第14章−3


ゴブリンさんにダンディーが帰ってきた話をしたら、一緒に開店祝いに行こうって。

「こういうときは、ちょっとお高い花を贈るもんなんだぜ。知り合いとしてな」
事務員姿のゴブリンさんが、世慣れた感じに教えてくれる。
「飲食店かー。この辺だったら相場はどれくらいかな。出し合って、何か買ってこうや」
「いいですねぇ」

お財布の中身を確認してから、用心深くあたしは聞いた。
「…今いる頭数で割るよね?」
ゴブリンさんってさ。
実は、集団でリボーンされてるくちなんだよね。

ゴブリンさんが…正確に言うと、ゴブリンさんたちの群れが、あたしと同じくらい用心深くこっちを見返してくる。
「んんーそこは折半じゃないかなー」
一人がいかにもさりげなく言った。
「だよねー。値段の半分、俺らが払って、残りの半分、が払う」

「えーっ!あたしだけ損じゃん。ゴブリンさんたち、何人いるの!?頭数で割ろうよ!」
「逆にそれやったら、俺らと比べての負担がすっげー少ないよね!?ずるくない!?」

ちょっと揉めました。
あたしたち、ダークウィズカンパニー・ちっちゃいものクラブだから。器が。




奥まった路地。レンガ造りの建物の壁から、緑色の看板が突き出ている。
にょきっと突き出たワニの下半身(結構大きい)という斬新なデザイン。

ゴブリンさんたちとあたしは、わらわら戸口の階段辺りに集まって、巻き上がった太いワニ尻尾を見上げた。
横にネオンで店名が書いてある。まだ明るいから、電気はついてない。
「ワニの穴…ダンディーズカフェ」
「変わったお店の名前だねえ」
「ま、ここで間違いないな」

「ダンディー!お祝いに来たよーーー!!」
「ちぃーーーーーーっす!」
からころ戸口の鈴が鳴る。
明るさを抑えた照明、店内はしっとりとした雰囲気だ。

「いらっしゃ〜い」
バーテンの格好をしたダンディーがカウンターの中で笑っていた。

「わー。ダンディーが服着てる!」
「いや、今までも着てただろ?」
上半身は裸だったじゃんね。
ぱりっとしたシャツに、光沢のある黒いベスト。お金持ってるだけあって、いいもん着てんなあ。緑のワニ肌に蝶ネクタイの赤い色がよく映える。

「これ!開店のお祝い!」
持って来た鉢植えをカウンターに載せる。
結局ゴブリンさんが少し多めに出してくれることで妥協した、お高いお花です。
「おやまあ。わざわざ花まで、ありがとな」
「皆で奮発したんだよー。大事に飾ってね」
ゴブリンさんが念を押した。
より俺らが多く出してるから。半分より、多く出してるからね?」
「ははは。そりゃ、どうも〜」

ダンディーがカウンターから出てきて、飾る場所を考えてくれる。
バーも兼ねてるお店なのか、カウンターの後ろの棚にはお酒のボトルとグラスがいっぱい並んでいるし、お洒落なオブジェが既にいくつか、そこかしこに飾られている。
他の物とのバランスを見ながら、鉢植えは入り口からも見えるテーブル席の端の方に納まった。

「それにしてもこのお店、随分静かなところにあるんだね。お客さんは来るの?」
「時間帯によるかな」
ダンディーが伸びをする。
「それに、言ったろ。俺はここを、レジェンズたちがくつろげる、隠れ家的なお店にしたいわけ。賑わなくても構わねえよ。金儲けたいわけじゃないからね」
ゴブリンさんが冷やかし気味の半目になった。
「ちょっと聞いたー?今、現代の石油王が何て言ったか聞いたー?」
「ねーっ?あたしも一度言ってみたいよ。『賑わなくても構わねえよ…。金、儲けたいわけじゃないからね。フッ…』」
「そんな風には言ってねえだろ!ちゃかすなよ、お前ら」

再びカウンターの中に戻ったダンディーは、両手を突いて自分の城を見渡し、目を細くした。
「そうさなあ。周りのレジェンズに、こういう店もあるよって、声かけといてくれたら嬉しいかな」
「あたし、今、他のレジェンズとあんまり会わない部署なんだよね…。見かけたら、そうするよ」

