第14章−2


あたしは目を真ん丸くして車の隣に駆け寄った。
「やだ、久しぶり!!おかえり!!車買ったんだ!?ってゆーか、免許持ってたの!?」
「まっ。色々あってな」
「色々?久しぶりすぎるでしょ、連絡くれたらよかったのに!エドさんだってハガキくれたよ!?今何してんの?ずっとこっちにいられるの?」
びっくりしすぎて、何から話していいのか分からなくて、喋りながらせわしなく動いてしまう。
ダンディーが吹き出した。

「お前はどうなんだよ、?あれから元気にやってた?」
「うん?あたしは、…」
その質問が軽く頬を叩いて、我に返った。
ダンディーの大きな顔を見つめながら、あたしは伝える言葉に迷った。
「……、色々あったかな。あたしも」
昔のあたしは、人間の文明が滅びるってどういうことかも、そのとき自分がどうなるかも考えてなかったと思う。
ダンディーはきっと知ってたのに、あたしは知らなかった。知らないからこそ偉そうに色んなことを言った。
「あんまり変わらないよ。…」
今更それを訂正するのは恥ずかしかった。
「ふーん。…」
ダンティーがどう思ったのか、反応からはよく分からない。
久しぶりに聞くワニ声は、笑いを含んで穏やかだ。
「まあ、乗れや。一緒にメシでも食いに行こうぜ」




「はああああああーーーっ!!?油田を掘り当てたあああああっ!!?」
乗り込んだ車内で、今日2回目の大絶叫。
ダンディーはけろりとして、むしろ驚いているあたしに驚きましたみたいな顔だ。
「あれ。お前、そこから知らなかったんだっけ」
「知らなかったよ!エドさんもエドさんだけど、ダンディーもダンディーだよ!あたしの知らない間に、石油王ッ!?どういうこと!?」
「いやー、道路工事のバイトしてたら偶然なー…」

あたしはしばらくぽかんとした。そんな偶然、ありなのかしら。
そんな設定だったっけ。考えてみて、思い当たる。
「あー、なるほど。…そのお金で、お店始めるんだ?確か何かの、バーみたいな…」
「そそ。それは、お前に話したことあるんだっけ?このニューヨークで、カフェを開こうと思ってるのよ。こう…隠れ家みたいな落ち着ける雰囲気の、レジェンズたちも気兼ねなく入れるような、そんな店をな」
「はあああー…」
驚きっぱなしで疲れた。
胸に残った息を吐き出して、あたしはそのまま助手席のシートに倒れこんだ。
「すごいね、ダンディー。ほんとに一山当てたんだ」
「まーな。俺は、やるときはやる男なのよ」

油田を掘り当てたこと。それで会社を持ったこと。
金銭的にはこの上ない成功だけど、それは、本当に自分のやりたかった仕事を成し遂げた、というのとは、ちょっと違う気がしたんだって。
ダンディーがDWCを出発するとき、考えたこと――自分が何のためにここにいるのかってこと。
自分のやりたいこと。
これから自分にできること。
「…シロンの兄貴が教えてくれたんだ。無駄にはできねえだろ」

混んできた道をゆるゆる進みつつ。信号待ちで止まりつつ。
ダンディーの運転は慣れたもので、ハンドルを握りながら、あたしにそんな話をしてくれた。




「…じゃあ、ダンディーもエドさんたちに会ったことあるんだ?」
「ヒッチハイクしてたとこ拾ったぜ。世界は意外と狭いよなー」
エドさんとファイアージャイアントさん。二人を乗せたのもこの車なんだそうだ。
「へええー、あの二人がヒッチハイク。何だかイメージ湧かないな…」
「そうだよなー、DWCにいたって言ってたもん、当然の知り合いだわなー。北に行くとは言ってたが…」

「北に…それで、雪山に?『ファイアージャイアントと二人、世界を回ってレジェンズと人との縁をつなぐ旅をしていましたが…ある日雪山で行き倒れ…わたくしは運命の女性に助けられたのです』って、書いてある」
色んな衝撃冷めやらぬテンションのまま、あたしは、久しぶりに会うダンディーにエドさんのハガキを読んで聞かせた。
「意外に思い切りのいい人なんだよねえ、エドさん…だけど、ほんとにこういう話だったかな…」
「どうだかなあ。…」
信号待ちのダンディーは、ハンドルにもたれてニューヨークの夜景に見とれている。
「つまり、エドさんもさ、やりたいことを見つけたってことさ。いいんじゃないか、それで」
「そうだね。っていうかあたし、この人見たことあるような気がするんだよね」
「DWCにいたんじゃねえの?」
「うーん。そうだったかなあ。…」

