第13章−7


シロンさんが肩をすくめた。
「じゃー、まー、あの土のでかいのは、グリードーの友達ってことでいいや。あいつがあそこまで言うんなら、悪いやつでもないんだろうよ」
「…そうですね」
「ほんと怒りっぽいやつだったけどな。人間たちが悪いのどうの、レジェンズウォーの使命がどうの」
喉につかえたかのように、そこで少し言葉が途切れた。
「そいつが言ってた。…この文明はもう終わりだと」
「…………」
「まあ、こないだ一度は聞いた話ではあったから…、びっくりしたってーこともねえんだが」

ディーノくんはうなだれている。
「マック…」
呟いて、苦しそうに目を閉じる。

「これですよ。この、何となーく良くないことが起こりそうな、嫌な空気」
あたしは言った。
「この嫌な雰囲気の、理由はひとつじゃないわけです。ディーノくんが苦しそうなことと、ガリオンさんの登場の仕方が怖いことは、本来、一緒に考えなくてもいいことなのに。ひとつじゃないから、どこもかしこも悪い予感ばっかりみたいに思えるわけで…」
実際、良くないことが起ころうとはしてるんだけどさ。
何となくなのはダメだ。
漠然としているから不安は大きいのだ。何でどうしてどうなるのって、本当のことが分からないまま、全部いっしょくたに膨れ上がろうとする。
踏みとどまって、自分たちから見えてるものを確認する必要がある。
「…全部一緒にしてないで。不安の中の解決できるとこは解決していきましょうよ」
何を怖がり、何に対処すべきなのかを、正確に。

「グリードーさんが最初に呼び出された時のことを思い出してみてください」
あたしは言った。
「あのときのグリードーさん、めっちゃ怖かったですよ。この世の終わりかと思いました。…今日、割と普通だったから、びっくりした」
「そうだったっけな」
と、シロンさんが呟く。
「いいや。僕はそんなこと思わなかったよ」
指先で自分の薔薇に触れながら、ディーノくんが反論する。
「怖くなかった。最初にあの火を見たときからはっきり感じてたよ。グリードー、僕はきっと、君に出会うために生まれてきて…」
「うわー。二人とも全然空気を読まないね!あたしが言いたいのはつまり、レジェンズは基本、自覚なく見た目とか、行動とかが怖いのです」
これにシロンさんは機嫌を悪くしたようだった。
「俺もかよ」
「シロンさんもですよ。やはり自覚はないようですね。…ウィングトルネード、けっこー怖いです」
「そりゃー、あれは敵を攻撃する技だからな!食らうような真似をする方が悪いだろうが」

「この前提を踏まえて」
シロンさんを遮って、あたしは続けた。
「植物園でのマックさんの変貌について考えていただきたい。あたしはその場にいなかったので、推測ですが」

「未覚醒時のグリードーさんの状況には似てませんでしたか?『マックに何してくれてんの?』と、シロンさんはあたしに言いましたが…どこまでがランシーンさんに何かされたっぽくて――どこまでがグリードーさんみたいでしたか?」
「…………、……」
シロンさんが目を見開く。言葉に詰まったようだった。
「どこまで…どこまでって、言ってもよ。何が言いたいんだ、テメエ」
「ガリオンさんのリボーンの状態が改善されたら、なくなる問題もあるはずだってことです。グリードーさんみたいにね。だったらその分については、そこまで心配する必要なくない??」

「無責任なことを言わないでくれ。君は知らないんだ」
ディーノが食ってかかる。
「あの日のマックがどんなだったか。いつもと全然違って…僕の声だってまるで聞こえないみたいだった。あんなにボロボロになって…」
「……、つまり、怖かったんでしょ?」
あたしは聞き返した。
「分かりませんか、ディーノくん。まさにそのことについてあたしは、レジェンズは何でもなくても元々怖い、という話をしているんです」