「何だよ。お前、仕事変わったの?」
「そう。ダンディーが退社した…ちょい後かな。レジェンズ班から外されたんだ。今、内勤」
「窓際なんだよな。きっついとこに飛ばされたよな、若いのに」
ゴブリンさんがしんみりフォローしてくれるから、今更になって、普段忘れていた溜息が出た。
「ほんと…最初はどうなることかと思ったけどね。最近は、結構慣れてきちゃったよー」
ダンディーと別れてから、あたしにも本当に色んなことがあったのだった。


「ま、せっかく来てくれたんだし、メニューの味見もしてってよ」
「わー!じゃあねー、えーと、」
盛り上がってカウンターに身を乗り出してみてから、あたしはちょっと困ってしまった。
「こういうお店って、何頼んだらいいのかな??あたし、お酒は飲めないよ」

「じゃあ、ノンアルコールで作ってみっかねー」
ダンディーは呑気な口調で言いながら、手際よくグラスや氷を出してきて、色んな瓶をカウンターに並べて見せてくれた。それだけで、何だかかっこいい眺め。
並べた瓶から調合みたいにトクトク注いだり垂らしたりした後、氷を詰めて、ぴかぴかの銀のシェイカーを振る。
フタを外して注ぎ出された液体は、三角のグラスの中でゆるく対流して、流れの中でぷつぷつ泡立っている。発光してるみたいに綺麗な色。
生まれて初めて見る手際を口を開けて眺めていると、
「ほい」
こっちに寄こされた。
グラスを手に持てば、ひんやり冷たい。
口をつければ、爽やかフルーティーな味が広がる。
「わー、おいしい!!このジュースすっごくおいしいよ、ダンディー!!」
目を見張って感想を告げると、
「ジュース言うなや…」
ダンディーの方は、拍子抜けしたみたいに肩を落とした。
「ノンアルコールでも、カクテルだからね。これはお前のために今作った、ダンディーズカフェの、オリジナル・スペシャル・カクテルなんだよ?」
「へええー。よく分かんないやー」
カタカナが長くて、ダンディーが話してる間にほとんど飲んじゃった。
残りをストローで吸い込む。ずずずずー。
「分かんないけど、おいしいねー。お代わりもらってもいい??」

「だから、ジュースじゃねえんだからさー!もっと味わって飲んでくれよ。ムードってもんがあるだろうがよー」
「んー…、…???」
どうしてジュースじゃないんだろ。
難しい顔になったあたしを見て、ダンディーは諦めたように笑った。
「ま、いいわ。こういう系のレシピ、ウケがいいんだな。推してこうかな」
「うん、推してきなよ。おいしいよ!」

「そんなにうまいの?マスター、俺も同じやつちょうだい!」
「俺も俺も!あと、ビール!」
椅子の上で立ち上がったゴブリンさんたちが、口々に注文する。カウンターに届かないからちょっと大変そう。
「はいは〜い。ただいまお作りいたしま〜す」
ダンディーが並べたグラスに次々氷を入れていく。棒でちょっとかき回して冷やしている。
ずっと昔からこうしてたみたいに手馴れた仕草に見とれながら、あたしはつくづく感心した。
「そっか。これが、ダンディーのやりたい仕事、ってことなんだ。…」
例えばあたしがダンディーみたいにお金を持ってて、ここにお店を作ったとしても、きっと、こういう風にはできないだろう。こんなにおいしいジュースも考え出せない。
特別上手で、水際立ってる。はっきり分かる、ダンディーだからできたこと。きっと、それがプロの仕事ってもんなんだろう。
「大したもんだよ、ダンディー」
ゴブリンさんもしみじみ言った。
「…やりたい仕事、か。俺もそろそろ、潮時かなあ」

あたしははっとなってゴブリンさんたちを見渡した。
あたしの両横でカウンター席に座る、ゴブリンさんたち。そこだと足が届かないから、椅子の低いテーブル席に移って盛り上がってる人たちもいる。
「ゴブリンさん。そういえば、外回りの仕事…あれ、やっぱ、ダメだった?」
「ふっ…」
ゴブリンさんの一団が、ニヒルに笑った。

