胸につかえてモヤモヤしていたものが消えていくのが分かった。
「――――これからは一生懸命頑張ります」

「あらら。最初は生意気かと思ったけど、アンタって子は意外と礼儀正しかったのねぇ」
「はい。考えを改めてみました」

昨日、BB部長はあたしに言った。例え目に見える形ではなくても、自分の仕事はどこかで必ず誰かを助け、何かの役に立っていると。

スピリチャルレジェンズたちが、取り立てて特別な力を持たないあたしを「投げかけられて波紋を生むための、ひとつの小石」としてこの世界に連れて来たのと、それは似ていた。
この世界で最初に会った人がスピリチャルレジェンズと同じことを言ったのは、偶然だろうか。それとも。

目に見える形ではなくても、役に立つ。どこかできっと。

だからあたしは、自分のスタート地点を信じて、この会社で自分にできる仕事を頑張ろうと思う。
直接はつながらなくても、目に見える形ではなくても。あたしがここにいることが波紋を生んで巡りめぐって、いつか遠くの方でシュウたちを助ける力のひとつになれたらいい。




っていう。まあ、願望だよね。

あたしのような入社したての下っ端が部長たちに逆らったところで、どうせ仕事をクビになるだけだし。その場合次にどうしたらいいのかっての、全然思いつかないから。現状に流されとく。

「ほれ、新人。あそこ」
「はい。あそこですね」
J2さんに促されて、あたしは机の上のラジカセを持ってくる。
「音楽!」
「ラジャー!」
2回目なのでもう驚かない。
電源にコンセントを差込み、再生ボタンをぱちりと押す。爽やかなオーケストラ演奏が流れ出した。
「ダークウィズカンパニー、社歌!」
部長がはきはきと叫んだ。
両手を後ろで組み、ぴしりと背筋を伸ばす。J1さんとJ2さんもそれに続く。

ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜

部長がぴっと右手を挙げた。
「ダークウィズカンパニーは!」
JJさんたちが同じポーズをとって、答える。
「子供のために!」

声高らかに3人が唱和する。
「ダークウィズカンパニーは、世界のために!」
「ダークウィズカンパニーは、未来のために!」
「ダークウィズカンパニーは、自分のために!」

ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜
じゃーん。

ぱちり。
演奏が終わったところで、あたしは手際よく停止ボタンを押してテープを止め、ラジカセを元の場所に片付けた。

「お前も早く覚えろよ、新人」
J1さんが言った。
「はい、そうします」
と、あたしは答えた。


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