「じゃー、あの女はああいうリボーンの仕方が素なのかよ??じゃじゃ馬にも程があるだろ!」
シロンさんが突っ込みを入れてくる。気にするところが微妙にずれてる気がしなくもない。
「出現の媒体がマックさんなのが、無理やり目覚めさせられたせいなんでしょ…グリードーさんが言ってたじゃん。サーガとしてちゃんと覚醒したら、マックさんも普通のリボーンができるようになるんじゃない?グリードーさん、どう思います?」
ディーノの胸ポケットで、もごもごと薔薇が動いた。
おそらく同意してくれるはずだ。グリードーさんは、シロンさんたちほどマックの状況を心配していないというか、ガリオンさんが出現したことそれ自体は、問題にしていないように見えた。
グリードーさん薔薇が、ずいっと茎を伸ばしてディーノに囁きかける。ディーノは数回、相槌を打って頷いた後、浮かない顔をしたままそっぽを向いて、それ以上あたしに反論はして来なかった。

「レジェズが文明を滅ぼすって話さ…シロンさんは前にも聞いたことがあったろうけど、シュウは初めて聞いたでしょ。グリードーさんが怖いことも、マックに何が起こったか分からなくて怖いことも、こうやってディーノくんが死にそうになるのを横で見ることも、シュウには全部怖かったと思う。子供たちからしたら、それは、全部いっぺんに起きた話なんです」
いつでも呑気で、ふわふわふらふらしてる。シュウの笑顔は、失われてはいけないものだ。
シュウが絶望するときは世界の終わりじゃないかって気がするから。
「そうだよな。きっと、怖かったよな」
呟くようにシロンさんが言った。
「…レジェンズなんて、嫌われちまうかな」
「すぐそーやって自分の話にしようとする。ショックなのは、子供たちの方なの。そして子供たちの不安は、一部は解消できる種類のものなので、この欝な空気は減らすことができる。って話をしてんの。建設的に」
小声で付け足す。
「…レジェンズウォーは無理じゃん」
「…んんー」
目を背けるしかない不安もある。

最初は、シュウのところにやってきた風。
その次がディーノくんと火だった。
残りの四大レジェンズは、土と水。
そしてディーノくんの周りに火のための舞台が用意されたように、土のサーガのマックのために、舞台が用意されたのだ。ランシーンさん自身が出向いて、より念入りに。
「…だけど、ランシーンさんはその日からずっと不機嫌らしいです。元々いつも不機嫌な人なんですけどね」
巨大な悪の会社の最上階に陣取り、全てを見通し、筋書きを操っている――ように見えて、あの人はたまに、シロンさんよりよっぽど焦っているように見える。
いつでも何かを恐れている。…そのことを、知っているのはあたしだけなのだろうか。
「植物園で起きたことは、ランシーンさんにとって望ましい結果ではなかった。ということなのかもしれない。状況は実は、必ずしもランシーンさんの思い通りになってるわけではない…」

「あー。そういや何か、驚いてたな。予定外のことが起きたっぽい、――」
そのときのことを思い出しているのか、シロンさんは腕を組んで考え込んだ。
「…メグが心配なんだよな」
シロンさんは言った。
「何とかしてやらにゃならんとしたら、メグからだ。…あいつを放っておくのは、ちょっとまずい」




ブルックリンブリッジの橋げた下。
疲れた顔をした女の子が一人、手すりを両手で掴んで、ぽつねんと水面を眺めていた。
綿あめみたいなピンクの髪が、風に吹かれて揺れている。

メグを見つけた。
消耗しているディーノくんはすっかり息が上がってしまっていて、それでも急ごうとするから、シロンさんがやんわり抑える。二人は柱の陰になった場所で立ち止まった。
あたしだけがそのまま進み出て、声を上げた。
「メグちゃん」

メグがぎくりとこっちを振り向いた。
「アンタ…こんなところで何してるの」
「えへへ。こんにちは…」
シロンさんがくいくい手を振る。
促されるまま、あたしはのこのことメグの立つ場所まで歩いていく。
「シロンと来たの…?キザ夫さんまで…」
メグは落ち着かない顔をして、あたしと後ろの二人を見比べている。