「……、会社辞めちゃうの!?」
あたしがさらに突っ込むと、ゴブリンさんたちはふてくされたようにそっぽを向いた。
「だって、会社やだしさー。石に戻るのもやだしさー」
「やっぱこれからは、第一次産業だよね」
「だよな。時代は鉱業だな!」
「掘るぜ!ダンディーみたいに、俺らもがつんと一山当てるぜ!」

ゴブリンさんってば、同じような自分たちばっかりが集まってるせいで、異論もなく盛り上がっちゃってる。
集団でリボーンされるレジェンズの、割とダメな側面を見た思いだ。

「…鉱業系って、どっちかってーとドワーフがたの畑じゃないかと思ってましたがねぇ」
カウンターをはさんで受け答えするダンディーは、なかなかカフェのマスターっぽい。
「いいじゃん、そんなの。ドワーフもゴブリンも大して変わんないよー」
そしてゴブリンさんはひどいこと言ってる。

「うまい話は、二回はないと思うけどなあ。でも、ゴブリンさんがそう決めたんなら、いいんじゃないですかね…」
DWCにいた方がいいなんて、言えないし。
カウンターに顎を乗せながら、あたしは溜息をついた。
「あーあ。皆、変わっていくんだなー…」
これにゴブリンさんが微妙に嫌な顔になった。
「止めてよ。別に、変わるわけじゃないし。縁起でもない」
「あー、そうでした。レジェンズって、変わるのダメなんだっけ?」

レジェンズの考え方はたまに難しいよ。
あたしはカウンターに突っ伏したまま、フォローの言葉を考えた。
「…いい意味で言ったんですよ。皆、色々考えててさ。新しいこと始めてさ。ダンディーなんかこんな立派なカフェのオーナー…あたしばっかり、何にもしてないや」
他の人に比べてものすごく怠けていたつもりはない。毎日それなりにやることも、考えることもあった。
だけど、これでほんとにいいんだろうか。
これで大丈夫なんだろうか。
例えば世界を、周囲の状況を見極め、自分の意志でそれを変えようと動く人と、そういう人が作る流れによってただ動かされる人に分けたとしたら、あたしは後者に属している。ような気がする。
結局いつも状況に流されてる。

「無理に何かしなきゃいけない、ってこともないんじゃないの。動かすことと動かされることに、アンタが思うほど違いがあるわけじゃないからね」
悟ったようにゴブリンさんが言った。
「そうかなあー」
「そうだよ。何をしたってさ、究極的には俺らはみんな、世界が望む通りに動かされてるだけだわな」

「ははあ…それはまた、いかにもレジェンズらしい考え方ですよ…」
あたしが言うと、
「ひゃっひゃっひゃ。そう!アンタって、そういう風に言うんだってね!」
ゴブリンさんはなぜかテーブルを叩いて大受けした。
「…アンナが前に言ってたよ。アンタはおかしなヤツだって」

懐かしい名前を、ゴブリンさんは口にした。
聞いたあたしも、軽く笑った。
「アンナちゃんが?まあ、あの人なら言いそうだな…」
懐かしいな、ハーピーのアンナちゃん。
ダンディーより前にレジェンズ班に呼び出され、色々あって会社を去ったレジェンズだ。元気にしてるかな。

「アンナはさ、自分だけの望みがあるって言って、出て行った。ダンディーだって自分のやりたいことを見つけた。…それは別に、アンタが何かしたわけじゃないだろ」
「うん」
「うん。世の中そんなもんよ」
ゴブリンさんは穏やかに言い、小さな手があたしの背中を叩いた。
「だとしたら、さ―― 、自分ばっかり何もできてないみたいに思わなくてもいいんじゃない?」

しみじみとした空気が流れる。
あたしの心はあまり慰められなかった。
「……。むしろそれ、思うんじゃない?その例えだと、結局あたしばっかり何もできてないよね??」
「違うよ」
ゴブリンさんは肩をすくめた。
「分からないならいいんだ」
「ふーん。…」
あたしはしげしげゴブリンさんを見返した。
お店のムーディーな照明に照らされると、会社で見慣れたおじさん臭さは薄れ、陰影のあるその表情はどこか妖精めいている。どこかって言うか、そう言えばこの人たちは人間の周りに古くからいる子鬼なのだった。

やり取りを聞いていたダンディーが笑い出した。
「分からないなら、いいんだろうよ。…」
と、ダンディーも言った。


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