車が再び動き出す。
進行方向を眺めていたダンディーが、ふと視線を動かし、
「噂をすれば。――…あそこにいるのがその、エドの嫁じゃね?」
とんでもないことを言い出した。
「えーーっ!?」
あたしはがたがたと身を乗り出してダンディーの指す方向を見た。
「そんな訳ないじゃん。今日、雪山からハガキが来たんだよ??」
「だって、ほれ。あそこに立ってる…」

その頃にはもう辺りはすっかり暗くなっていた。
民家の庭木の下に、何か白っぽいものが動いているのがぼんやり見えた。かなり大きい。
ダンディーが呟いた。
「レジェンズだよなあ、あれ」
木陰に隠れるようにしながら、家の窓の明かりをじいっと見上げている――白いモンチッチ。
「あーーっ!?」
あたしは目を剥いてハガキとモンチッチを見比べた。
「なるほどッ!道理で見たことあると思った!!」

運転席の方へ乗り出していた体をゆるゆると引っ込める。
自分の席に座り直し、頭を抱える。
そのまましばらく固まった。
「出て行ったきり、帰ってこなかったから…!薄々!薄々、こうなってるとは思ってた…っ!」
ダンディーが怪訝そうに聞いた。
「何?何の話??」
「ごめん、ダンディー。…ちょっと車止めて」
見覚えがあると思ったのは、同じ種族を知っていたから。
泊めた翌朝、即・脱走されて以来の再会です。

ダンディーは、こめかみを揉みながら悩むあたしを面白そうに眺めている。
時々、窓の外の白モンチッチに視線をやる。
「……、で?」
「えーーーーと」
考え考え、あたしは言葉を吐き出した。
「あそこにいるのはエドさんの嫁ではありません。水の四大レジェンズの、ズオウくんです」
「ほー。水の…」
ダンディーが腕組みする。そういえばダンディーも水なのだ。

「メグちゃんを覚えてる?シュウゾウ・マツタニと一緒にいた女の子。写真撮ってくれた」
「ああ。あの気の強そうな…」
「あの子が水のサーガでさ。色々あって、今はレジェンズのこと怖がっちゃってて…ズオウくんが近づくのを嫌がってる状態なんだ。それで、ズオウくんタリスポッドに戻れないから、あたしの家で預かってる…ことになってる」
ダンディーが目を剥いた。
「何だそりゃ。変わったことしてんなあ」
「色々あったんだよ、あたしも」

「で…お前が預かったズオウくんが、あそこで何してんの?」
まだ状況を理解しきっていないダンディーが、不思議そうに尋ねる。
「それだよ!それが、あたし一人じゃどうにもできないところでね!!通報もんだよ。撤収させよう、絶対。今すぐ」

あたしは上目遣いにダンディーを見た。
「手伝ってくれるよね、ダンディー。ダンディーのとこの、大将だよね??」
「…大将、ねえ」
ダンディーが微妙な顔になる。
「確かにそうなんだけどよ。ウチのとこは、風や火なんかとはちょっと事情が違ってよー…」

その辺の属性事情はあたしには良く分かりませんが、何を言ったってここで頼れるのはダンディーしかいないのだ。
あたし一人でズオウくんを説得するとか、絶対無理だし。

「どうしてもって、頼まれてるんだ…シロンさんに」
「シロンの兄貴にか。そりゃあ、何とかしなきゃなあ」
シロンさんの名前を出した途端にダンディーの態度が変わったので、あたしは、若干イラッとしました。




…やっぱりズオウくんだ。
緑の芝生の上。大きな木の幹にもたれるようにして立っている。
さっきからずっと同じポーズ。首はほとんど固定されたみたいに斜め上を向いている――視線の先は、隣の家の二階。あそこにきっとメグちゃんがいるんだろう。
リボーンされた瞬間から、自分にとっての世界の全てがそこにあるのを知っている。
ひたむきな輪郭は、斜め上を見つめ続けて身じろぎもしない。
さっきからずっと。…どれくらい前から、ああしていたんだろう。
これからも、いつまでも?
メグちゃんのためなら、ズオウくんはいつまでだってきっとこうしているんだろう。だけど、眉毛の下がったその横顔は、ひどく悲しそうだった。

「なるほど。つまり、サーガとレジェンズの両方が、まだ安定してねえわけか…」
あたしの後ろで、ダンディーが低く呟く。
「うーん…暴走してないだけマシかな…」
「いや〜。けっこーーー、暴走したよー…大変だったもん。あたしだって、もう…ぶるぁああああってなったもん」