あたしが近付いていくと、メグは手すりに手をかけながら微妙に後ずさるようにした。
「何なの?どういう組み合わせなの、アンタたち?」
「んー。えーとねー。ちょっと、メグちゃんに確認したいことがあってってぶるぁあああああああ!!」
横から不意に何か白いものが突進してきて、訳も分からずあたしは吹っ飛んだ。

「イヤァァーーー!!」
メグが頭をかかえて悲鳴を上げるのと、
「メグ!!守る!!!」
その何かが、メグに覆いかぶさるのと―――

シロンさんが倒れたあたしを覗き込んだ。
「…な?」
なぜかドヤ顔。
「な?じゃなーーいっ!!」
よろよろ体を起こして、顔を上げる。
目の前に、白熊みたいな毛むくじゃらの背中があった。メグをしっかり抱え込んでうずくまっている。
体の割にとても大きな、裸の手足。ずんぐりした体つきと相まってどことなく子供っぽく、ぬいぐるみみたいに見える。
うん、熊じゃないな。
どっちかって言うと、モンチッチだ。白いモンチッチ。
モンチッチはこっちを振り返り、どんぐりみたいな眼を光らせながら、あたしに向かって歯を剥いた。
「イーーーーーッ!」

シロンさんが腕組みしながら溜息をついた。
「予定外といやー、こいつなんだわ」
モンチッチを見やる。モンチッチがシロンさんを睨み返す。
「あの土のでかいのが、グリードーの友達だとして――こいつは?ついでに出てきて余計混乱したわ、こいつは一体何なわけ?」
「もうちょっと普通の聞き方はなかったんですか、シロンさん!?わざと!?わざとなの!?」
ディーノが嫌な顔を隠そうともせずに止めに入った。
「喧嘩は止めてくれよ。今はそれどころじゃないだろう」

メグが金切り声を上げた。
「離して!離してよ!!」
「メグ!!メグ!!」
握り締める手をメグちゃんにぽかぽか叩かれて、モンチッチはうろたえている。
うろたえながら余計にメグをしっかり抱きしめるもんで、全く状況が好転しない。
「メグ!!守るー!!」

「ナニモンだよ。ったく、ただでさえ話がややこしい中に、突然ザバザバ現れやがってよー」
言いながら、自分の言葉で何かに気が付いたのか、シロンさんの目がはっと見開かれた。
「そうか。こいつは、…水から現れた…」

水からザバザバ。土からモリモリ。
そんな予想をしてたのは部長だったっけ。
「…四大レジェンズのソウルドールは、元々はDWCが発見した遺跡に眠っていたんだそうです」
あたしは言った。
「けれど、他のソウルドールと違って、回収過程で失われてしまったんだって。…会社の資料で、そういう話を読みました」

風と火。水、土。その純粋な要素の体現は、星そのものとあまりに親和性が高く、ソウルドールとして人間の管理下におくことが不可能だったのだ。
彼らはソウルドールの形をたやすく抜け出し、解放された瞬間から地球の風や火そのものになって、自分のサーガの元へ向かった。
サーガを求め、サーガの召喚を通してのみレジェンズとしての己の形を作る、彼らは。
「恐らく必要なのは四大元素の要素そのもの。風、火、土、水。…そして、『サーガ』がいること。…」
「土の条件を揃えたつもりが、その場でそのまま水も揃った…ってーことか」
シロンさんが呻くように言った。
「マックとメグが、サーガか。巻き込んじまうんだなぁ、どーやっても。…」

「巻き込むって何よ。サーガって何よ。…あたしは、関係ないんだから。あたしたち、こんなことには何にも関係ないんだから」
メグが震える声で言った。
「メグちゃん…。だけど、あのね」
「知らない!知らない、知らない!!」
耳をふさいでメグちゃんが叫ぶ。
まあ、こんな状況で話を聞けと言っても無理かもしれない。自分の体より大きな手に握られて、体が宙に浮いている。
先に落ち着かせなくちゃいけないのは、モンチッチの方か。

