第13章−8


こうして水のタリスポッドは出現したけれど、それで問題が解決したというわけでもなかった。

まず、水のサーガのメグちゃんがタリスポッドを受け取ってくれない。
タリスポッドが出現した、イコール、メグちゃんの中でズオウくんを受け入れる準備ができたということだろうと楽観的に考えたんだけど、違ったみたい。変化はあったと思うんだけど、それは確定的なものではあると思うんだけど、メグちゃん自身の気持ちはそれに付いて行けないようだった。
途中であたしたちの話を聞くのも嫌になったみたいで、一人で家に帰ってしまって、タリスポッドはそのままディーノくんが預かっている。
それはまあ、しまっておいてそのうち渡せばいいんじゃないかと思う。
問題はズオウくんだ。メグの気が変わらなければカムバックされることができず、この宙ぶらりんの状態のままで、どこかにしまっておくこともできない。

当然のように帰宅するメグの後についていこうとするのを、シロンさんが止める。
「な、まずいだろ。…ストーカーだ」
簡潔にシロンさんが言った。
「ひどいなシロンさん。でもまあ、メグちゃんから見れば、これはストーカーですね…」
「うん。ストーカーだよ…」
ディーノくんも同意見だ。
自分のことを言われていると気付いたらしく、ズオウもむきになって叫ぶ。
「ストォーカァァァー!メグ!守るぅー!」

秘密基地に行ったらいいんじゃないかと思ったんだけどね、シロンさんもいるし。けど、この体の大きさだと途中の通路につっかえるのではないかという話になって、ディーノくんちなら充分広いらしいんだけど、お屋敷の中はメイドさんだらけだしお父さんにこういうことを見つかりたくないそうだ。
シロンさんが溜息をついた。
「……。アンタ、一人暮らしだよな?」
「……。えっ。そのために呼んだの?」




ニューヨーク州ニューヨーク市、単身者用ワンルームのアパート。
結局あまり物も増えなくてがらんとしたままの、とりあえずのあたしの家――

翌朝7:00。いつも通りの携帯のアラームであたしは目を覚ます。
ピピピピピピピ
ピピピピピピピ
「…すぅ…すぅ…」
ベッドの横には、白モンチッチがどでんと転がって、子供のような寝息を立てている。
こういう展開になるとは思わなかったよ。

ズオウくんはベッドで寝られる大きさではなかったので、とりあえず、床に毛布を広げて寝床にしました。あたしのベッドと並べると、ぎっちぎち。部屋のスペースが空いててちょうど良かった。
「まあ。ちょっと大きいけど、こーゆーぬいぐるみだと思えば、別に…」
あたしは独り言を言った。

電池が切れたみたいな寝顔を眺める。
――目の下にクマ。
グリードーさんがリボーンされてから、ディーノくんが立てなくなるほど消耗するまで、30分もなかったと思う。
現在のズオウくんのリボーンは、持続時間からして明らかに「違う方」だ、と、ほとんど確信を持ってシロンさんは解説した。自分もそうだから分かるって。
リボーンによってサーガの体力を奪うことはない代わりに、レジェンズ自身が、リボーンしている間中、体力を消耗し続けるのだと。
初めて聞いたよそんなこと。っていうかそれは、ディーノくんの体力の話をしてたとき、教えるべきでしょ。
突っ込んで尋ねようとするあたしを邪険に遮り、俺のことはいいんだ、とシロンさんは言うのだ。
俺はともかくよ。
メグとこいつの今の状態じゃ、燃費悪すぎだ。

消耗を抑える方法を考えなければどうなってしまうか分からない。でもメグも、メグと連動するズオウくんも、自分でブレーキをかけられる状態じゃない。
それで、まあ…あたしがこういうことをしていい立場なのかは分からないけど、夜露をしのげる場所くらいは、提供されるべきだよね。
仮にも四大レジェンズが徘徊アンド野宿の日々じゃー、あんまりである。

そういう訳で、ズオウくんをしばらく家に泊めることになりました。
大丈夫なんだろうか。
無邪気な寝顔を眺めるほどに、不安が募る。
ごろんと投げ出された腕が、部屋の中には収まりきれずに敷居を越えてはみ出している。

