補足の1





黒い海の中から浮かび上がるように私は目覚めた。
辺りは一面暗闇だ。自然から完全に遮断された部屋の空気は淀み、汚れた機械と文明の匂いに満ちている。
早すぎる、と思った。

目覚めたばかりなのに、私は大切なものをすっかり失った後のように軽く空虚だ。完全な姿さえとれず、曖昧な風となってわだかまる。

早すぎる。
ここはどこだ。
私は誰だ。

早すぎる。
私は、足りない。
私が足りない。失くしてしまった。あのとき亀裂が入ったせいで。
早く探さなければ。
色んな思考が一度に押し寄せ、対処することができずに私は混乱する。焦りが私の体を焼いた。

これほど不完全な状態では、長くこの世界に留まることはできないだろう。空白が大きすぎる。
一度は目覚めた意識が混濁していく。せっかく集まり始めた私はけれど核となる拠りどころを持たない。心もとない存在のまま、わずかな空気の流れに押し流されるたび透き通り、バラバラな風になって解体されようとしていた。

その時、高揚した声が私を呼んだ。
「お前は…お前が伝説のレジェンズ、『ウインドラゴン』なのか!?」

足元を見る。
そこだけ人工の火が灯されていて、ぼんやり明るい。汚れた機械の間に埋もれるようにして一人の男が立っていた。
一目で分かる、サーガではない。彼の存在は私に何の力も与えない。だが、彼がサーガではないなら、どうして私は彼に呼ばれて目覚めたのだろう。
不思議な男だった。
穏やかそうな瞳が子供のようにきらきら光って私を見上げている。私は自分が途方もなく大きな何かを失っていることに気が付いて立ちすくんでいるのに、彼の方は逆に、ずっと探していた大事なものをたった今見つけたところのようだった。

「きっとそうだ、そうに違いない。『ウインドラゴン』だ!」
男が私の目の前に本を広げる。絵が描いてあった。
「古文書にある通りの姿だ…素晴らしい!」

命綱のように私はその言葉を手繰り寄せる。
「『ウィン、ドラゴン』…?」

男が掲げる絵を見ているうちに、つられるように、私はおぼろげだった自分の輪郭を少しずつ取り戻す。
男が私に教えてくれる。
繊細な羽毛に覆われた優美な体、長い首。鳥に似た大きな翼に風をまとう、伝説と呼ばれる生き物のこと。

「そう…そういえば、そうだった…」
男の言葉を聞きながら、バラバラの風になりかけた私は再びひとつに集まっていく。私の体には輪郭が生まれ、細部の造作も明確になり、意識の拠りどころが生まれると同時に視界が晴れて、私ははっきりと自分の存在を知覚することができた。

そうだよ。
そういやそうだったよ。
私は伝説のレジェンズ、ウインドラゴン。
螺旋の全てを知り、レジェンズウォーを導く者。
世界にただ一体の特別な存在。

黄昏時に目覚めるにしてはちょっと早すぎる気がするけど、まあいいや。
私は男を見下ろして名乗った。
「ああ、その通りだ…。私はウインドラゴン…ウインドラゴンの、ランシーン」

名前を呼んでくれてありがとう。
ついでにこいつに色々手伝ってもらうことにしよう、地球のために。どうかよろしく。

そうやって私は生まれた。


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