「えっと、ズオウくん…あたしたちは、決して怪しい者ではないので…メグちゃんを放してもらえませんか?」
あたしが頼むと、モンチッチは険しい顔になって叫んだ。
「メグ!守る!!メグ守る、メグー!!」
手の中のメグをぎゅうっと抱き込んで、体を固く丸くする。追い詰められた子供のように。
「あ」
あたしは小さく息を吸い込む。そっくりだ。
同じ表情。
「この子、メグちゃんとシンクロしてるんだ…」
絶望的に噛み合ってないけど。

あたしの腕をすっと押さえて、ディーノくんが前に進み出た。
「メグ・スプリンクル…だったよね」
メグを見上げて話しかける。
「彼がこんな風に君の前に現れることは、以前にもあったのかい。植物園が初めて?」
「………、……」
考えたくないのか、メグは強張った表情のまま、反応を見せない。ディーノはシロンさんの方を振り返った。
シロンさんがのろのろと頷く。ディーノは細い指を顎に当て、しばらくじっと考えた。
「考えてたんだ。あのウインドラゴンは、マックをさらって何かした。グリードーが言うように、土のレジェンズを目覚めさせようとしたんだろう。けど、彼女には何もしていないはずだ。近寄りさえしなかったんだから。…なのに、このレジェンズが現れた」

そういえばそうだ。ランシーンさんが撒こうとしたのは土の種…目的はマックさんからガリオンさんを目覚めさせることだ。なぜ、よりにもよって、それと同時に水のレジェンズが現れたのだろう。混乱するその状況が、余計に子供たちを追い詰めただろうことは想像に難くない。
何がきっかけで。
ディーノは唇を引き結んだ。
「現れたときのことを覚えてる。…彼女は悲鳴を上げたんだ」

「悲鳴、…?」
聞き返しながら、あたしは眉をひそめる。
ディーノは目を上げてこっちを見た。
「彼女のレジェンズも、本来はまだ目覚めるときではなかったのかもしれない、マックみたいに」
「そう…ですね。ランシーンさんが水のサーガを狙っていなかったのは、目覚める予定が、もっと後だと思ってたのかも」
「うん。無理矢理目覚めさせられてしまったんだと思う。マックのように何かされたわけじゃなく…、危険を感じて、追い詰められたから」

「メグー!守る!!守る、守る!!」

メグを守る。それだけを叫ぶ。
きっと必死なんだ。
リボーンされたときも、きっと必死だったんだろう。まだ目覚める時ではないはずの彼が引きずりだされるほどの危機感。
その瞬間に焼き付けられて、それしか考えられないし、そこから離れられない。

「お願いだから、放してよ…」
しゃくりあげる声が響いた。メグちゃんがうつむいている。
「嫌だ…、こんなの嫌だ…」
泣いてる。
あのメグちゃんが。
「………、……」
皆が無言になってしまった。
口が達者でツッコミ役で、ふざけるシュウのお尻を叩く、いかにも勝ち気な女の子が―――女の子なんだ、と、改めて気が付く。
怪獣の暴力沙汰とか、怖いよね。女の子だもん。

あたしたちよりだいぶ遅れて、ズオウくんも、メグが泣いていることを理解したようだ。
分かりやすく表情が変わり、ズオウはあからさまにしょげ返った。
「メグぅ…」
シロンさんがズオウの肩に手を置いた。
「おたくさあ、いい加減落ち着けよ。今はもう安全だって…その手、放してみろ。ほれ」
「いやだー!!メグー!!」
駄々っ子みたいに嫌がったものの、しばらくしたら観念したらしい。
ズオウはしょんぼりとしゃがみこみ、そっと地面に腕をつけると握っていた手を開いた。
ズオウの手の中から、指を払いのけるようにして、メグが走り出た。

