第2章−4


あたしはぼんやり目を開ける。天井が見えた。
さっきと同じ、ダークウィズカンパニーのオフィスだった。
光のレジェンズたちの姿は消えている。「最後の仕上げ」が終わったから、もうどこかへ去ったのだろう。

「おーい、大丈夫かー、新人ー」
「大丈夫かー?」
J1さんとJ2さんが下敷きであたしの顔をあおいでいてくれていた。
「しかし随分と自分ツッコミの激しい新人だな、新人。道具まで用意しちゃって」
「ていうか、自分で入れたツッコミで気絶するって。自己アピールの方法、間違えてるぞ、新人」

状況についていけてないあたしは、もうろうとしたまま、とりあえず謝った。
「はい…すみませんでした…」

さっきの会話も頭に落ちてきたタライも、全部あたしの一人芝居だと思ったんだろう。BBさんたちにはあの精霊たちが見えてなかったみたいだったから。
自己アピールか。
まあ、そういう言い訳ができる状況でよかったけどさ。

BB部長は、タライを抱えてオフィスを歩き回っている。置き場に困っているみたいだ。
「全く、おかしな子が来たもんだわ。どこでボケたんだか分からないツッコミだから、いまいち乗り切れなかったわよ…」
「はい…すみませんでした…」
部長にも謝る。
すると部長は笑顔であたしを振り返り、ぐっ!と親指を立てた。
「まあでも、笑いに勢いがあるって大事よね!面白かったから、よし!」

「あ…あたしは別に、笑いを目指したつもりじゃなかったんですが…」
何事も第一印象が肝心だというのに、初っ端からあたしというキャラを誤解されてしまった気が、激しくした。



部長がぱんぱんと両手を叩いてあたしたちを整列させる。
「はーい、じゃーみんな集合してー。新しい任務を説明するわよー」

JJさんたちの横に並ぼうとしたら、J2さんがちょいちょいと顎であたしを促した。
「…ほれ、新人。あそこ」
「…はい。あそこですか?」
あたしは言われるままに、机の上のラジカセを持ってくる。
こういう雑用が回ってくるあたり、いかにも新入社員って感じがする。

「音楽、スタート!」
「ら、ラジャー!」
電源を探してコードを差込み、再生ボタンをぱちりと押す。爽やかなオーケストラ演奏が流れ出した。
「ダークウィズカンパニー、社歌!」
部長がはきはきと叫んだ。
両手を後ろで組み、ぴしりと背筋を伸ばす。J1さんとJ2さんもそれに続く。

ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜

部長がぴっと右手を挙げた。
「ダークウィズカンパニーは!」
JJさんたちが同じポーズをとって、答える。
「子供のために!」

声高らかに3人が唱和する。
「ダークウィズカンパニーは、世界のために!」
「ダークウィズカンパニーは、未来のために!」
「ダークウィズカンパニーは、自分のために!」

ちゃらーらーら〜
ちゃらーらーら〜
じゃーん。

何だろ、この雰囲気…音楽こそ爽やかだけど、いかにも悪の秘密結社的な…でもよく聞くと何気にいいこと言ってるような…
とりあえずみんなのポーズを真似しながら、あたしは聞いた。
「…社訓ですか、これ?」

部長が得意そうに腕組みする。
「そうよー。気合が入るでしょ?」
「お前も早く覚えろよ、新人」
と、J1さんが言った。

ほれ、と、J2さんがまたあたしを顎で促す。
それで、あたしは電源コードを抜いて、ラジカセを元通りの場所に戻した。

…ていうか今の、歌まで流してやる意味あるの?
気合を入れるための儀式みたいなものだろうか。
スピリチャルレジェンズも相当妙な人たちだったけど、この人たちのノリについても漠然とした不安を覚える。あたし、ついていけるかな。



ラジカセを片付けてから、あたしはJJさんたちの横に並び直す。
さっきの歌にはやっぱり特に意味はなかったみたいで、部長の話はここからが本題らしい。
「我々4名は、これからある不良品のタリスポッドの回収に向かいます」

「不良品の回収??」
J1さんとJ2さんが顔を見合わせる。
「…そういうのって、お客様係の担当なんじゃないすかね」
「自分で言うのもなんだけど、クレーム処理ってキャラじゃないよね、俺ら」

「そこ!説明する前からグチグチ言わない!何でもこの回収は、社運のかかった超・重要・極秘任務らしいわ」
部長はつかつかとデスクの後ろに回り、ガッ!と引き出しを開く。
中から何かを取り出した。
「特別支給品もあったのよ、見よ!このソウルドールに!このタリスポッド!」
印籠みたいに掲げる。
水晶型のきらきらした緑色の石。
アイスクリームのコーンみたいな紫色の物体。
「これは、世界に81種存在すると言われる『本物の』ソウルドールのひとつ、『ゴブリン』よ!そしてこのタリスポッドは、『本物の』ソウルドールをリボーンするための『本物の』タリスポッド!」

「本物の…?」
J1さんとJ2さんが再び顔を見合わせた。
「…そりゃー、うちが作ってんなら本物なんじゃないですか」
「最近パチモン多いらしいよね。ダックマインドカンパニー、だったっけ」

そういやここ、そういうおもちゃの会社だった。

意気の上がらないJJさんたちにつられて、BB部長も釈然としない表情になった。
「ま、そうなのよねー」
溜息をついて、紫色のタリスポッドを振っている。シャカシャカ軽い音がした。
「総務に渡されはしたけどさあ。うちの純正品って言ったって、こんなおもちゃをどう任務に使えってのかしら…、どうしたの?」
「いえ、別に…何だかちょっと、眩暈がしただけです…」
あたしは弱々しく言い訳しながらデスクに片手を突き、何とか体を支えた。
動揺は隠し切れない。

「今度はもっと遡る」って、ボス精霊が言ってたけど。
部長の説明のおかげで、自分が今どの辺のマスにいるのか段々分かってきた。
今日から始まる新しい任務が、タリスポッドの回収。
そのために持っていくレジェンズが「ゴブリン」。

ということはつまり、ウインドラゴンと風のサーガが出会い物語が始まる、まさにその場所に、あたしは今、いる。

「ま、これをわざわざ使う機会もないと思うのよね。その回収相手って、子供だし。ちょっと声をかけて50ドルも出せば、子供にはいいお小遣いでしょ、すぐに渡してくれるわよ。で、それを上に引き渡せば、あたしたちの任務は終了ってわけ」
「…なーんだ。超・重要・極秘任務って割に、随分簡単そうですね」
「俺らにしてはおいしい仕事が回ってきましたね、部長」
「でしょー。成功報酬もあるそうよ、それも、破格の!」
「おおー!」
「さすが超・重要・極秘任務!」
成功報酬、という言葉に、オフィスは一気に色めきたつ。

「目的地はブルックリン101小学校。放課後、帰宅するターゲットを待ち伏せして交渉開始よ」
部長は資料のファイルの中から一枚の写真を取り出した。
「回収相手はこの少年。名前はシュウ・マツタニよ。皆、この顔をよく覚えておくようにね!」

写真の中で、野球のバットを担いだ黒髪の少年が笑っていた。
もちろん見覚えがある。さっきの夢で、あたしが会った男の子。



――あたしはどうやら、これからシュウたちを襲撃に行くっぽい。
そういうことに、なるっぽい。
ある意味、レジェンズキングダムに放り出されたときよりも途方にくれる状況かもしれなかった。


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