あたしたちの話し声に気が付いたのか、ズオウくんが急にこっちを振り向いた。
「!」
あたしを見て、はっとしたように丸い目をしばたかせる。
「あー、……!」
一応誰だか分かるみたい。次の言葉は続かない。
分かりやすいよう大きな動作で自分を指差し、あたしは名乗った。
です、。あたしのこと覚えてる?こっちは、ダンディー」
「どうも〜。デヴォアクロコダイルの、ダンディーでーす…よろしく」
見ず知らずの民家の…メグちゃんの隣の家の、庭先だ。自然と小声の挨拶になる。

ズオウくんのぼさぼさした毛並みを眺めて、あたしは聞いた。
「…野宿してた?」
ズオウはこくりと頷いた。
「メグ!」
多分、理由はメグだよ、とか。メグが心配だったんだよ、とか。
そういうことが言いたいんだと思う。
「…うん。まあ、分かるけどね。夜になったら帰ってきてねって、言ったじゃん?」
あたしが一応確認すると、ズオウはあたしを見ながらぽかんと口を開けた。
しばらくしてから、言った。
「…聞いてなかった!」
「あー。聞いてなかった…なるほどー」
あたしは肩を落とした。

「これからダンディーとご飯食べに行くとこなんだ。一緒に行こう?」
ズオウくんはあっさりと首を振る。
「いかな〜い!」

無邪気に拒絶されたけど、怯まない。この前よりは会話が成立しているだけマシだ。
「だけど、行こうよ。ここにいたらこの家の人に迷惑だよ。それは分かるよね?」
あたしが尋ねる。ズオウくんは首を振る。
「…メグ!」
「ここ、メグちゃんちじゃないんだよ。全然関係ない、隣の家の敷地だよ」
あたしが指摘すると、ズオウくんは驚いた顔になった。
「どうして!?」
知らないよ。っていうか、意味が分からないよ。
水の大将の状態を悟ったダンディーは、あたしの横で腕組みしたまま固まっている。顔を見たら、観念したみたいに目をつぶってた。

あたしは溜息をついた。
「メグちゃんの側にいるのが駄目って言ってるわけじゃないんだよ、ズオウくん」
どうやったらこの、焼き付けられた不安と執着に関して、ズオウくんを納得させることができるのだろう。
「むしろ全然反対で、ズオウくんがメグちゃんの側にいるために、あたしにできることをさせて欲しいんだ。…信じてくれないかな」
「…………、……」
ズオウくんは強張った顔であたしを見下ろし、考え込んでいる。
警戒を解こうと、そっと腕の毛皮に触ってみる。毛足が長くてあったかい。
子供みたいに体温が高いんだ。ぽにぽにとした肉厚の手もあったかい。
こんなにあったかくてふわふわでメグちゃん大好きな生き物が、その当のメグちゃんを泣かせてしまうなんて。世界はいつでも、思うようには行かないものだ。
「カムバックできないと、体力消耗しちゃうでしょ。それだとメグちゃん守れないよ。ご飯を食べたり、夜は休んだりして体力の消耗を抑えて、カムバックしてもらえる日を待つ。…というような、中長期的展望に立った行動計画も必要だと思うんだ?」
「…………、……」
ズオウくんに今それを考える余裕がないのも分かる。
だからこそ、他の誰かが、状況を変える手助けをしなきゃいけない。
「ね、ビッグフットの大将。この子、あんたの面倒を頼まれたんだって…この子の顔も立ててやってくださいや」
ここぞとばかりにダンディーがとりなしてくれる。
「おかしなところもあるけどね。悪いやつじゃーないんですよ。…多分。…そんなには」

ズオウくんは悲しそうな顔をしてあたしたちを交互に見比べた。
眉根を寄せて、ぽにぽにの手をきゅうっと握り締め…それから、少しだけ表情を崩して、寂しげに笑った。
「うん。…ありがと」

「ごめんね」
お礼を言われて、あたしは思わず謝った。
ズオウくんに酷い我慢をさせてしまった気がした。

分かってる。ズオウくんに本当に必要なのは、こんな理屈や言葉をあたしが並べることじゃなく。
振り仰いでも、あたしの背の高さでは隣の二階の窓の明かりは良く見えなかった。
――僕らはみんな。
知らないものと出会うとき、最初はいつでもちょっと、びっくりするんだな。
それだけのこと、なんだな。…

ダンディーの車が広くてよかった。
ズオウくんも合流することになって、その夜は3人でラーメンを食べに行きました。


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