「メグ…」
走っていく後姿に、ズオウは再び手を伸ばそうとする。
理屈じゃないんだ。メグを守る。焼き付けられたその状況をひたすらに繰り返す。
シロンさんが割って入った。
ウインドラゴンの方が体が大きい。体格差を生かして動きを遮り、嫌がるズオウを軽くあしらいながら、両手で相手の両手を掴む。
背後を取って、万歳させる姿勢になった。
「うがー!!」
「こいつのやり方じゃーなー。メグが怖がっちまってるだろ。メグが怖がれば、こいつは余計むきになってメグを守ろうとするし、悪循環だな…」
そっくりなのに。
噛み合わずに傷つけあってしまってる。
「サーガの側にいたいんだよ。必死になっちまうんだ。その気持ちは、すげー分かるんだけどさ。…」

ズオウを万歳させたまま、シロンさんはてきぱきと指示を出した。
「よし。まず名乗れ」
「メグー!!」
「そうか。名前はメグか。違うだろ」
「メグー!メグー!」
ズオウの両手を持ち上げながら、辛抱強く言い聞かせるシロンさんを見ていたら、

『ビッグフットなんてショタキャラで売っちゃって…正直反則でしょ、あれ。お客さん、彼が何歳か知ってます?』

「ふっ!…」
別にこのことって訳じゃないんだけど思い出してしまって、思い出した瞬間、吹いてしまった。
メグがすごい顔になった。
「何なのよ!!何がおかしいのよ!」
「ごめん!だって!…ふふっ」

「……ズオウ!」
ようやくズオウが名乗った。
「ズオウ!ズオウ、メグ!守る!!」

メグの顔が強張る。
「メグちゃん…この子、メグちゃんのレジェンズなんだよ」
あたしはそっとメグちゃんの横に立った。
「色々あったとは思うけど、仲良くしてあげて。すぐには無理かもしれないけど、まあ、できるだけ早い方がいいな…」
メグは首を振る。泣きそうに顔が歪んだ。
「あなたに何が分かるのよ?何も知らないでしょ!あたしたちがどんな思いをしたか、マックがあんな、――」
「大丈夫。マックさんは、リボーンの仕方が今ちょっと変なだけだよ」
と、あたしは言った。
だいぶはしょった。メグちゃんを安心させるためだ、仕方がない。
「だから大丈夫だよ。この子だって、メグちゃんのこと、守りたいだけなんだよ」
「…やめてよ」
メグちゃんはうつむいてしまった。
「ええと…ほら、こうして見たら怖くないよ。むしろ、可愛いレジェンズじゃない?モンチッチみたいで…」
あたしは懸命にフォローの言葉を考える。
「白くてふわふわ。メグちゃんそっくり」
「どこがよっ!」
「あぅっ!」

「お前はメグを守るんだな。分かったよ。大丈夫だ。メグのことは、俺らも絶対守るから」
ズオウくんを押さえながら、シロンさんが話しかけている。
ハルカ先生に口約束はすんなって言われたのに、懲りないな。
「だけどさあ、そればっかりじゃ伝わんねえよ。言いたいこと、それだけなのかよ、お前」

はらり。
視界の端を、何か白いものが通り過ぎて落ちた。
はらり。
かすかに冷たい。
音もなく降ってくる。あたしは顔を上げて空を見た。
「雪…、…」

ズオウが叫んだ。
「メグ。やっと会えた!!」

その勢いで、やっぱり懲りずにメグちゃんに飛びついていこうとして、シロンさんに後ろから止められる。
「嬉しい!!」
ズオウは、報告することを見つけたみたいに、満面の笑みでシロンさんを見上げた。
「会えて嬉しい!メグ!!」
はらり。
はらり。
ズオウくんの嬉しい気持ちが溢れ出たのか。あたしたちのいる範囲数メートルだけ、空気は青みがかっていた。
季節外れの雪が宙を舞う。地面に落ちては消えていく。
メグちゃんがズオウに数歩近づいた。
「メグ。メグ、どうぞ」
ズオウが手のひらを上にして、両手を掲げる。差し出すように。そうしながらちょっと斜めに首を傾けて、にかっと笑った。
「どうぞ!」
目を見開いてズオウを見つめながら、メグも同じように手を持ち上げた。
その手のひらに舞い込んだ、ひとひらの雪が強く光って形を変える。

