第3章−3


怯えたようなシュウの声。
「り、リボー…ン?」

まるで辺りの風という風が、その一言を待ちわびていたかのようだった。
引き金が引かれる。一点に収束する。
「不良品のタリスポッド」から真っ白い何かが稲妻のように飛び出し、真っ青な空に鮮やかな軌跡を描いた。

ウインドラゴンだ。
見上げるほど高く舞い上がった後、次第に高度を下げ、ゆっくり翼を動かしながらシュウの隣に着地する。

どすん。
ただでさえ不安定だった足場が、巨大な竜の重みを受けて一気に斜めに傾いた。
「………、……!!」
翼の起こす風にはあおられるし、足場はぐらついて怖いし、あたしは鉄骨にしがみついたまましばらく声も出なかった。
生ゴブリンが生リボーンされた時点で充分びっくりしていた一行は、今度こそ水を打ったように静まり返った。

JJさんたちが息を呑む。
「う、うわー、でかー…」
「かっこいー、っていうか、怖っ…」

そんな周囲の状況などまさにどこ吹く風、といった雰囲気。
巨大な白い生き物は悠然と鼻先を空に向け、気持ちよさそうに目をつぶる。
茶色い飛行帽の耳あてが、そこから覗く金髪が、風に吹かれて揺れている。

「うぃ〜。ここはい〜い風が吹くじゃねーか…なあ、風のサーガ?」
「えっ、俺っ?」
シュウはガクガク震えながら、せわしなくシロンさんを見上げ、首を戻してあたしたちの方を確認し、またシロンさんを見上げた。
「俺なの…?今度のコイツは、俺のやつから出てきたの!?」
「そうだ。お前は風のサーガなのだ」
と、シロンさんが答える。
「か、かぜの、何だってー?何だよそれ、訳わかんね〜!」

シュウがいつまでも震えているので、シロンさんはイライラしたように舌打ちした。ドラゴンの舌打ち、初めて見た。
「チッ…お前、ほんとに風のサーガかぁ?」
言うなりいきなりシュウの襟首をくわえて持ち上げる。
「ひえー、お助けー!」
「ああっ」
「坊主が食われる…!」

「……、…ん?」
そうして辺りを見回す途中で、何かを思いついたらしい。
ウインドラゴンはシュウをぺちゃりと背中に放ると、ぐいっと長い首を伸ばして無遠慮にこちらを覗き込んで来た。
「あっれー?…アンタ、どっかで会ったことあるっけ?」
気さくな不良みたいな声で、シロンさんが聞いた。

――どっかで、会ったこと?

忘れた何かを思い出そうとしているかのように、シロンさんは切れ長の目を細くしながらじろじろとあたしたちを眺めている。
言動はやたら気さくだけど、その外見はドラゴンらしく神秘的だ。
ビッグサイズの瞳は深く澄み切った青色をして、空を映した鏡がそのままはめこまれているかのような不思議な美しさがあった。どんな人間とも違う、鮮やかでとらえどころのない青。

あたしは、会ったことがある。レジェンズキングダムで、カネルド・ウインドラゴンと。
それはこことは違う場所、こことは違う未来での、シロンさんとはちょっと違うウインドラゴンの話だけど、ウインドラゴンは流れる風の全てを知ってる生き物なのだとあたしは聞いた。
だからもしかしたら。

「あの、も」
あたしが何か言うより早く、シロンさんに鼻先まで迫られてる部長がすごい勢いで悲鳴を上げた。
「ひーっ、お化けー!ないわよ、会ったことなんて、ないない!!」
JJさんたちが抱き合って震えながら突っ込んだ。
「いや、部長。お化けって…今更…?」
「そこは、ゴブリン出ちゃった時点で気付こうよ…」



「……んー。そうだよな、気のせいか」
深い意味があって聞いた訳でもないらしい。シロンさんはふうっと息をつくと、あっさり首を引っ込めた。
「うーん。おっかしいなー。なーんか今回、調子狂うよなー」
ぽりぽり頭をかいている。

部長がバッと腕で辺りを払った。
「ええーい!とにかくゴブリーン!やっておしまい!!」
いつまでも気圧されたままでいない辺り、やっぱりこの人には悪の女首領的な風格が備わってると思う。やられキャラの。
「お、おお!!」
ゴブリンさんたちがあわてて石斧を構えなおす。
シロンさんがめんどくさそうな顔になった。
「…あー、はいはい。戦うのねー。よしじゃー行くぞー、風のサーガ」
「え、行く!?どこへ行くんですか!?」
シュウには答えず、力強い足が鉄骨を蹴った。広告塔はまた派手に揺れた。
ウインドラゴンはあっという間に手の届かない場所へ舞い上がる。

「うわ、飛んだ」
「キーッ、こっちも飛ぶのよ、ゴブリン!」
「それは無茶でしょ、部長!」

真っ青な空に浮かぶ、真っ白いシルエット。
シロンさんがあたしたちを見下ろしている。
大きく広げられた翼が、無数の風をまといながらぐぐっとたわむのが見えた。

「ウィーング…」
うわあ、嫌な予感がする。あのアクションは確か、ウインドラゴン定番の必殺技。
「…トルネーード!!」

翼が羽ばたき、一気に空気が冷えた。
次の瞬間、渦巻く風の塊が津波のように押し寄せる。
飲み込まれるあたしたちには避ける暇も逃げる場所もなかった。
「ぎゃー」
「わぁー」
「ひぃー」
眼前のゴブリンさんたちが、木の葉のように次々巻き上げられていく。

「部長、JJさん、伏せてー!って無駄かあー!」
あたしは鉄骨にへばりつきながら叫ぶ。
言ってる側から、自分の体があっけなく浮き上がるのが分かった。

「ゴ、ゴブリンじゃー、ダメだったですかね…?」
「っていうかあのレジェンズ、強すぎです…」



その日、シュウの許に風がやってきた。
翼を広げ、鳥のように。風はこの街を走り抜け、大空高くへと―――

あたしたちは飛ばされる。


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