第14章−5


何だか微妙な夢を見た。

「…自分がほんとはまだ高校生なんじゃないか。っていう、夢」
あたしは言って、体を伸ばしてあくびした。
「本当はまだ会社勤めとかしてるはずないし。家も全然、どこか別の世界にあるの…そういう、夢」

J1さんがふふんと笑った。
「現実逃避か、新人。もう、就職して結構経つじゃん」
「ね。もう結構な長いこと、ダークウィズカンパニーの社員をやってるのにね」
これが部長の言う、学生気分が抜けてないってやつだろうか。
「お前はちょくちょく夢にこだわるなあ。ラーメンの次は、高校生かー」
と、J2さんも笑った。
二人揃って今日は何だか暇そうだ。あたしも向かいのソファに座って、皆で一緒にお茶を飲む。

「でも、ちょっと分かるな。そういうのあるかも」
「学生時代の気楽なあの頃に戻りたいんだよなー。ちょっと仕事に慣れてきたくらいの頃は、逆になー」
「ええ、多分、そういうのなんでしょうね…」
のんびりとそんな会話になる。
相槌を打ちながら、辻褄が合わなくて、あたしはひどくあやふやな気分だった。
「気楽な昔に戻りたい…こんなのきっと、よくある話…」
辻褄が合わない。
これは何だか、変な会話だ。
携帯扇風機部のあたしが、どうしてレジェンズ班のオフィスにいるんだろう。

違う、そうじゃない、と言うべき何かをあたしは確か持っていたはずで、けれどかすかな残滓を探ろうとすればするほど記憶の中の輪郭は端から溶けて失われていく。すくいきれずに滑り落ちていく感覚だけが残る。
寝ぼけながらぐるんと目が回って、半回転くらいで止まった感覚があって、――朝が来ている明るさに、完全に目を覚ます。
昨日と変わっていない世界がそこにあった。
ニューヨーク市ブルックリン区、一人暮らしのあたしのアパート。
休暇の日の朝。

「夢…、…何??」
頭を抱えて、あたしは呻いた。
こんがらがって酔いそう。

随分時間が経った後、深呼吸して起き上がる。
ゆっくりと首を回して、辺りを確認する。

いつも通りのあたしの部屋。
ベッドの横には社長にもらったキングサイズの2枚のお布団が広げてある。
ズオウくんの寝床だ。お腹に毛布をかけたズオウくんが、布団の上でこてんと仰向けになって、じいっと目をつぶっていた。

「…………、……」
眠っているにしては様子が変で、時々、むずむず動きたくなるのを意識して押さえているようなしぐさを見せる。
朝は良く、こんな感じになってる。
多分とっくに起きているんだろう。ズオウくんの中では、あたしが声をかけるまでは目をつぶってじっと寝ているようにしているべきだ、という行動ルールになっているらしい。
そんなこんなをぼんやり観察しているうちに、寝ぼけた頭も、段々と混乱から立ち直ってくる。

一生懸命にじっとしている寝姿を眺めて、あたしは申し訳なくなった。
真面目な子なんだよなあ。
一応、こっちが面倒を見ているつもりなんだけど、逆にものすごく気を遣わせちゃってる。

「おはよう、ズオウくん」
声をかける。待ちかねていたのだろう、ぱっと目が開いた。
「おはよう、ナナミ!」
「…ちゃんと眠れた?」
「うん、眠れた。僕、レジェンズだから。寝なくても平気!」
「そう。ええと。どっちなんだろ…」

我慢させちゃってるなあ、と、改めて思う。
メグを守ろうとする強烈な言動に振り回されて気が付かなかったけど、ズオウくんって、すごく周りに気を遣うのだ。そして、気を遣っていることを隠すのが下手。

「今日の予定を覚えてますか、ズオウくん」
あたしは言って、体を伸ばしてあくびした。
それにしても、何だか微妙な…嫌な感じの残る寝覚めだった。
「あい!」
ズオウくんが張り切って拳を振り上げる。
「練習!メグの練習、する!!」
とっくの昔に起きていたズオウくんは、朝からやる気満々だ。その勢いに思わず笑ってしまって、あたしの中の眠気も、眠気と一緒にあった何かも、吹き飛ばされるみたいに消えていった。
「うん、まあ、そうだね!ダンディーに電話するからちょい待って〜」


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