光が静かに消えたとき、幻のような雪は止んでいて、メグの両手にはさっきまでなかったタリスポッドが握られていた。
メグちゃんのは青い。――水のタリスポッドだ。

「!」
メグがはっとした顔になって手を引っ込めた。
かしゃん。
タリスポッドが地面に落ちて転がった。
ズオウが不思議そうに聞いた。
「メグ?」
「………、……」
メグちゃんはそのまま一言も口をきかずに、ズオウに背中を向けてしまった。
途中までうまく行ったような雰囲気だったのに。あたしはおそるおそる確認した。
「メ…メグちゃん…?」

「ああ!そういえば、あなた!」
メグちゃんはとってつけたように手を叩くと、にこにこしてあたしの方を向いた。
「タリスポッドが欲しかったんじゃない?あげるわ。もらって、要らないし」
明るく取り繕った声。
そんな、いいアイデア風に言われても。
「う、ううん…うちの会社が欲しいのは、白いやつなんだよ…」
「何?えり好み?」
「ち、違うよ。それに、だって、メグちゃん」

あたしがしどろもどろになっていると、ディーノが歩いてきて、転がったタリスポッドを拾い上げた。
「君のものだ」
きっぱり言って、メグに差し出す。
「信じられないのは分かるよ。でも、君は水のサーガなんだ、メグ」
ディーノは言った。
「君だってすぐに自分の力を自覚できるようになるはずだ…。マックを守るためにも、僕たちは強くならなきゃ。このレジェンズは、君のレジェンズなんだよ」
「………、……」
メグは無言で差し出されたタリスポッドを見つめている。
首を振る。
ディーノが強い口調になった。
「君だって見ただろう。あの黒いウインドラゴン…、世界を彼の思い通りにさせるわけには行かない。僕らは、一刻も早くサーガとして完全に覚醒し、使命を果たす力を手に入れなくちゃいけないんだ。――そうだろう?」
「えっ」
最後の最後で、いきなりディーノくんがこっちを向いた。
唐突に相槌を求められて、反応が遅れた。
「えーっ。えーと…そういうこととは、違うんじゃないかな…?」
あたしは困ってシロンさんの方を見た。
「……、どうだかな」
シロンさんは苦い口調で呟いただけだ。

即席で手を組んだ仲間なので、すぐに方針の違いが露呈するのだった。
「この子とマックがちゃんとサーガとして覚醒することが必要だって、君がさっき言ったんじゃないか」
「言ったよ。言ったけど、それってやっぱり使命とか力とか、そういう話になっちゃうかな…」
「君は一体どういう立場の人なんだよ」

「メグぅー」
ズオウの悲しげな声が、会話をさえぎる。
ズオウくんはさっきと同じ場所に立って、受け取ってもらえないタリスポッドを寂しそうに見つめていた。
それに気付いたメグちゃんが、きつい声で突き放した。
「あっちに行ってよ!」

「おい」
とりあえずシロンさんが引きとめたけど、ズオウは肩を落とすと、とぼとぼとメグちゃんから離れた。
数メートル離れた植え込みの茂みにがさがさと分け入り、姿を消す…――
がさ。
がさがさがさ。
「…………、……」
姿は一応隠れたものの、もぐりこんだ部分の茂みがめっちゃ揺れて、そこにいるのが丸分かりだ。立ち去るつもりは、全然ないらしい。
依然としてこっちを覗いている。
葉っぱと葉っぱの間から、ちらちら顔が見えている。

「ふっ!…」
こらえきれずにあたしは横を向いた。
「笑ったわね!また笑ったわね!?」
「ごめん!だって!」

思えば今まで、色んな水のレジェンズに会った。
ストームワームさんにダンディー、ラッパーキングさん…そういえばあの人もメグちゃん大好きだったよね。こっちとしては水らしい、透明感あるようなキャラを期待するのに、どうして出る人出る人こう…
「水のレジェンズってさ、…」
あたしは言いかけ、
「…個性的だよね」
精一杯、言葉を選んだ。
メグがまたすごい顔になった。


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