なにぶん急な話だったので、やっつけの寝床しか提供できなかった。
色々準備したいけど、あたしはこれから仕事に行かなきゃいけないし。会社に行ったら、余分な寝具を譲ってくれる人はいないか聞いてみよう。
考えながらベッドから降りる。
ズオウくんの体は、またいで奥に行くには幅がありすぎる。踏んづけて起こさないよう、ぐるりと足元の方を回って、その普段歩かないルートのせいであたしの爪先は何かに蹴つまづいた。
くわん、と、金属音が響く。
『――ちゃんと片付けてくれた??』
それは一抱えほどの大きさの、カーブがかった形状の金の板だ…そのせいで他のものと重ねて保管することができず、こうして蹴つまづく羽目になった。
拾い上げて、考え込む。
何だかんだで自宅へ持って帰ったきり、そういえばこれだって片付けてないのだった。



「…すぅ…むにゃ…」
よほど疲れているのだろう。ズオウくんはまだ眠っている。
部屋をふさぐ大きな体を慎重に迂回しつつ、あたしは着替えて朝ご飯を食べ、出かける支度を終わらせる。
再び寝顔を眺める。
今は静かだけど、これ、起こしたらどうなるんだろう。
起こしたくない…寝た子を起こしたくはないが、出勤の時間は刻々と近付いている。

「ズオウくん。あのさー、おはよう」
迷った挙句、あたしは恐る恐る声をかけた。
「あたし、これから仕事に行くからさ…ズオウくんは大人しくアパートで留守番…」
丸い目がぱちっと開いて、ズオウくんは跳ね起きた。
「メグ!!」
「…しないよねー」

左を見る。
首を回して右を見る。
しかし、ズオウくんの探しものは当然この部屋にはない。
「メグ、どこ!?」
鋭く叫んで、ズオウ君は突進した。
「メグ!メグ!メグー!!」
「ちょ、静かにして…待って!!行っちゃダメ!そこ、窓だし!!」
一瞬でこの大惨事である。やっぱり起こさなきゃよかった。

「あのさ!?昨日、この家に来たのは覚えてるよね…!?あたしのこと分かる!?」
「あぁぁあ〜〜」
外に出たいみたいです。あちこち無闇に突進したした挙句、窓枠に飛びつき、ズオウくんはゆっさゆっさと揺れている。
引き止めようとズオウくんの腕にしがみつき、振り回されながら、あたしは聞いた。
「や…やっぱり、メグちゃんのところに行くのかなー…!?」
「ううう〜。ふん!ふん!」
「あたし、思うんだけどね!メグちゃんのところに行くなら、もっとちゃんと…やり方とか、練習して――」
「メグー!」

無理。このメグまっしぐらな生き物に対して、引き止めるとか、落ち着かせるとか、何か道理を言い聞かせるとか、全部無理。そもそも会話が成立しない。
暴れるズオウくんを何とか方向転換させ、玄関まで連れて行き、あたしはほうほうのていでズオウくんもろともアパートから転げ出た。
ズオウくんは驚いたように空を見上げた。
「外!」
「外だよ。…別に、行くなって言ってるわけじゃないんだってば」
ズオウくんはしきりに辺りを見回して耳を澄ませている。メグのいる方向を探しているようだ。
「でも、夜になったら帰ってきてね。あと、アパートでは静かにしないと、近所迷惑になるから、…うん。聞いてないね」
「メグ!!」
すぐに見つけた。ぱあっと顔が輝く。
「メグ!!」
ぶん。腕を振る。
足を踏ん張る。ぱき、と歩道の敷石がきしんで割れる。ぱき、ぱきぱき。
「メグぅーーー!!」
一気に跳躍した。
大きな体が、アパートの屋根を軽々飛び越えて消える。
あたしはへたへたとその場に座り込み、頭を抱えた。
「寝起き、悪過ぎだよ…」
ずん。
ずん。
断続的な着地の衝撃音が遠ざかっていく。



向かいのアパートから出てきたJ1さんとJ2さんが、あんぐり口をあけてこっちを見ていた。
「…新人宅から、朝帰り」
「随分毛深いねえ。…彼氏?」

違います。


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