1の前





データベースを整理していて、今の今まで見過ごしていたある事実にふと気が付いたのだ。

レジェンズの実在を信じて研究に没頭した日々。熱に浮かされ、ついにランシーンと出会ってからは他の全てをユルは忘れた。とうとう本物のレジェンズに会えた、夢が叶った歓喜の日々――そして、出会わなければよかったと思う真実を知らされてからの日々。
己を取りまく状況がどのように変わろうともユル・ヘップバーンはレジェンズの研究者であり、膨大な文献の解読作業はその時々に目的を変えながらひたすらに積み重ねられてきた。
薄い膜が一枚、また一枚と剥がされていくように周囲のパズルのピースは解かれ、その矛盾はふと目を落としさえすればいつでも気付ける場所に露出して、静かに彼を待っていた。

螺旋の書。

その語り手は、「存在しない種族たち」スピリチャルレジェンズクラブだと記されている。

「存在しない」。「既に失われた」、「幻想の」。ルーンの構成から恐らくそのように訳せるだろう言葉を、ユルは長年、伝説の生物であるレジェンズそのものを指し示す言葉だと考えてきた。

だが、ある日気付いた。
あまりにも当たり前のことに。もっとずっと早くに、いつでも気付けただろう、単純な事実に。
よくよく全体を眺め渡せば、本文の記述の中で、この「存在しない」スピリチャルという形容が実際のレジェンズについて使われている例がほとんど現れないのだ。
ほとんどない――わずかにある。解読の進んでいない後半部分に、数回。

該当部分を拾い上げて検討し、やがて当然の結論に至ってユルは今までの思い込みを訂正する。つまりはこれは、レジェンズについてを語っている言葉ではなかったらしい。
何か、別の。
むしろ本質的にレジェンズとはかけ離れた存在についての。

この思い込みに今まで気が付かなかったのは、と、ユルは考える。
自分が人間であったせいだ。人間にとりレジェンズは「存在しない」生物と形容されて当然のものであるので、誤訳に矛盾が生まれにくかった。
けれど螺旋の書の語り手は人間の視点を持たない。
螺旋の書は、レジェンズたちを「既に失われた」ものや「幻想の」ものとしては記述しない。

ならば人間である解読者はさらに考えねばならない。
レジェンズの実在を鮮やかに描き出す、この螺旋の書の語り手にとっての「存在しない」スピリチャルとは、果たして何を示す言葉であるのか。
神話と伝説の中においてさえ「既に失われて」いるものとは。

この言葉により適する別の訳を補足することはできるだろうか。
ある限りの他の資料をあさり、翻訳にかけてみた。
つっかえつっかえ、まるでふざけているかのように、コンピュータの合成音声が結果を吐き出す。

「あるべきと仮定された。楽園は滅びた。モヤシがチャーシュー。…――、光?」



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