第2章−2


ブルックリンのオフィス街に爽やかな朝日が射す。
レジェンズ世界に新しい朝が来る。
はじまりの朝。

今日は緊張の出社一日目。
身だしなみを確認し、スカートのチャックが開いてないか確認してから、あたしはぴしりと背筋を伸ばす。何事も第一印象が肝心だ。
腰を直角に折って深々と頭を下げ、今日からあたしの上司になる人に元気よく挨拶する。
「おはようございますっ、はじめまして!本日付でダークウィズカンパニートイズ第三事業部、レジェンズ班所属となりました、新入社員のです!よろしくお願いしま…ってえええええええええ!!?」

挨拶の途中で、あたしは、自分で自分の喋った内容につんのめりそうになった。
何を名乗ってんの、あたし?
っていうか、何やってんの??
出社一日目の朝?ってどういうこと???


――ダークウィズカンパニーの新入社員?
――レジェンズ班所属?


あたしが…?


我に返って辺りを見回す。
最初の夢ともさっきまで見ていた夢とも違う、あたしは知らない場所にいた。
多分どこかの会社の…っていうかここダークウィズカンパニーなのか、その、オフィスらしき部屋。

「自分の自己紹介に自分でびっくりするって。珍しい子ねえ…」

管理職のデスクの向こうから、呆れた声がそう言った。
座っているのがあたしの上司。
紫がかった髪をくるくるいくつもの縦ロールにまとめた髪型をしていて、化粧は濃いけど、けっこう美人だ。
綺麗なピンクのアイシャドウでふちどられた大きな目。ぱちぱちとまばたきしながら、面食らったようにあたしを眺めている。
美人の後ろには、黒いスーツに黒サングラスで身を固めた男性が左右に一人づつ控えている。
やせてひょろりと背が高いのが一人、相方よりは背が低くてその分がっしりした体つきのがもう一人。

「まあよろしくね。BBよ」
美人が名乗り、
「J1だ、よろしくな」
「J2だ。二人合わせて、JJ、と呼んでくれてもいいぞ」
黒サングラスの二人が名乗った。

「…BB…J1に、J2…」
穴の開くほど3人を見つめながら、あたしは自分が置かれた状況を理解しようと努力する。

最初にあたしが飛ばされたのは、レジェンズウォーが始まってしまった後の世界、レジェンズキングダムだった。
「投入するのが遅すぎた」せいで、あたしは何の役にも立てなかった。
だから「今度はもっと遡る」。
確かシルフはそう言った、つまり。
――ここがあたしのスタート地点なんだ。

うん。
どうして自分が突然こんなとこにいるのかは、まあ、そういうことで納得できる。
だけど、根本的で巨大な疑問がひとつある。

「一体、どうして…」
戸惑いながら一歩後ずさったとき、視界が一瞬歪んで、幻のように輝く精霊たちの姿がうっすら見えた。
心配そうにあたしを見守っている。やはり、あたしをここに送り込んだのは彼らの仕業なのだろう。
「ねえ、ちょっと!」
あたしは思わず食ってかかった。
「ダークウィズカンパニーって敵の会社じゃなかったっけ!?敵よね、悪の敵だよね!?よりにもよって何で、ここからスタートなの!?」

エルフがあたしの顔の近くに飛んできて、苦笑しながら手を振った。
『やだなあ、ったらー。そんな大きな声でメタなこと言わないの〜』
「でも、だって!」
『…………』
あたしの疑問に真面目に答える気はないらしい。
精霊たちは柔らかな光に包まれながら、のほほんと顔を見合わせる。
『あ、そうだ。アレ、忘れてた』
思いついたようにパンが言った。

『あ。そだね、忘れてたね』
『最後の仕上げには、アレー』
『アレがないとー』
アレって一体なんだろう。
訝しむあたしをよそに、精霊たちは気の抜けた声で話し合いながらわさわさと準備を始める。
するするする。どこからともなく赤くて怪しいヒモが降りてきた。

『そ〜れ〜』
のんきな掛け声と共に、ボス精霊がヒモを引っぱる。

ごいーん!!
脈絡もなくあたしの頭に振ってきたのは、金ダライ。
「ぎゃー!!」
避けようもなくあたしは床に突っ伏し、――ウインドラゴンほど頑丈な頭蓋を持たないあたしの意識は、そのまま暗転した。


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