第3章−2


あたしの名前は
自分でもよく分からないうちにBB&JJさんトリオの部下になってた、とりあえずダークウィズカンパニーの新入社員です。
「わーー、待ってえええー」
今は、シュウを追いかける部長たちを追いかけて、半泣きになりながら走っているところだ。



子供ならではのフットワークの軽さで、シュウはジグザグに曲がりながら裏路地を抜け、塀を乗り越え、ビルとビルの隙間に突っ込んでいく。
「チッ…何てすばしっこいの!どこへ行った!?」
「あそこです、部長!」
「うわっ。あいつ、あんなところに…!」
成功報酬に目が眩んだBB部長とJJさんが、外見に似合わない敏捷さでそれを追いかける。それを、あたしが追いかける。

「うわっ。みんな、あんなところに…」
ようやく追いついた。
屋上いっぱいの大きさの『M』の字の広告塔をくっつけた、この辺では一番高いビル。そのてっぺんで、広告の鉄骨の間をうろうろしているシュウらしき人影が見えた。
部長たちがそれに追いつこうとして、縦一列になって排水パイプを伝い、ビルの外壁をよじ登っている。

パイプをよじ登る三人を下から見上げ、あたしは途方にくれて声を上げた。
「そ…そこを登るんですかあああ!?」

「そうよー、!ついてらっしゃーい!」
「頑張れよー、新人ー」
「この仕事、基本は肉体労働だからなー」

す…好きでこんな職場に配属されたわけじゃないんだけど…
仕方がないのであたしも真似してパイプをよじ登る。
屋上にたどり着いた部長たちは、さらにそこに設置された広告の上にまで登って、シュウを追い詰めていく。
「フフフ…ここまで来たらどこにも逃げ場はないわよ、ボウヤ。そのタリスポッドを渡しなさーい?」

ああ、頭上から部長たちの不穏な会話が聞こえる。

「少し脅かしてやるわ。…そういえば、支給品があったのよね。せっかくだから使ってみようかしら」
「あー。こっちのタリスポッドですか?」
「使うって、どうやってです」
「さあ?きっと何か、特別おっかない映像とか出るんじゃない?」

「ま、待ってください、部長…!お願いだから、子供に危ないことは…!」
がしゃがしゃと最後の数メートルを這い登ったあたしがひぃひぃ言いながら部長たちの足元に顔を出したのと、
「…リボーン、『ゴブリーン』?」
部長が気のない声で言いながら紫色のタリスポッドを掲げたのがほとんど同時だった。
キュイーン、といういかにもな効果音と共に、眩しい光があたりを照らす。

ダークウィズカンパニーが売っている商品としてのタリスポッドも、きっとこんな感じなんだろう。音と一緒に派手な光と、モンスターのホログラムが現れる。見た目華やかな、楽しいおもちゃ。
しかし部長の持っているのはおもちゃじゃなくて「本物」だ。
光の中から生まれたホログラムはぐんぐんリアルさを増し、複雑な陰影を帯び、みるみるうちに質量を感じられるほどにリアルな『何か』になって、次々に飛び出し鉄骨の上に着地した。

人の膝上くらいの背丈の、目つきの悪い小人の群れ。
手に手に石斧を持っている。
がしゃーん。
がしゃーん。
もともと人が乗るような作りでもない広告塔はその衝撃にぎしぎし揺れる。

「ひえええええええええええええ!!?」
その場の全員が悲鳴を上げた。

「うわっ、出た!」
「何か出た!」
「な、なるほど…『本物の』ソウルドールって、こういうことだったのね…」



あたしはそろそろと鉄骨を登りきって、J1さんの横にはいつくばった。…とても立てないです。
川向こうには遠くニューヨークの摩天楼が見える。
この辺では一番高いビルの屋上の、さらにその広告の鉄塔上。視界をさえぎるものも、自分の体を支えてくれそうなものも、360度何もない。
くらくらするほどの高さ、その細い鉄骨の足場の真向かいで、シュウはゴブリンたちに取り囲まれ、涙目になってへたり込んでいた。
「ひえええ、な、なんだよこれ〜〜」
JJさんたちが思わず謝る。
「ご、ごめんな、ボウヤ…」
「これには俺らもちょっと、びっくりしたわ…」

そんな辺りをつんざいて、甲高くて能天気な声が叫んだ。
「おほほほほほ!びっくりしたけどまあいいわ、これは使える!さすが『本物』は違うわね!」
BB部長だ。
一瞬で驚愕から立ち直り、それどころか前よりノリノリになっている。
「さあお行き、『ゴブリン』!あの子供からタリスポッドを奪うのよー!」

「む…それが命令?」
「よしおっけー!」
「あー、シャバの空気はひさしぶりー!」
ゴブリンさんたちもノリノリでそれに答えて石斧を振りかざす。

「ぶ、部長…何て順応性…」
レジェンズのことを何となく知ってたあたしでも、生リボーンにびっくりしてるのに。
JJさんたちがぼそぼそと呟いた。
「まあ、あの人はああいうとこしか取り柄ないから…」
「何も考えてない人って、幸せそうだよね…」

「おほっほほほほ!大人しくそのタリスポッドを渡さないと、この凶暴なレジェンズ『ゴブリン』があなたの脳みそカチ割るわよ〜!!」
部長はさらに調子に乗って、高笑いを決めながら追い詰められたシュウを指差す。すっかり悪の女首魁といった風格だ。
「わ、渡します!コレが欲しいんなら渡しますったら〜!!」
シュウが半泣きになりながら、白いタリスポッドをこちらに放りなげた。
とたんに理不尽な風が吹いた。
しゅるしゅるしゅる。変な糸でも付いてるみたいに、タリスポッドは放り投げられたときと逆方向へ放物線を描き、シュウの手の中にあっさりと押し戻される。
部長が怒鳴った。
「なーにをしてるのっ!?早くお渡しっ!」
「いや〜渡したいんですがね!!何だろ、急に変な…風が…」
シュウはぶんぶんと腕を振り回して何度か試すが、白いタリスポッドはその度に風に流され、うまく投げることができない。吹き渡るその風は、まるで主以外の手に渡ることを拒むかのようにタリスポッドをシュウの方へと放り戻すのだ。
「何だこれ。風が、風が…あははは、は…?」

「風…、…!?」
はっと思い当たって、あたしは、空を見上げた。




そこかしこにのんびりと浮かんでいた雲はいつの間にか残らず吹き散らされていた。
一番高いビルの上。見上げる空はびっくりするくらい青く近く、あたしたちはまるで巨大な青いレンズの中にいるみたいだった。頭上の青はどこまでも澄み渡り、いっぱいにパノラマで広がる。
怖いくらいに晴れた空。目には見えない何かを孕んで。

シュウに向かって、風が吹いてる。




多分、「その時」が来たのだ。今。
まさか自分がこんな瞬間に立ち会うことになるなんて、それも、よりによってJJさんたちの隣で。
元の世界にいたときは、想像したこともなかったです。


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